平成21年度 学部入学式 式辞 (2009年4月7日)

第25代総長 松本 紘

松本総長  大きな可能性に瞳を輝かせ、この場に臨まれた3,006名の皆さん、京都大学にご入学おめでとうございます。ご来賓の井村裕夫元総長、尾池和夫前総長、名誉教授、列席の副学長、各学部長とともに、今日の佳き日をお祝いしたいと思います。京都大学に入学するまでに、皆さんは、さまざまの長く厳しい受験の道を辿ってこられたことと思います。敬意を表したいと思います。また、これまで皆さんを支えてこられたご家族や関係者の皆様にも心よりお祝いを申し上げます。
  私は、昨年10月1日、京都大学第25代総長に就任いたしましたが、皆さんは、私が総長となって初めてお迎えする学部入学生です。今年は、入学式会場を、これまでの吉田キャンパス内の総合体育館から、ここ平安神宮前の「みやこめっせ」に移して、今回がここでの初めての入学式となります。

  さて、入学された皆さんに第一に申し上げたいことは、本学の教育と研究の理念です。本学を受験されるにあたり、大学が定めている理念をすでに読まれていると思いますが、本学の理念は、次のようになっています。
  「京都大学は、創立以来築いてきた自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献するため、自由と調和を基礎に、ここに基本理念を定める。」とあります。この理念の根底にあるものの一つは、「自主自立」の精神であり、それは、本学の学生諸君には、一人の成人として、自らに責任を持ち、自ら主体的に勉強と研究を行ってほしいということです。本学は、「自由の学風を持つ」と社会から言われることが多いのですが、そのきっかけの一つは木下廣次初代総長の言葉にあります。

  今から遡ること112年前の1897年9月13日、本学初の入学式にあたる、入学宣誓式において、木下先生は、「諸君は既に後見を脱したる者として吾人は諸君を遇する也。因て平素の事は細大注入の主義に依らず自得自発を誘導することを務めんと欲す」との教育方針を示されました。
  京都大学では学生を独立した一人前の大人として扱い、学生諸君は自主的に責任を持ち、自ら発し、主体的に学習や研究を行ってほしいと希望したのです。やがて、この自由尊重の精神が京都大学の伝統となりました。
  言うまでもないことかもしれませんが、皆さんにはくれぐれもこの「自由」を誤解しないようにしてほしいと思います。自由は、勝手気ままで無責任な態度や行動を意味するのではありません。私の理解する自由というのは、自分自身がいろいろな発想をして、自分で自分を大切にして、個人が光るということです。
  また個人が組織に縛られずに自由な発想で行動しつつも、常に社会や周辺の人々を思いやり、責任ある態度を貫くことです。
京都大学の特色は、そうした諸先輩が数多くいて、それらの諸先輩が、学術界・経済界・政界・文化界など多方面で活躍し、独創的で大きな仕事や業績を残されてきたことにほかなりません。京都大学にいるすべての人に個性があって、自己を確立していて、すばらしい人たちの集団にいるという自覚をすること、このことはとても大事なことです。己の中にある自らに恃むことができるよう、自らを鍛えるという「自鍛自恃」という基本的な考え方も身につけてほしいと思います。
  これから、大学での学びが始まりますが、それは高校までのものとは大きく異なり、それに戸惑うこともあるかと思います。これまでの学びには、常に答えがありました。しかし、大学で学ぶ学問には、答えは1つではありません。答えがわからないことが多く、それをどのように解いてゆくか、その方法論を学ぶことが必要です。そのためには、受け身の姿勢のままでは、京都大学での学問は成り立たないことをまず申し上げなければなりません。皆さんは、いずれ日本社会のみならず世界のリーダーとして様々な分野で活躍してゆくことになると思います。そのためには、自らが専攻する学問分野の基礎と応用知識や技術を身につけるだけではなく、一見関係のないように見える他の幅広い素養や周辺知識をどん欲に獲得し、それをもとに多元的に判断し、物事の本質を見抜く力量を備えてほしいと願います。
  チャレンジする対象をどのようにとらえ、定式化し、解いてゆくかという、真の思考が求められるのです。手がかりとしては、さまざまな学問分野で編み出されてきた方法論を学ぶことが有効な手段となります。
  京都大学における学びの機会は、真理探求の道を自らすすむ者には、あまねく開かれています。しかし、そこには、ときとして、濃密で激しい考え方のやりとりが必要となることもあります。
  決してあきらめず、闊達な対話と相手を尊重し、自らを重んじるよう心がけてください。
  教授陣をはじめとする教員は未知のものを学ぼうとする者に対して、同じ道を歩む先達として真剣に向き合い、必要なそして多様なカリキュラムを用意しています。

