2007年度卒業式 式辞 (2008年3月25日)

尾池 和夫

尾池総長本日、卒業される、2777名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご来賓の名誉教授、ご列席の副学長、学部長、部局長とともに、皆さんのご卒業を心からお祝いいたします。あわせてご家族の皆様にも、こころからお慶び申し上げます。

京都帝国大学の第1回の卒業式は、1900年(明治33年)7月14日でした。土木工学の18名、機械工学の11名の計29名の卒業生で、文部大臣も列席する式典でした。1897年に創立の時の学生は47名でしたので、かなり少ない卒業生の数です。卒業証書授与式の木下廣次総長の式辞に「諸般の設備未だ其の半に達せず、学芸の教授に於て不便を感ぜしこと頗る多かりしに」とあるように、当初から大学の経営は困難な状況にあったことを見ることができます。

京都大学を卒業した方たちは世界の各地で、また日本の各地で活躍しておられます。本日卒業される皆さんを含めて、京都大学の111年の歴史の中で、卒業生の累計は17万9667名になります。世界のさまざまの場所で、京都大学を卒業して社会人として活躍し、あるいは大学院生として研究を続ける人たちに会います。この数年、私自身が出会った人たちを思い起こしただけでも、ラオスとの国境に近いベトナムの村で、大震災の後のインドネシアの村で、ボストンの町で、サウジアラビアの大学で、北海道の研究林や屋久島の観察ステーションで、また官庁や国会など、至る所に卒業生がいて、しかも活動の中心メンバーとして、あるいは教員やボランティアとして活躍しておられます。また、多くの地域で京都大学の同窓会支部を新しく組織して集まっていただきました。今日卒業の皆さんもぜひ同窓会などに積極的に参加していただきたいと思います。

皆さんの中には、2004年に入学した方も多いと思います。その年の入学式で私はいくつかのことを話しました。学問の自由ということ、人権を守るということ、地球と人の共存を生き方の基本とするということなどでした。

京都大学は、その基本理念の前文に、「創立以来築いてきた自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献するため、自由と調和を基礎に、ここに基本理念を定める」と書き込みました。また、その教育の項には「対話を根幹として自学自習を促し、卓越した知の継承と創造的精神の涵養につとめる」とあり、「地球社会の調和ある共存に寄与する、優れた研究者と高度の専門能力をもつ人材を育成する」とあります。その教育の成果を皆さんの一人ひとりが身につけて今日卒業されます。

もともと西洋で言うeducationという言葉は「本来持っている才能を引き出す」という意味を持つ言葉で、これが京都大学の自学自習の精神です。京都大学での経験がこれからの皆さんの、あらゆる種類の活躍の場で、間違いなく威力を発揮します。基本理念では「自学自習」という言葉の前に「対話を根幹として」とあるのを忘れないでほしいと思います。

昨年10月、京都大学は『京都大学講義「偏見・差別・人権」を問い直す』という本を京都大学学術出版会から刊行しました。この出版の意図は、1994年から全学共通科目として「偏見・差別・人権」講義を開設したり、さまざまの努力にもかかわらず、人権を無視する事件があり、科目担当者も自らが見直す過程を赤裸々に示して読者に問うという意図で生まれた本です。大学の手探りの試みとして広く批判を仰ぐものです。

また、「地球社会の調和ある共存」ということを、皆さんにも卒業にあたってあらためて考えていただきたいと思います。そして、皆さんの一人ひとりがこれからどのような道を歩こうとしておられるにしても、これを今後とも考えながら進んでほしいと思います。


尾池総長先日、私は野生動物を研究する人たちのご案内で、屋久島の周囲100kmの海岸を廻ってきました。かつて、野生のサルを研究しようという学者たちがこの島を訪れたのは、1952年で、幸島でニホンザルが最初に餌付けされるよりも前でした。川村俊蔵と伊谷純一郎は、この年6月22日の早朝に安房の港へ上陸し、下屋久営林署を訪ねた後、島を一周し、宮之浦岳、永田岳に登頂して、7月12日に再び安房港より出帆しました。「京都大学霊長類研究グループ」の活動の一環でした。

屋久島は日本に三つある世界自然遺産の一つです。1993年12月に屋久島と白神山地が日本で初めて世界自然遺産として登録され、2005年7月には3番目の世界自然遺産として知床が登録されました。


