平成25年度学位授与式 式辞 (2014年3月24日)

第25代総長 松本 紘

松本総長 本日、京都大学から修士の学位を授与される2,169名の皆さん、修士(専門職)の学位を授与される157名の皆さん、法務博士(専門職)の学位を授与される150名の皆さん、博士の学位を授与される551名の皆さん、誠におめでとうございます。

 学位を授与される皆さんの中には、 706名の女性と320名の留学生が含まれています。累計すると、京都大学が授与した修士号は69,988、修士号(専門職)は1,073、法務博士号(専門職)は1,572、博士号は40,915となります。ご来賓の沢田敏男 元総長、名誉教授、列席の副学長、研究科長、学館長、学舎長、教育部長、研究所長をはじめとする教職員一同とともに、皆さんの学位取得を心よりお祝い申し上げます。

 この会場には、学位を授与される皆さんのご家族、ご友人、関係者の皆様が多数お集まりのことと思います。学位を授かる皆さんは、これらの方々からの長年にわたる支援に対して感謝の気持ちを、きまりが悪いなどと思わず、素直に表してください。私たち教職員一同も、ここに至るまでの皆様方の様々なご苦労やご支援に対して御礼を申し上げ、今日の喜びを分かち合わせていただきたいと思います。

 さて、皆さんは幾多の困難を乗り越え、大学院において専門を修め、その専門において自樹自立できる力を本日、京都大学学位の授与という形で認められました。これからは何ものにも臆することなく、授けられた学位を誇りとし、身につけた専門を生かして、我が国や人類が直面する多岐にまたがる複雑な問題に果敢に挑戦し、社会のリーダーとして更なる飛躍を遂げてください。

 さて約8年前の2006年7月のことになりますが、元国際電波科学連合会長として、私は専門の電気工学の天才ニコラ・テスラの生誕150年を祝う式典に招待され、クロアチアを訪問する機会を得ました。トーマス・エジソンは蓄音機や白熱電球や映画などの発明で知られていますが、そのエジソンとテスラは同時代に活躍しました。ニコラ・テスラは、電気の魔術師ともてはやされながら、その後忘れ去られたセルビア人です。近年テスラの復権が進み、磁場の国際単位として、大数学者ガウスに代わり、その名が採用されています。交流電力システムは現代社会で当たり前で必須のものとなっている重要な社会基盤ですが、その交流電力システムはテスラの発明によるものであり、情報化社会の基盤である無線通信の発明もテスラに帰されます。テスラと発明王エジソンは互いに同時代を生きた発明家として、交流対直流という電力戦争を繰り広げましたが、1915年には、テスラとエジソンはノーベル物理学賞同時受賞とのニューヨークタイムズ紙の事前報道で世間を驚かせました。しかし、結局両者とも受賞には至らず、数々の両者をめぐる人間臭い風聞が生まれました。

 そのエジソンによるものとして、「天才は1%のインスピレーションと99%の努力である」という言葉が人口に膾炙しています。これに対して、エジソンの会社で働いていたテスラは、「エジソンが干草の山から針を一本見つけようとすると、やおら麦藁を一本一本丹念に調べはじめ、探しているものが見つかるまでミツバチのような勤勉さで働き続ける。私ならほんのわずかな理論と計算とでエジソンの労力の90%が節約できるので、そのような行動を気の毒に思いながら見ていた」ともいっています。皆さんはこれを聞いてどう思われるでしょうか。

 テスラはエジソンに一種の不満を持っていたのだと思います。エジソンはまさに「必要は発明の母」を地で行く実務家であり、世の求めを先取りし、ふつふつと湧き上がるアイディアを既存の技術に注ぎ込み、発明品として仕立て上げるアイディアマンでした。一方、テスラは豊かな構想力をもとに、学術的にしっかりと一からの積み上げで、体系的に思考し、将来展開できるような基礎を発明として世に問いました。エジソンのように既存の技術の工夫や組み合わせによって目の前にあるニーズを矢継ぎ早に満たしていくことも重要ではありますが、長い目で見ると基礎を持たないアドホックなやり方は先細りしてしまうおそれが高いともいえます。

 日本においては、近年イノベーション待望論が騒がしいくらいですが、イノベーションというのは本来テスラのように強固な基礎を築いてこそ、将来の大きな展開が可能となるものです。テスラは交流電力システムや無線通信にとどまらず、後にコンピューターやミサイルやロボットに繋がる発案をも行いました。これこそが日本が目指すべきイノベーションの姿であり、学術に基づくイノベーションの実現に日々取り組むのが研究であるということを皆さんにも心していただきたいと思います。さらに、責任をもって研究を進めるという大学の果たす重要な役割について社会にもぜひ正しく理解してほしいと願っています。

 さて、今日お集まりの皆さんは、学校と名のつくところには3か月しか通わなかったとされるエジソンとは異なり、テスラと同じように高等教育を修め、胸を張って基本は大丈夫といえるでしょう。しかし、確かに皆さんが学業を修めた専門分野に関連する部分においてはそうかもしれませんが、これから社会においては、予想もできない様々な問題に皆さんは直面することになります。そこではエジソンとテスラのどちらのアプローチが正しいかはわかりません。場合によってはその両方を同時に行う必要があるのかもしれません。いずれにせよ、次のように考えていいと思います。学位取得の道程で、高度な専門知識を修め、その分野の最先端までたどりついて、新しいものを切り拓いたプロセスとそれを実現させた志と力量があれば、新たな領域においてもその経験が自信と指針となって道は拓けるのです。これが研究によって己を磨く高等教育の力であろうかと思います。

 さて、皆さんのこれから歩む人生において一層の知識や経験が必要となる時がやってくるかもしれません。その際には、皆さんが学んだこの京都大学を思い出し、基本に立ち戻ってください。また、折に触れ母校を訪ねてください。皆さんと京都大学との縁は、同窓会や生涯の学びを通じてきれることなく続きます。京都大学は皆さん一人一人の人生の基軸になりたいと思います。京都大学は、時流に流されず、常に物事の根源を見つめ、根源を解き明かそうとする大学、基本すなわち本を務むる大学として輝き続けていきたいと思います。皆さんにおいても、母校を温かく見守り、ご支援いただきますようお願いします。

 本日学位を手にされました3,027名の皆さんが世界のリーダーとして道を拓いていかれることを願って、私の餞の言葉とさせていただきます。

 本日は誠におめでとうございます。

会場の様子

関連リンク

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