 

当日の様子  これこそが京都大学の伝統的な教育と研究のやり方です。その成果として、1949年、日本で初めてのノーベル賞を受賞された湯川秀樹先生や朝永振一郎先生を初め、昨年物理学賞を受賞された益川敏英先生・小林誠先生や、一昨年iPS細胞を世界に先駆け作り出した山中伸弥先生の研究などが結実することになったのです。
  これらのよく知られた研究成果以外にも、とても数え切れないほど多数存在する本学の世界最高水準の研究は、既成概念にとらわれない自由活達な議論、そして真摯な学問追求の姿勢から生まれました。本学は10の学部、質の高い17の大学院研究科と専門職大学院、加えて全国でも最も数と多様性を誇る13の研究所も擁する日本最大級の総合大学であり、自ら望めば他分野の知識獲得を容易に行いうる環境にあります。
  さらに、全学共通教育では1回生を対象としたポケットゼミナール(通称ポケゼミ)と呼ばれるユニークな少人数クラスなどを通じて、これら世界の最先端を走る研究者に直接に接する機会にも恵まれています。

  最近の社会問題には、グローバルな金融危機に端を発する経済不況、資本主義の在り方、所得格差などが顕著化しています。人権の保護や多様な視点による共同参画社会の実現なども最重要課題として取り組んでいく必要があります。また、地球環境問題では、生命の起源の探求、安全な医学的応用、新物質や材料の探査、新エネルギー開発、地球環境の機能保全から宇宙開発まで、難問、課題が山積しています。
  今、まさに人類にとって地球が有限に見える段階になり、人間自身の生存が問われる時代に皆さんは直面することになります。まさに学際的かつ俯瞰的に物事を考える「生存学」が問われはじめています。私は国際会議などで、海外の研究者と長年交流してきましたが、世界的な研究成果をあげている研究者の多くが、自らの研究とは全く異なる分野の学識も豊かで、人間としてとても魅力的なことに驚かされてきました。
  理系の人でも哲学や法学や文学、歴史と言った文系分野にも明るく、文系の人でも、工学や医学や理学・農学と言った理系の学問に強い興味を持っています。

  皆さんにも、そういう国際的知識人としての教養を身につけると同時に、専門家としての知識にのみとらわれず、一段高い視点から今後の世界を見る能力を得てほしいと思います。そのためにも、皆さんが経験するこれからの大学生活では、読書にも多くの時間を捧げることを総長として希望します。それも多読によって、視野を広げ、精読によって深く思索し、自らを磨き、複雑で多元的な問題に対処できるようになってほしいのです。インターネットで安易に情報にアクセスするのではなく、理系文系にとらわれることなく、読書によって頭を耕し、時空を超えてほしいと思います。読書によって、いにしえの賢者に相まみえ、世界中の先達を友としてください。そのためには、語学もまた大事であり、この機会に是非さまざまな外国語の習得にも努力してほしいと思います。真の国際人にはどうしても国際語は必要とされます。若いときにチャレンジした外国語はたとえ忘れることがあっても、再度必要なときにその語学の勉強を再開する上では非常に役立ちます。

 現在、大学にはおよそ3,000名の教員とおよそ2,500名の職員、およそ22,000名の学生がいます。京都大学在学中に出会い、そこで生まれる人間関係は将来きっと皆さんの人生を彩り深いものにすることでしょう。
  勉強や研究で出会う人のみならず、クラブ活動やその他の出会いを大切にして、自ら進んで人間関係の綾を織りなしてほしいと思います。我々教職員は、伝統を基礎とし革新と創造の魅力・活力・実力ある京都大学を目指して、大学の教育・研究環境を充実させていきます。本日ご臨席のご家族や関係者の皆様には、引き続き、本学への支援や応援を切にお願い申し上げます。
  最後になりましたが、皆さんには、何よりも自らの健康を大切にし、体とこころを鍛え、学業に励んでいただきたいと思います。そして、新たな友人と出会い、語らい、課外活動やボランティア活動等様々な可能性に目を向け、力一杯活躍されんことを願いたいと思います。
  「初め有らざるなし、よく終わり有る鮮し(すくなし)」という言葉があります。

  皆さんが入学に際し、それぞれの思いで志を新たにしておられると思いますが、どうかそのフレッシュな意気込みを忘れることなく、ぜひ有終の美を飾ってくださることを祈念し、私の入学式の式辞とさせていただきます。

  京都大学へのご入学、おめでとうございます。

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