精子幹細胞のニッシェ へのホーミングに関わる分子の同定

精子幹細胞のニッシェ へのホーミングに関わる分子の同定

2008年11月6日

  篠原 美都 医学研究科 助教(写真)らの研究グループの研究成果が、米国科学誌「Cell Stem Cell」に掲載されることになりました。

研究成果の概要

 幹細胞はニッシェと呼ばれる特殊な微小環境において生息する。ニッシェは幹細胞の自己複製増殖や分化を支持している。骨髄移植では血液幹細胞がレシピエントの体内で造血を起こすには、ホーミングと呼ばれる現象により幹細胞ニッシェに到達して増殖することが必要であり、そのプロセスにはケモカインによる幹細胞の遊走や、細胞外基質との相互作用などが関与することが近年明らかとなった。また移植時だけでなく、正常の状態でも血液幹細胞は体内の臓器間で移動し、幹細胞とニッシェの接触を調節することで造血の需要に応じていることが示されている。このように幹細胞とニッシェの相互関係は極めて動的であり、かつ幹細胞の機能調節の根幹をなすものである。 しかし血液系以外のほ乳類の幹細胞ではそのメカニズムは殆ど明らかにされていない。

 本研究は精巣の精子形成の元になる幹細胞(精子幹細胞)のホーミング機構に関与する分子として初めてβ1−インテグリンを同定したものである。1994年にBrinster(米・ペンシルバニア大)らは精子幹細胞を精細管内に移植すると、ホストの精巣内に生着し精子形成を行うことを報告した。その動態から精子幹細胞もホーミング活性をもつ可能性が示唆されていた。
  今回の研究では精子幹細胞のニッシェへのホーミングを司る分子の同定に、我々自身が開発した技術が役立った。
(1) 2003年に報告した精子幹細胞の長期培養技術(Germline Stem:GS細胞培養系)(Kanatsu-Shinohara, M. et al. Long-term proliferation in culture and germline transmission of mouse male germline stem cells. Biol. Reprod. 69, 612-616,2003)。 これにより高純度の精子幹細胞を試験管内で調製できるようになった。また試験管内での精子幹細胞の動態の解析や遺伝子操作がこれにより可能となった。
(2) 2007年に報告したアデノウイルスによる精子幹細胞への遺伝子導入法(Takehashi M.  et al. Adenovirus-mediated gene delivery into mouse spermatogonial stem cells. Proc.Natl.Acad.Sci.USA 104, 2596-2601,2007)。それまで生殖細胞はアデノウイルスに感染しないとされてきたが、試験管内でアデノウイルスにより遺伝子を発現させることに成功した。

 本研究ではまず(1)を用いて精子幹細胞の遺伝子発現を調べ、ホーミングに関与すると見られる候補遺伝子を調べた。次に(2)を用いて試験管内でアデノウイルスによる遺伝子操作を行い、候補遺伝子が欠損した精子幹細胞を作りだし、それを精巣内に移植することでホーミングアッセイを行った。その結果、細胞外基質への接着分子であるインテグリン分子について有意な差が見られた。

 インテグリンファミリーは血液幹細胞においてもホーミングへの関与が知られていることから、幹細胞には臓器を超えて共通したホーミング機構が存在する可能性があるのではないかと考えられる。精巣のニッシェは骨髄にくらべ構造が単純でわかりやすく、試験管内での解析も可能であることから、優れたモデル系になり、他の幹細胞システムにも通ずる普遍的なホーミング機構解明に役立つと期待される。 


インテグリンのホーミングへの関与


移植された精子幹細胞がコロニーを形成している様子

 また実用的には、本研究の成果は精子幹細胞の移植効率を改善に向けた第一歩であり、医学・農学・薬学的にも重要である。精子幹細胞の移植による生着率は5~10%と依然低く、男性不妊症の治療や、家畜や遺伝子改変動物作成のためにこの移植法を実用化するためには移植効率の改善が必須であるが、ホーミングの分子機構の解明は効率の改善に役立つと期待される。

  • 京都新聞(11月6日 25面)、日刊工業新聞(11月6日 24面)および読売新聞(12月1日 27面)に掲載されました。