修士学位授与式 式辞 (2006年3月23日)

尾池 和夫

尾池総長

 本日、京都大学修士の学位を得られた2139名の皆さん、修士(専門職)の学位を得られた33名の皆さん、法務博士(専門職)の学位を得られた134名の方々、おめでとうございます。ご来賓の沢田元総長、名誉教授、ご列席の副学長、各研究科長、学舎長、部局長、教職員とともに、心からおよろこび申し上げます。また、ご家族の皆様にも心からお慶び申しあげます。京都大学修士は累計52637名になり、京都大学修士(専門職)は53名、京都大学法務博士(専門職)は134名ということになりました。

 この中で、今回、法務博士(専門職)の学位は初めて授与されたものであります。昨年の中森喜彦法科大学院長の入学式式辞に述べられたように、今年度にはすべての学年がそろい、また初めての学位を授与することになって、皆さんは、現代の複雑、高度な法的問題に対処することができる、高い能力を持った法律家として学位記録の最初の1ページを飾ることになりました。

 大学は知の殿堂であります。皆さんは、京都大学に蓄積された知を基にした学習に励み、研究活動に参加する機会を得たことによって、知を創造する世界に触れることができたと思います。修士論文を書いて審査を受けた方々も多いのですが、短い期間の経験からだけでは、まだ自分の論文の課題となった研究が完了したという実感がないかもしれません。これから進学し、あるいは社会に出て活躍し、さまざまの道を歩いて行くことになるでしょうが、さらに研究を続け、いずれはその課題を完成するよう研鑽を積んでいただきたいと思います。

 京都大学は、世界の各地で国際シンポジウムを今までに7回開催しました。今年も2回開催する計画を持っています。そこでは特定の分野をテーマにして、開催地の専門家との連携のもとに、最新の研究成果を発表して議論を深めることを目的にします。京都大学の大学院生の方々にも、たくさん参加していただいて、現地の研究者たちとの交流のきっかけを掴んでいただくことができたと思います。私もそのようなシンポジウムに参加して、そこでその分野の大学院生の皆さんと出会い、その研究成果に触れる機会を得ることができます。いつの場合にも、大変活発な研究発表があり、学問の最先端で活躍する若い研究者の姿に接して感銘を受けました。今日のこの学位授与式にも国際シンポジウムで出会った方々がたくさんおられることと思います。

シンポジウムの様子

 先週、3月16日には、京都大学の附置研究所と研究センターが主催して、10時から17時まで長時間にわたるシンポジウムが東京の品川で開催されました。「京都からの提言―21世紀の日本を考える(第1回)、サブテーマ:危機をいかに乗り切るか?東アジアといかに向き合うか?」というシンポジウムで、700席ほどの品川インターシティーホールが文字通り超満員になるほどの盛況でした。私も一日それに参加して、京都大学の持つ知の蓄積がいかに奥の深いものであるかを、あらためて実感することができました。

 今回、東京で第1回のシンポジウムを開催したのは、また新しい試みです。京都大学の附置研究所と研究センターの活動を、学外の人々に知ってもらうのが主な目的です。今後も全国の主要都市で同じように開催しようという企画です。このような催しにおいても、皆さんたちの成果が活かされていくことになります。

 私は、この学位授与にあたって、修士論文を提出された方々については、その論文の課題を拝見しました。そこからも京都大学の幅広い教育と研究の分野が見て取れました。例えば、歴史研究でも地域研究でも、その研究課題は多岐にわたるのですが、国と国、国家と人、社会と人、人と人の関係が調査され、論じられる場合が多く見られました。そのようなタイトルをいくつか紹介してみたいと思います。

 人間・環境学研究科共生文明学専攻の張 小蜜(ちょう しょうみつ)さんの論文は「魏晋(ぎしん)における人物評価-劉邵(りゅうしょう)の『人物志』の研究」です。漢帝国が滅亡した後、隋によって中国が統一されるまでの時代は魏晋南北朝時代と呼ばれ、多くの政権が存在したという特徴を持つ時代でした。複雑な政局が複雑な評価体系を生みだすことも、複雑な価値観を生みだすこともあり、このような時代の特長は、この多様性の時代と呼ばれる21世紀の世界を考えるときにも、また東アジアの問題を考えるときにも、たいへん興味ある課題であると思います。

