京都大学環境安全保健機構開設記念フォーラム 挨拶 (2005年7月6日)

尾池 和夫

尾池総長

 たくさんの方たちにお集まりいただき、ありがとうございます。この機構には、環境、安全、保健という、京都大学にとってたいへん重要な言葉が3つ並んでいます。これら3つがお互いに強く関連しているという意味も含まれていると、私は思っています。
 3つの中で「環境」ということに関連して、今日は議論をするという設定になっておりますので、その点は後ほどまた詳しく話せると思います。以前、基本理念をより明確にするために、環境保全委員会に京都大学の環境憲章の作成をお願いして、約1年の議論を通して京都大学環境憲章の成案が完成し、評議会の決定を経て公表されました。京都大学の構成員一人一人が、この京都大学環境憲章に掲げられた基本理念や基本方針を理解しながら、環境負荷低減に向けた努力をすることが求められております。
 環境NGOである、ジャパン・フォー・サステナビリティが、2005年6月8日に発表した「JFS持続可能性指標」では、1990年に比べて約19パーセント、日本の持続可能性が後退しているという結果でした。京都大学が世界をリードして環境をしっかり考え、佳い環境の維持に貢献できることを願って、この機構の発足を迎えたのであります。

発表の様子

 「安全」ということについてですが、京都大学からも河田 恵昭先生、中西 寛先生が参加している「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」という会が文部科学省にあります。第2期科学技術基本計画が、我が国の科学技術政策の基本的な方向として目指すべき国の姿の一つとして、「安心・安全で質の高い生活のできる国」を挙げたことで、安全・安心な社会の概念、安全・安心な社会の構築のための科学技術の全体像、科学技術政策上の課題などを整理して、4月に報告書を出したと思います。その第2章には「安全・安心な社会の概念」として、安全とは何か、安心とは何か、安全・安心な社会の概念とはどのようなものかということが書かれていて、この京都大学の機構の役割が見えてきます。
 一部を引用してみますと、「安全とは、人とその共同体への損傷、ならびに人、組織、公共の所有物に損害がないと客観的に判断されることである。ここでいう所有物には無形のものも含む」とあります。
 特に重要なことは、「安全と自由のトレードオフ」ということです。「安全を高めようとすればするほど、利便性や経済的利益、個人の行動の自由等が制約され、プライバシーが損なわれる可能性がある」とありますが、予算も場所も人員も乏しい京都大学の現状では、機構のスタートポイントがここに置かれることでしょう。しかし、この報告にあるように、理想的には「より高いレベルの安全を実現するためには、安全と自由のトレードオフの次元にとどまらず、安全性と行動の自由やプライバシーを並立させる努力を続けることが重要となってくる」というところに、目標を置いて仕事を進めていただきたいと願っています。

発表の様子

 次に「保健」についてです。これは健康を保つというように読めます。WHO(世界保健機関)の定義によると、「健康とは、何事に対しても前向きの姿勢で取り組めるような、精神および肉体、さらに社会的にも適応している状態をいう」とありますが、これには批判もあるようで、健康とは何かを考えること自体が人類の永遠のテーマでもあると思います。
 日野原 重明さんは、『健康とは、数値に安心する事ではなく、自分が「健康だ」と感じることです』と言われます。そういう言い方の方がわかるような気もします。全国大学保健管理協会の機関誌「CAMPUS HEALTH」の巻頭言に、生活習慣病という呼び名は嫌いだと書いたことがありますが、一度病気になったら終わりという考え方はだめだと思っていますし、病気が本人の生活習慣だけの責任と考えてもいけません。「健康とは、健康である状態のことではなく、適応できる力のことです。病や年齢や老いに上手に順応できることだと思います」という言い方が、私のように身体障害者手帳を身につけている者には納得できる言葉です。

 学術研究は自然と人とに強い関心を持つ研究者によって進められます。自然科学をその手法で見ると、理論科学、実験科学、野外科学と呼べるような色々の分野があります。それらのバランスのとれた進展によって科学全体が進展を見るのです。現在、京都大学は吉田地区、宇治地区、桂地区に3つの比較的広いキャンパスを持ち、犬山や熊取その他全国に、あるいは海外にもキャンパスを持っています。

七夕の飾り

 大学のキャンパスは、周辺地域の環境に悪い影響を及ぼすことがあってはなりません。大学のキャンパスは、その存在を自然環境と社会環境の両面から位置づけて計画され、整備されていくことが必要です。
 地震などの発生によって生じる災害の観点からも、大学のキャンパスはその条件が評価されることが必要です。精密な実験設備や多くの種類の材料などを用いる大学の研究では、災害の防止に万全の対策がとられている必要があり、そのための十分な調査にもとづく場所の評価とその結果にもとづく利用計画を立てておくことが重要です。また大地震などの突発現象や広域災害のときには、学生や教職員などの安全と同時に周辺地域の住民の避難地としても機能することを考えておく必要があります。

 京都大学環境安全保健機構の役割は実に大きなものがあり、その役割を果たしていただくためには、必要な場所と予算と人員の確保が、国立大学法人によって設置された京都大学にとって、当面最重点課題の一つであります。これらのさまざまなことを考えながら、今日の「環境安全保健機構開設記念フォーラム~今一度、環境憲章を~」に、私も出席します。会場にご出席の方にとどまらず、全学の皆さまの深いご理解と、ご協力を心からお願いして、フォーラム開会の、私の挨拶といたします。