ニホンザル広大なアジアモンスーン域の中にあって、屋久島は冬の北西モンスーンと夏の南東モンスーンの影響を受ける気候下にあり、雨の多い年には年間10000mmを超える降水量が観測されます。広い範囲に屋久島花崗岩が分布し、南西諸島の中で島の大部分を花崗岩が占めているのは屋久島だけという特徴があります。屋久島には、京都大学霊長類研究所附属ニホンザル野外観察施設屋久島観察ステーションという研究施設があります。屋久島はニホンザル分布の南限で、海岸の照葉樹林から九州の最高峰にまでサルが分布しているという島です。私が訪れたときにも北海道大学、神戸大学、奈良教育大学などからも、研究者や学生たちが来て、8人の研究者たちが、この観察ステーションを拠点にして島の中でフィールドワークに従事していました。

京都大学では今年4月に野生動物研究センターが新しく教育、研究、社会貢献の活動を開始します。皆さんが京都大学に在学して急速に成長を遂げて今日の卒業式を迎えたと同じように、京都大学も皆さんの在学中に、どんどん成長し発展しました。昨年には、「こころの未来研究センター」が設置され、世界トップレベル研究拠点として「物質-細胞統合システム拠点」が発足し、さらに今年1月22日になってその拠点の中に「iPS細胞研究センター」が設置されました。

このように京都大学は常に世界の先端を行く学問領域を開拓しながら、そこを拠点として知を創造し、知を蓄積、継承し、それを社会に届けます。皆さんも卒業して社会に出て企業で活躍し、ボランティアで活動し、あるいは起業して独立し、というように、さまざまの方向を目指していることでしょう。さらに学問の世界に進む方も多いと思います 。

やはり4年前の入学式で、「4年後に京都大学学士、6年後に京都大学修士、9年後に京都大学博士という学位が授与されます。長いようですが、一所懸命学習や研究をしていると、あっという間に経ってしまう9年です」と話しました。4年前は、国立大学が法人化して新しい仕組みが始まったときでした。そのときに心配した以上に日本の大学教育の体制は今、危機に瀕しています。法人化する準備のときには予定されていなかった授業料の値上げが、まず皆さんの負担として持ち込まれたことを忘れることができません。


会場の様子京都大学では、学部学生にも大学院の学生にも、すでに可能な限り多くの方策を用意して授業料の軽減や生活費の支援を実行しています。まだ決して十分とは思っていませんので、今後とも学生支援を充実する努力を継続的に重ねていきます。今日の卒業生の中には、京都大学大学院に進学する方もいるでしょう。京都大学では大学院でも多くの方法で学費を支援するよう用意してあります。とくに博士後期課程では、世界の将来を担う人材に、安心して研究に従事できるよう、私は本来優秀な学生全員に給料を支払うべきだと主張しています。事実、京都大学では多くの大学院生にさまざまの仕組みで給料を支給し、また今年からはその単価を上げることも可能となるよう制度と財源の検討を進めました。

何よりも大きな日本の課題は、大学院に進学した学生の熱意に応じて、学習と研究に励んだ結果に、十分報いるだけの社会の仕組みが未熟だということです。もっとも重要な点を例としてあげますと、大学院を出て博士学位を授与された重要な人材を採用して、本来の力を発揮してもらうための場所が十分用意されていないということです。日本の企業は優秀な人材を無駄にしないように、もっと博士を採用する努力をしなければなりません。

京都大学は、この根本的な課題の解決を目指して、まず京都大学自身の努力で、若い研究者のポストを増やす方策を具体的に検討するよう、京都大学の緊急課題として決意しました。若い研究者が給料を得て研究に取り組むことができるように、大学をあげて研究職のポストを増やすことを役員全員が最重点課題として取り組むよう決意しました。

奨学金、授業料免除、RA、TA、OAなどの仕事の提供、その他のさまざまの支援策はすでにかなり実行しています。それらの制度は、時々刻々と整備してきたために、たいへん複雑になっていて、必ずしも十分に利用されていません。まず、その支援の仕組みをわかるように示します。しかし、どのような支援をしても、それは在学中の支援であり、せっかく博士学位を得て本格的に研究に専念しようとしても、生活の基盤がしっかりと用意できなければ、安心して研究に取り組むことができません。今日卒業する皆さんの中から博士が生まれる頃には、しっかりとその努力の成果を受け止める大学となるよう努力を続けたいと思っています。

卒業して社会で活躍される方々には、さまざまの場所で、京都大学で身につけた自学自習の精神を活かして活躍しつつ、皆さんの母校である京都大学で学問を続ける研究者たちの応援もお願いします。引き続き大学で研究を続ける方々には、優秀な人材を活かす大学であるよう、大学とともに知恵を絞りながら、研究の道に力強く進んでほしいと思います。

今後とも、からだとこころの健康を大切にして、ご活躍されることを願って、京都大学学士の学位を得られた皆さんへの私のお祝いの言葉といたします。

ご卒業まことにおめでとうございます。