化学研究所創立80周年記念式典 祝辞 (2006年11月2日)

尾池 和夫

本日ここに、京都大学化学研究所の創立80周年記念式典が挙行されるにあたり、一言御祝の言葉を申し上げます。

化学研究所は、京都大学附置研究所の中で、最も古い歴史をもつ研究所で、大正15年に「化学に関する特殊事項の学理および応用の研究」という大きな目的をもって、京都大学の理・医・工・農学部等に関連のある化学に関する総合研究所として設置されたものであります。

設立に際しましては、各学部の化学を専攻する研究者が学部の垣根を越えて相集まり、先に述べました目的をもって、研究を開始されたものであります。
爾来、化学研究所は、80年間にわたり所員各位の御努力と関係学部・研究科の御協力により、逐次研究所の機構・内容が充実され、昭和62年には3研究大部門を含む19の研究部門と2附属施設からなる大きな規模の研究所に発展しました。また、平成4年度には時代の要請に応えるべく抜本的な改革を行い、9研究大部門と二附属施設からなる組織に改組され、更に、平成16年度には再改組により、5研究系と3研究センターからなる組織に移行し、現在に至っています。

この間、特効薬サルバルサンの合成・製造に始まり、ツンドラの利用、船底塗料の開発、第二次世界大戦中及び戦後数年にわたって行われた石油の合成、合成繊維ビニロンの開発、セルロース系人造繊維製造工程の改良、合成ゴムの開発、ポリエチレンの合成、各種殺虫剤の合成、強誘電体の開発、無機ガラス繊維の開発などは、当化学研究所で行われた優れた研究成果であることは、皆様のよくご承知のとおりであります。

現在の研究分野は、理学、工学、農学、薬学、医学、情報学、人間・環境学の研究科を包含する広範囲な分野にわたっておりますが、緊密な協力のもとに化学の基礎研究とその応用に力を尽くされ、学術面や応用面で赫々たる成果を上げておられることは、誠に慶賀に堪えないところであります。その詳細につきましては、本日の展示会でご紹介がありましたが、今後の更なる発展を期待しております。

ここに、80年の歴史をふりかえり、将来の展望をかねて式典を催されましたことは、誠に意義深いものがあると存じます。

自然科学が人類社会に果たしてきた役割は、真に大きなものがあり、21世紀になってその重要性は一層増しております。しかし、自然科学の進歩はいつの時代におきましても、人文科学、社会科学などとの調和の上に成り立つべきものであると考えます。また、科学技術の振興には基礎科学、すなわち学術研究が極めて重要です。新しい独自の科学技術、創造的科学技術の振興は、その基礎となる学術研究の推進を抜きにしてはあり得ないからです。飛躍的な成果をもたらす独創的、先導的な科学技術の芽生えが、常に、幅広く行われる基礎的学術研究の中から、研究者の多彩な発想により産み出されてきたことは歴史が示すとおりです。

学術研究の推進は、大学がその中心的役割を演じなければならないことは言うまでもありません。

この意味におきまして、化学研究所は、研究を行うにふさわしい恵まれた風土を基盤として、化学のあらゆる分野で学術研究を進められ、基礎と応用の両面で多くの業績を挙げてこられました。この輝かしい歴史を更に一層進められることを切望するものであります。

私は、本日の式典を心から祝福いたしますとともに、化学研究所が今後一層世界の化学の進歩に貢献されることを信じ、かつ、それを念願してやみません。

以上をもってお祝いの言葉といたします。