2005年度卒業式 式辞 (2006年3月24日)

尾池 和夫

尾池総長

 本日、卒業される2732名の皆さん、ご卒業まことにおめでとうございます。ご来賓の沢田元総長、長尾前総長、名誉教授、ご列席の副学長、各学部長、部局長、教職員とともに、またご家族とともに、皆さんのご卒業を、心からお祝い申し上げます。

 京都大学を卒業した方は、17万4013名になりました。多くの方たちがすでに世界の各地で活躍しています。皆さんもこれからさらに進学して学問の道を究め、あるいは社会に出て思い切り活躍することになります。どうか健康を保って元気に活躍して下さるよう祈っております。

 今日の卒業式に至るまで、皆さんは、学習に、研究に励んでこられました。その上に、課外活動やボランティア活動に、各地への旅行に、学友や先輩との熱い議論に、それぞれ楽しい学園生活を謳歌してこられたことと思います。あるいはさまざまの悩みもあったかと思います。いくら考えても講義の内容を理解できなかったこともあったかもしれません。いくら探しても求める情報が得られなかったり、疑問や悩みに答えが見つからなかったということがあったかもしれません。しまったと思う場面があったかもしれません。いずれにしても皆さんはそれらをみごとに乗り切って、今日の卒業式を迎えられたのであります。

 皆さんは、京都大学の自由の学風の意味を正しく理解し、自学自習の伝統を受け継いで学位を得られたのであり、これは一生涯を通じて、誇りとしていただけることと確信します。常に自分の目で真実を見つめ、自分の考えを持ち、これからも、人のために考え、人のために働き、社会のために仕事をする人であり続けてほしいと思います。そして自らのさらなる目標をさだめて、それを実現させる不断の努力を続けてほしいと思います。

 この体育館の天井にはアスベストが使われておりました。空気中濃度の測定値はそれほど大きな値を示してはいませんでしたが、阪神・淡路大震災から11年、大震災のときには建築材料が飛び散った経験もあり、吉田山の西の麓に沿って花折(はなおり)断層があり、長い間動いていないことがわかっている以上、もしアスベストが飛び散ることになると広い範囲に影響を与えますので、早期に改修することに決めました。皆さんのご協力のもとに、昨年9月26日から施設の使用を停止してアスベストの除去工事を実施し、このたび、工事を完了し、しかるべき期間をおいて基準に従って空気環境の測定を行いました。工事前のアスベスト濃度が1リットルあたり0.2~2.8本であったのが、工事後はすべて0.2以下になりました。これは一般大気のレベルであり、体育館の使用が再開できることになったものであります。皆さんが今吸っている空気は、百万遍の外気よりもきれいな空気と言えるかもしれません。

 大学の教育と研究の活動にともなう廃棄物の処理は、教育研究の一部をなしていて、排出者自身が処理にあたるという基本原則が、京都大学にはあります。このような考えを基にする取り組みは、1989年の職員組合の熱心な運動や、学生たちの立て看板などでの訴えをきっかけに始められた歴史があります。基本理念の中で「京都大学は、環境に配慮し、人権を尊重した運営を行うとともに、社会的な説明責任に応える」と明記しており、京都大学環境憲章を定め、全学支援業務を推進する環境安全保健機構を設置しています。

 21 世紀の世界では持続可能性を追求することが重要と言われています。そこにはさまざまの複雑な問題があります。それらに一つひとつ取り組むのも、また総合的に取り組むのも、皆さんの課題となりうることですが、例えばそこには、だれも知らない問題があり、なかなか気づかない問題があり、疑いを持っていても証明ができていない問題があり、誰かが気づいていても隠れている問題、一部の専門家の訴えが広く伝わっていない問題があり、ときには意図的に隠された問題、意図的に改竄あるいは捏造された問題などがあるかもしれません。

 企業においては、利益の追求と社会貢献が使命と考えられますが、ステークホルダーとの関係を考えなが経営することが必要で、利益だけを追求した経営者の方針が不祥事の発生につながる例も見られます。

