「京セラ文庫 『英国議会資料』 」開設式 挨拶 (2006年11月21日)

尾池 和夫

尾池総長

立冬も過ぎてようやく今年は京都大学のキャンパスの楓も色づいてきました。京都大学の百周年時計台記念館を訪れる観光客も一段と多くなっています。本日、「京セラ文庫『英国議会資料』」開設式にあたり、稲盛和夫名誉会長はじめ京セラ株式会社の皆さま、人間文化研究機構の長野 泰彦理事、国立民族学博物館の松原 正毅名誉教授、そして学内の理事、部局長など、関係の皆さま方には、ご多忙の中にもかかわらず多数ご臨席を賜り厚くお礼申しあげます。開設式にあたりまして、京都大学を代表してひとことご挨拶申しあげます。

「京セラ文庫『英国議会資料』」は、英国の議会、上院・下院に提出された資料を集めた約1万2700冊余りの資料集成です。1801年から1986年までの下院文書、そして1801年から1922年までの上院文書、総計約800万ページからなる、原本のまま閲覧できる世界で最も完全な英国議会文書とうかがっています。その中味は、上下両院のさまざまな委員会報告、省庁による報告書、会計報告書、統計書、外交文書、法令などですが、イギリス本国だけでなく、19世紀から20世紀の激動の時代に版図を拡大した大英帝国の植民地、さらにはその他の世界諸地域の政治、経済、社会、文化についての詳細な報告を含んでいます。いわば、近代と呼ばれる時代が形成され、そしてその変容に至るほぼ2世紀の期間に、イギリス議会が何を重要な検討課題として議論をしていたかがこの資料からうかがうことができるわけで、19 世紀以降の近代世界の成り立ちを知る上で、第一級の資料であると誰もが認める資料群であります。

この資料が「京セラ文庫『英国議会資料』」として冠名をつけていることについて、若干の説明が必要かと思います。もともとこの資料はイギリスの旧商務省が所蔵していた資料であったとうかがっています。そしてこの貴重な資料が、1998年3月に京セラ株式会社から、当時、国立民族学博物館に設置されていました地域研究企画交流センターに寄贈され、その後、一般の利用に供されてきました。広く一般に公開するということをモットーに、寄贈をうけた地域研究企画交流センターおよび国立民族学博物館がこの資料群の公開のための補修を行い、「京セラ文庫『英国議会資料』」と名付けたわけであります。その後、地域研究組織の再編のなかで、民博にありました地域研究企画交流センターを廃止し、京都大学に新たに地域研究のための研究センターを設置することとなりました。そして、本年、2006年4月に地域研究統合情報センターが、地域研究関連の研究組織としては3つめの部局として、発足することになりました。東南アジア研究所、大学院アジア・アフリカ地域研究研究科に次ぐ第3番目の地域研究関連部局ということになります。この組織再編のなかで、世界の諸地域を対象に研究する地域研究の貴重な資料として、「京セラ文庫『英国議会資料』」が人間文化研究機構から京都大学に移管されることとなり、京都大学は、現在、人間文化研究機構に属している国立民族学博物館が名付けられたこの名称とともに資料を継承することにいたしました。組織再編に関わる経緯を織り交ぜますとややこしくなりますが、要するに、「民博が京セラさんから寄贈を受けた資料をその名前を含めて京大が継承することになった」ということであります。

書庫見学の様子

さて、一口に「継承」ともうしあげましたが、実際の移管作業は、そう簡単ではありませんでした。いかに京都大学とはいえ、1万冊をこえる貴重な資料、しかも酸性紙を含む約200年前から続くこの貴重な資料をすぐさま収納するスペースをそう簡単に準備できたわけではありません。新設された地域研究統合情報センターにはもちろんそれを収納するだけの十分なスペースがありませんでした。移管にあたっては、民博がそうしてきたように、恒温恒湿装置を備えた特別な書庫が必要だということになり、附属図書館のご協力を仰いで、地下の書庫に、あとで皆さまにご覧いただく特別な収蔵庫を準備しました。収蔵庫が完成し、物理的な資料の引っ越しが終わったのは、新センター開設間際の昨年度末のことでありました。

また、資料の「継承」にともなって、この資料をより広く研究者や学生、そして一般の方々に利用いただいて研究・教育に役立てていくという課題を京都大学がいただいたということになります。多数の本を「継承」したというだけでなく、それを広く一般の利用に供していく、しかも使い勝手のいいように公開していく、このことがこれからの京都大学の責任となるといわねばなりません。ご存知のとおり、京都大学には、国宝「今昔物語集」をはじめ古典、絵巻物、地図、歴史文書等々、多数の貴重図書・貴重資料が所蔵されています。これらの資料も附属図書館等で必要な手続きをとって公開されていますが、いま京大では、これらを画像資料としてウェブサイトからアクセスできるシステムを開発して、一層の公開に努めています。京都大学は、この「京セラ文庫『英国議会資料』」を貴重図書として受け入れたことになりますが、京都大学に「京セラ文庫『英国議会資料』」が移管されたことによってさらにその利用が盛んになったと言っていただけるような環境づくりを進めていくことが、課題にこたえていく一つの方向であろうと思っております。

この資料は、附属図書館に所蔵されますが、その管理・利用に責を負うのは、新設された地域研究統合情報センターです。『英国議会資料』を活用したさまざまな分野の研究があると聞いておりますが、新センターは全国共同利用研究施設としてこの資料を利用した共同研究を組織しつつあります。また、この資料そのものを縦横に渉猟できる検索ツールの開発が今後、必要です。今年度に入って、新センターからこの資料を利用したさまざまな研究計画が企画されつつあるとうかがっており、京都大学としても支援していく所存です。新センターの名前は、地域研究統合情報センターという、いささか長ったらしいものですが、文字通りに受けとめますと、さまざまな地域にかかわる地域研究を推進し、その地域に関わる情報を統合していくのが研究センターのミッションであると言えるでしょう。新しい研究センターの名称は、まさにこの「京セラ文庫『英国議会資料』」の今後の活用にふさわしい名称ではないでしょうか。情報技術との融合を図りながら、新しい手法によってこの資料の存在価値がさらに高められるよう、新センターの皆さんが今後、この資料を活用したさまざまな研究分野の開拓に取り組まれることを期待しています。そして先ほど申しあげたような環境作りを推進して、この資料の存在を十分にアピールしてほしいとも願っております。

最後になりましたが、この貴重な資料を京都大学が所蔵する端緒を創っていただきました京セラ株式会社の皆さま、資料の補修を通じてそれを公開する状態にまで整理いただいた人間文化研究機構国立民族学博物館の皆さま、そして資料の移管にあたってご尽力いただいた人間文化研究機構ならびに京都大学の関係の皆さまに心からのお礼を申しあげ、ご挨拶といたします。