こころの未来研究センター設立シンポジウム祝辞 (2007年7月8日)

尾池 和夫

2007年度に京都大学に新しく設置された「こころの未来研究センター」の設立記念のシンポジウム開催にあたって、京都大学を代表してお祝いを申し上げます。

本センターは、文系とか理系というような垣根を越えた融合研究センターであることを、まず第1の特長としています。こころのはたらきを、からだ、きずな、生き方、という3つの領域あるいは視座から、総合的に教育研究活動を行う場であります。学内の連携、地域の関連組織との連携、海外研究機関との連携というような、多様な連携を基礎として教育と研究と社会貢献という大学の持つ基本的な役割を果たし、その研究成果を基にした知財を、インターネットや公開講座の開催、出版などを通して、広く社会に発信してゆくことを目指しています。

このセンターのミッションは、心理学、認知科学、脳科学および人文科学等を含めたこころの総合的研究拠点として、こころに関する多角的な研究を推進し、地球化時代を生きる人のこころのあり方や人間像についてのビジョンを描き出すことを目指しています。

本センターでは、こころとからだ、こころときずな、こころと生き方の3領域にかかわる教育と研究を重点的に実施するとともに、領域を繋ぐ融合研究の枠組みを構築し、現代社会に顕在化しているこころの問題に対する本質的な解決策を提言します。

また、公共機関や企業などとの連携を通して、本センターの研究・教育機能を地域社会の期待や要請に対応しうる形で充実させ、研究成果を広く社会に還元することによって、こころについての科学的知識の普及に貢献します。

さらに、国内外の研究者コミュニティーに開かれた研究拠点として、国内研究機関および海外研究機関の研究者や専門家の間の相互交流をも積極的に推進します。

センターの研究活動として、こころとからだ、こころときずな、こころと生き方、の3領域にかかわる研究プロジェクトを実施します。

「こころとからだ」の領域では、身体や行動とこころの働きとの関わりに注目し、脳科学から臨床心理学に至る多角的なアプローチで、こころの表象と身体性についての研究を行います。具体的には、注意・意思決定を制御する脳内機構の分析、「メタ認知」の発生のしくみや自己モニタリングのしくみの分析、感情制御並びにその発達過程の分析、発達障害に対する心理療法の実践によるこころの働きの解明、内科疾患と心理療法からみた、こころと身体の関係などの研究を行います。

「こころときずな」の領域では、人のもつ社会的知性の特徴や、その成熟過程の解明を目的として研究を行います。とくに、表情、音声、しぐさなどによる対人相互行為の基礎となる心のしくみ、他者に関心をもち、他者の行動や感情を理解する心のしくみ、自尊心、愛他心、倫理感、協調性といった高次の社会的感情や、それらに基づく行動の発現・調整のしくみなどを明らかにすることが課題です。発達心理学、文化心理学、臨床心理学など多様なアプローチで連携・融合研究を実施します。

「こころと生き方領域」では、現代社会における倫理観・死生観および自己意識・他者意識のあり方を、歴史的、文化的背景を考慮しつつ分析することを目標とします。これらはいずれも、こころの中にビジョンが生まれる働きに関わっており、これがまさに、こころの未来を扱う領域といえます。具体的には、先端技術社会や現代医療における倫理観・死生観の研究、倫理問題における共通概念の分析、身体疾患を抱える患者やその家族の生き甲斐感に関する研究、少年犯罪などに現れる、解離する自己意識のあり方の分析等を行ないます。

このセンターは、もともと「京都文化会議」での議論の中から、関係者のご協力で生まれてきたものと、私は思っています。この「京都文化会議」は、文化庁、京都大学、財団法人稲盛財団、京都府、京都市、京都商工会議所、国際日本文化研究センター、財団法人 関西文化学術研究都市推進機構、財団法人大学コンソーシアム京都、京都新聞社、NHK京都放送局などで構成する京都文化会議組織委員会が主催して開催してきました。

京都文化会議2004では、「地球化時代のこころを求めて」の閉会の辞で、かつて京都大学が生まれたころ、小泉八雲の小品集「心」が書かれ、夏目漱石の「こゝろ」が出版されたことを話しました。この漱石の「こゝろ」は英訳されてもその題名は「Kokoro」でありました。そして、「京都の地で21世紀のこころを求め続けていけるよう願っています」と話し、「京都大学においても、この貴重な議論の成果を引き継いで、さらに議論を続けながら、その精神を定着させる場所を育てていきたいと考えております」と発言しました。

京都文化会議2005では、会議の成果を残す一つとして京都賞に関連する資料館か博物館ができるといいということと、"kokoro"を世界の言葉にするために、こころの未来を永続的に研究する新しいしくみを持ちたいと思っているということを話しました。京都文化会議2006でも、最終日のまとめの会場の最前列で稲盛和夫さんと出席し、まとめの挨拶として、こころを研究するための新しい研究センターというような形を創りあげようとしていますと話しました。ちなみにGoogleで「Kokoro」と入れて検索しますと、2,740,000、そのうち、日本語以外のサイトもかなりたくさんあるようです。同じく、画像を検索すると42,600件でした。Kokoro という単語はさまざまの形に使われています。これを育てていくことが、私は大切なことだと思っています。

そのような議論の積み重ねで、ようやくここに研究センターの設立を記念してのシンポジウムが開かれることになり、たいへんうれしく思っています。ただ、今回の研究センターの設立は、新しい国立大学法人のしくみの中で、学内の持ち駒を精一杯やりくりして立ち上げたものであり、決して研究者たちが議論してきた内容を盛り込むために十分な規模のものではなく、今後さらに充実していくことが必要であります。国の財政事情が厳しく、大学の建物が老朽化し狭隘化した状態がなかなか解消できない現状の中で、たいへん幸いなことに研究センターの設立に必要な場所が、財団法人稲盛財団のご協力で確保できるようになりました。また、規模が大きくなくても、これから研究センターを維持し発展させていくためには多くの財源を必要とします。そのためにも新しいしくみを大学として考えていかなければなりません。

新しい研究センターの設立によって、また新しい知の蓄積が期待できることになりました。センターを構成する教員を中心として、新しい分野に挑戦される方々のご活躍に期待し、京都大学の教育、研究、社会貢献の幅が拡がることを期待し、今後とも皆様方のご理解とご協力をお願いして、私のお祝いの言葉といたします。

「こころの未来研究センター」設立、まことにおめでとうございます。