 科学者の倫理、情報倫理、人としての倫理、技術者の倫理、経済活動の倫理が問われる出来事があります。京都大学の卒業生の皆さんには、卒業生としての誇り高い、高度の倫理観を持ち続けてほしいと思います。大学にとって教育と研究と社会貢献が基本的な役割ですが、教育や社会貢献のもとを支えるのは、先端をゆく研究の成果であり、それらの蓄積と学問の伝統を守る学者の集まりです。その大学で万一最悪のことが起こるとすれば、それは研究成果をいつわり、成果を世に発表する手段である論文を捏造する行為が意図的に行われることであると思います。近年そのような事件が、実際に身近に起こったのを見ることになり、とり返しのつかない事であると実感することになりました。

会場の様子

 皆さんの在学中にも、いろいろの事件がありました。うそとまこと、外観と中身、さまざまの虚と実が溢れているという現実を見てきました。このような問題を、進学しても、社会に出て仕事をしていても、卒業生の皆さんは常に考え続けていただきたいと思います。なかなか気がつかない虚があったり、すぐ身近に大切な実があったり、自らの目でしっかり見て初めて見えてくるものがあります。

 京都大学そのものも、数百年の歴史を持つヨーロッパの大学などに比べると、高々100年余りの歴史の中で、まだまだ未熟な面を持っている思います。これからも改善を重ねながら世界に通用する大学としての輝きを保つために、不断の努力を惜しまない所存です。皆さんもこの京都大学を誇りを持って母校と呼びつつ、この大学の成長を見守っていてくださるようお願いします。

 21 世紀は多様性の時代と言われることがあります。京都大学にも世界の各地からの学生がいます。これからもますます多くの留学生に来てほしいと思っています。卒業生の皆さんも21世紀の国際社会の中で、活躍することになります。最近の4年間を見ただけでも、例えば、多様性の中の統一をうたう欧州連合では 2002年にユーロ紙幣と硬貨を導入しました。2003年には、日本にも「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」という法律が6月18日に公布されました。この日は京都大学の創立記念日でもあって、妙に記憶に残っています。生態学的には、種の多様性、生物の多様性、遺伝的多様性などの問題があります。来週、3月27日(月曜日)と28日(火曜日)には、京都大学21世紀COEプログラムの一つである「生物多様性研究の統合のための拠点形成」のグループが主催して、公開シンポジウム「形態と遺伝子から探る生物多様性-収斂・擬態・種分化・新規形質-」が開催されます。

 皆さんがこれから活躍する国際社会では、さまざまの民族や宗教、さまざまの思想が存在します。特定の国がその方針を善として、反する国を悪と決めつけたり、個人が自分の思想を善として、反する思想を持つ人を悪とすることは、許されないことであります。

 京都大学は自由の学風を伝統として尊び、自学自習の伝統を大切にしてきました。例えばそれが探検大学の呼び名につながり、アフリカにおける霊長類の研究に発展し、アジア、アフリカ地域の地域研究に発展したというように、幅の広い歴史を持っています。そのような京都大学で学習に励んだ皆さんは、これからあらゆる可能性のある世界に、大きく羽ばたいてくださると思います。

 京都大学はとくにフィールドワークを得意とする大学とも言われます。昨年の卒業式でもギニアのことを話しましたが、今年もアフリカのギニア共和国から私の部屋に来客がありました。今年はギニアで、第9回の京都大学主催の国際シンポジウムを開催します。京都大学霊長類研究所では、ギニアのボッソウ村の野生チンパンジーの研究を行ってきましたが、野生のチンパンジーたちのために「緑の回廊」を作るプロジェクトを進めています。30年以上研究してきた松沢 哲郎教授たちは、ボッソウ村で人と共存する珍しいチンパンジーの群れを守るために寄付を募っています。卒業の記念にそのような運動に参加することも考えてみていただきたいと思います。

 皆さんは、世界の平和を大切にし、地球社会を大事にする人であってほしいと思います。人類の福祉に貢献する仕事をしてほしいと思います。健康を保つように心がけて元気に、さらなる学習に、仕事に励んでいただきたいと願いつつ、私のお祝いの言葉といたします。

 ご卒業、おめでとうございます。