京都大学医療技術短期大学部卒業式・修了式 式辞 (2006年3月17日)

尾池 和夫

尾池総長

 今日、京都大学医療技術短期大学部を卒業される、看護学科85名、衛生技術学科35名、理学療法学科18名、作業療法学科22名、合計160名の皆さん、および専攻科助産学特別専攻を修了される20名の皆さん、おめでとうございます。ご来賓の方々、ご列席の教職員とともに、またご列席のご家族とともに、心からお祝い申し上げます。

 皆さんを加えて、短期大学部の卒業生は累計3990名、専攻科修了生が累計598名になりましたが、今年は特別の意味があると思います。それは短期大学部の卒業式は今日で一つの区切りとなるからです。皆さんの築いてきた伝統は、今、医学部保健学科に引き継がれていて、すでに皆さんの後輩たちがそこで学習に励んでいます。

 京都大学の歴史にはさまざまの前史がありますが、大学としての歴史は1897年、明治30年から始まります。理工科大学が開設され、ついで2年後、1899年7月に法科大学と医科大学が開設されました。その医科大学が今の京都大学医学研究科と医学部の前身であります。その年の12月には医科大学附属医院と看護婦養成所が開設されました。

 京都大学の生まれたその年、1897年の4月1日には、法律36号である「伝染病予防法」が制定されました。日本で初めて、公衆衛生の考えが法律に書かれたのですが、これは北里柴三郎の研究成果などが実を結んだものであり、『第1条 此ノ法律ニ於テ伝染病ト称スルハ「コレラ」、赤痢(疫痢ヲ含ム)、腸「チフス」、「パラチフス」、痘瘡、発疹「チフス」、猩紅熱、「ヂフテリア」、流行性脳脊髄膜炎、「ペスト」及日本脳炎ヲ謂フ』に始まるこの法律は、2000年1月1日に廃止されるまで、日本の公衆衛生の基本の一つでありました。

 このように、100年以上前にすでに日本の医学のレベルは高く、現在の医療の水準も世界のトップレベルに位置づけることができると言えるでしょう。北里柴三郎は1901年の第1回ノーベル賞の候補者でした。また、京都大学が学位を授与した野口英世もノーベル賞の候補者でありました。皆さんはそのような歴史を持つ日本の医療技術の分野に、あるいはそのような歴史豊かなキャンパスに学んだ経歴に誇りを持って、社会に出ていってほしいと思います。

会場の様子

 医療技術短期大学部の学生さんたちは京都大学の中で最もよく学内で学習していると思います。京都大学生協が実施した第41回学生生活実態調査の報告から、それを数字の上で見てみると、例えば時間帯別の学内に滞在している率で見て、文系の学生が9時で28.3%、10時で73.3%、ピークの14時で85.0%であるのに比べて、医療技術短期大学部では、9時88.9%、10時94.4%、14時までずっと94.4%のままでした。また、文系の学生の19時が11.7%であるのに比べて、医療技術短期大学部では0%になっています。そのちがいを、私は大変興味深く見ましたが、これが最もよく学習していると思った根拠であります。それはカリキュラムに従って授業に出席したという意味での評価です。これからも日々の学習が続きますが、今度はカリキュラムに従うのではなく、自ら定めた目標で自主的に学習することが大切です。ある期間の到達目標を自分で定めておいて、それを果たすように学習を計画的に続けてほしいと思います。

 日本でも、チーム医療の重要性が認識され、医療従事者が連携して患者中心の医療を実現し、市民の健康を守っていく健康科学の重要性が認識されています。また、身体のことだけでなく、心と体の一体としての健康を考える、あるいは医療を考えることも、21世紀の重要な課題であります。皆さんは、学習して得た知識と経験を総動員して、さらに研鑽に励みながら、これらの健康と医療の現場に出ていこうとしておられます。

 第3期科学技術基本計画が策定されますが、そこでも安全で安心な社会を実現することが大きな柱の一つとされています。皆さんの参加するチーム医療は、まさに安心な医療、安全な医療、良質の医療を、患者のために提供するための重要な場面になると思います。

 チーム医療の中で医療技術者も大きな役割を演じます。医療が高度化し、また多様化している中で、あるいは医学の研究が先端を行く中で、高度な医療機器などのシステムを導入して操作するなどの技術も必要です。

 私は自分が患者の一人として、MRI、3次元CT、ヘリカルCTなどの装置にも興味を持ち、実際に体験もします。これらの機器は、専門の技師であっても1人で担当することはほとんど不可能になりつつあり、病院でも常に研修を進めています。皆さんも、卒業して後、急速に進む技術に敏感であり、常に最先端の技術を習得するよう心がけていただきたいと思います。

 厚生労働省が所管する国家試験の表を見ただけでも、保健師、助産師、看護師、診療放射線技師、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、視能訓練士、臨床工学技士、義肢装具士、歯科衛生士、救急救命士、管理栄養士、薬剤師、医師、歯科医師というように、実に多くの分野が、医療の仕事に関連して存在することが分かります。これらのうちの多くの分野に、これから皆さんが活躍する場があるのです。

会場の様子

 医師や歯科医師以外の医療従事者は、もともと、手伝うという意味のパラメディカル・スタッフ(paramedical staff)と言われてきましたが、最近では、協力関係を意味するコメディカル(comedical)スタッフというように変わるべきというのは、皆さんも学習してこられたことでしょう。最近では、言語治療士や医療ソーシャル・ワーカーなども加えられる場合が出てきました。医学が進歩し、医療機関が大規模になって、医療従事者の職種の分化が進んだ結果、大病院では50もの職種の人たちが医療に従事する場合があります。

 今日、卒業式を迎えた皆さんはこれからさまざまの道を進んで行かれますが、いずれの道を選ぶにしても、皆さんの仕事は人の命と健康を守る仕事であります。そこではどんな場合にも失敗をすることは許されません。今年の冬季オリンピックでは、選手たちの高度な技に挑戦する姿を私たちも緊張してテレビの画面で見ておりました。そこでは例え転倒してもさらに挑戦する姿に感動するのです。皆さんも人が感動するような仕事をぜひしてほしいと思いますが、その時の感動は、練習に練習を重ねた技術で一歩一歩、仕事を確実に進めていく仕事、どんな場合でも失敗しない仕事からの感動でなければなりません。医療では挑戦して失敗するのは決して許されないのであります。

 また、単に医療技術だけでなく、医療制度の変革についても関心を持っていてほしいと思います。市民の健康の維持と増進を図り、医療、保健、福祉の向上に努める責任を国は持っていますが、財政を重視する改革が行われると、必ずしも市民の福祉に貢献する方向ではない改革が行われる可能性があります。改革のあるべき方向についても、医療従事者として、患者や市民の立場に立った意見を持つように心がけてほしいと思います。

 例えば、アメリカ合衆国で医療保険に加入していない人は17%にのぼると言われます。このように制度から排除される人が増えるという仕組みを日本に誘導してはいけないと思います。財政優先の競争社会の考えが強く影響している日本で、医療の制度をどのようにすればよいかというような課題も、卒業を機会に考えてみてほしいと思います。

 これから、仕事が調子よく進んだときにも、あるいは仕事に行き詰まったときにも、どんなときにでも、母校を思い出して訪問し、恩師に声をかけてください。京都大学と医学部保健学科が皆さんの母校だと思って訪ねてきてほしと思います。

 皆さんが、意欲に満ちた専門職として、医療の現場で活躍されることを、また社会のいろいろな場所で活躍されることを祈って、私のお祝いの言葉といたします。

 ご卒業おめでとうございます。