尾池 和夫
京都大学には、大きな3つのキャンパスと、たくさんの附属施設があります。昨年の台風などの自然災害で、大変な被害があり、その修復にずいぶん予算を必要としました。昨日の教育研究評議会では平成16年度の年度計画の変更という議事があって、変更が認められましたが、その中に「被災した施設・設備の復旧整備を速やかに行う」という内容がありました。このような自然災害が多いというのは、法人化した国立大学が求められている「個性輝く大学」という意味では、重要な京都大学の特徴でありまして、フィールドワークの広い分野であちこちに拠点を置いて活躍しているという証明でもあります。同時に施設が古いという面をありますが、それは後ほど文部科学省に申しあげるとして、全国に展開された野外研究の成果が、今日から開催されるこのシンポジウム「京都大学附置研究所シンポジウム」の中でもいくつか登場することと思います。
このシンポジウムは研究所長さんたちからの強い要望がありまして、総長裁量経費の支出を決定したものです。そしてポスターができてきて見ますと、右下に上手なナマズが描いてありました。総長室には毎日たくさんの資料が来るので、手元には置かない場合が多いのですが、このポスターだけはつい置いておくことにしました。
だいたいの傾向として京都大学の卒業生や先生たちは、群れをつくるのが苦手でありまして、部局の自治意識が強く、大きく見れば同じ方向と言っても、このような異なった研究目的を持つ研究所群が集まって行事をするというのは大変珍しいのであり、その意味でも私が大いにこの企画を支援しようと考えたのであります。
京都大学の大きな3つのキャンパスと申しましたが、吉田地区では基礎科学の中心が、桂地区では応用科学の中心が、宇治地区では戦略的先端科学の中心が置かれていると言えると思います。京都盆地は私の専門の地球科学から見ますと、典型的な活断層盆地であり、活断層の活発な運動によって、隆起した山地から沈降した盆地へ大量の土砂が供給されて豊かな大地が形成され、そこに都が置かれ、都市が発達したものです。厚い堆積層には豊かできれいな地下水がたっぷりと含まれており、その地下水で、裏千家や表千家の茶の湯の文化が生まれ、湯葉や豆腐が生まれ、伏見の銘酒が生まれ、現在の半導体産業が生まれました。盆地を囲む三つのキャンパスにはそれぞれの活断層があります。吉田キャンパスには花折断層、桂キャンパスには西山断層、そしてこの宇治キャンパスには黄檗断層であります。
このシンポジウムの副題が「生存基盤科学の創成に向けて」となっていますが、この宇治キャンパスの中で、今大きな夢が育ってきているのが2日間のシンポジウムの中で明らかにされることと思います。それは生存基盤科学高等研究院の構想であります。
この構想は、全学の自然科学の研究に従事する300名にものぼる教員が大きな一つの目標を置いて、人類の福祉貢献しようというものであります。
この大きな目標の実現に向けて、京都大学としても総長を中心として推進する体制を組み、本学の重点目標として、「人類・生物の生存基盤の調和ある発展および安全・快適・高度で持続可能な人類社会の構築への貢献」という課題を設定して支援しようと考えております。具体的には後ほど構想のご紹介があると思いますが、この宇治キャンパスにある4つの研究所が連携して、新しい仕組みとしての「生存基盤科学高等研究院」を設立し、その仕組みを基として「生存基盤科学」という重要な研究分野を創成し、確立しようというものであります。
まずは研究院長を指名し、その院長に強い権限を与えて、企画戦略本部というような核を置いて、化学研究所、エネルギー理工学研究所、生存圏研究所及び防災研究所の4つの研究所の連携を深め、円滑に全統合し、拡充して、大規模で高度な内容を持つ国際研究拠点を形成しようという考えであります。この企画戦略本部には、企画・経営能力に長けた人材が期待されます。産官学の連携を強化して外部資金の獲得や、拠点形成事業の推進、外部評価への対応などを強力に進める人材が必要です。
期待される成果として、この構想からのアウトプットが描かれています。まず新しい仕組みです。研究専念環境の構築、高度支援システムの構築、人材育成奨学センターの設立、寄付による冠のついた研究棟などの姿が思い浮かびます。さらにそこからの成果として、生存基盤産業の創出が期待され、また外に向かっては、生存基盤科学コンソーシアム、アジア生存基盤科学連合、生存基盤科学国際学校、生存基盤科学学会などの設立の構想がすでに浮かび上がっています。
私は今、京都大学にOpen Course Ware(OCW)という仕組みを導入しようと準備しています。それは世界の人々にウェブサイトを通じて、無料で、京都大学の講義を公開しようという計画です。「本高等研究院」は、「生存基盤科学」の創成と展開を通し、広い視野と独創力に富む、人類の生存基盤の保守・改善と持続可能な人類社会の構築に貢献する人材の育成に取り組むとされていますが、その具体的な一つの形として、社会連携を重視する立場から、このOCWなどによる教育・啓発活動にも参加していただけると期待しています。
今、ヨーロッパでは、アメリカの一極支配への対抗措置として、自然科学研究体制についても統合・融合が図られています。真の国際的拠点にするためには、このような世界的な動きを把握して戦略的に活動する必要でしょうが、当分は、生存基盤科学の研究成果が強く求められているアジア地区での連携を深めることを、この高等研究院では考えていて、私もそれが実に時代の方向に適合した考えであると思っています。京都大学としてもアジア諸国の総合大学と連携を保ちながら、教育と研究を推進する国際的な拠点大学としてさらに活動を図っていきたいと考えています。総長に就任して以来、昨年、私は香港、深せん(土偏に川)、北京、上海、台湾、インドネシア、シンガポールなどに出かけて、現地の大学の学長さんたちと会い、またさまざまな学長会議では韓国の学長さんたちとも会って、21世紀はアジアの時代だと話し合いました。そのような面からも、この高等研究院の構想が早く実を結んで行くように強く期待し、本日ご参加の皆様方のご理解とご協力を心からお願いするものであります。
本日はたくさんの方々のご参加、ありがとうございます。
(宇治)