 この時代の後、随によって統一されたときには、中国を中心に見た東アジアの地域との関連が生まれ、随の周辺には大きな拡がりができていたと考えられます。これが品川のシンポジウムで議論された、現代の東アジアの課題にもつながる長い歴史への幕開けであったのかもしれません。

 人の生き方や人と自然の関わりをさまざまの眼でとらえた研究課題もあります。農学研究科森林科学専攻の安藤 直彦(あんどう なおひこ)さんの論文は「中山間地域の小規模林家の存立条件-岐阜・加子母(かしも)の事件例から-」です。

 農学研究科森林科学専攻の佐々木 千枝(ささき ちえ)さんの論文は「沿道コミュニティから見た街路樹の意味-京都市商店街の事例研究」です。

会場の様子

 また、農学研究科生物資源経済学専攻の竹下 智子(たけした ともこ)さんの論文は「開発紛争にみる法的当事者の二重性-川辺川(かわべがわ)ダム開発反対運動を材料に-」というものでした。

 情報学研究科知能情報学専攻の松本 祥平(まつもと しょうへい)さんの論文は「人間ロボット協調のためのRNNPBを用いた擬似シンボルの獲得」です。人のことを考えるのに、工学の立場からのアプローチも大切です。

 私の専門分野でもある地球科学の見方で東アジアを見ると、そこは世界的にも珍しいほど活発な地形の変動が見られる地域です。造山運動を経験した地域や現在造山運動が進行中の地域は、造山帯と呼ばれますが、それは変動帯とも呼ばれ、数100キロにわたる幅を持ち、数千キロに及ぶ長さの地域が、細長い弧状列島を形成する場合が多く見られます。現在動いている地域では、日本列島やヒマラヤ山脈、スンダ列島のように、高い山脈や、火山活動、大地震などが特徴的に見られます。これはプレートが集まってくる運動によって起こる現象です。東アジアをこのような目でとらえると、さまざまの特徴が浮かび上がってきますが、とりわけ自然現象によって引き起こされる災害が人々の暮らしに影響します。修士論文には自然現象や自然災害に関連する課題も多く見られました。

 例えば、理学研究科地球惑星科学専攻の瀬川 紘平(せがわ こうへい)さんの論文は「琉球弧から台湾にかけてのGPS速度場とテクトニクス」です。変動帯の動きを知るための基本になる研究です。

 同じ専攻のHETTY TRIASTUTY(ヘッティ・トリアストゥティ)さんの論文は「インドネシア西ジャワ・パパンダヤン火山のモノクロマティック地震と低周波地震の震源メカニズム」です。人間・環境学研究科相関環境学専攻の井上和久(いのうえ かずひさ)さんの論文は「阿蘇火山における大規模噴火をもたらしたマグマ溜まりの形成プロセス」です。火山活動も、変動帯の顕著な特徴の一つです。また、自然災害に関する課題では、人間・環境学研究科相関環境学専攻の陳家(王へんに禹)(ちん ちゃゆ)さんの論文は「日本の災害対応初動体制の初歩的な探求-震災対策を中心に」です。人間・環境学研究科共生人間学専攻の柴田 慎士さんの論文は「防災・災害救援活動における市民参加-災害NPOの役割とその変遷-」です。情報学研究科社会情報学専攻の城下 英行さんの論文は「防災教育の推進に関する制度論的研究」です。

 このように、今日の学位授与にあたって、皆さんの名簿を拝見していて、あるいは研究課題を拝見していて、京都大学の幅の広さをあらためて実感することができました。

 今日までに身につけた知識と、研究を進める能力を発揮して、皆さんが進学し、あるいは社会に出て、世界で活躍する人材であることを願って、修士、修士(専門職)、法務博士(専門職)、それぞれの学位のお祝いといたします。

 おめでとうございます。