学部入学式 式辞 (2004年4月7日)

尾池 和夫

 京都大学に入学された、2987名のみなさん、入学おめでとうございます。ご列席の元総長、名誉教授、副学長、各研究科長、学部長、教職員とともに、心からお祝い申し上げます。入学するまでに、みなさんはすでにさまざまな道を歩んできたでしょう。今日この式場におられるみなさんの一人一人が、静かにそれぞれの道を心の中でたどっておられることでしょう。また、ご家族の方々も、学習の支援を通して、それぞれの思いをいだいておられることと存じます。長い間の努力が報われた実感を持って、ここに列席しておられることと思います。

 みなさんが入学したこの大学の「京都大学」という名がはじめて使われた記録は、1891(明治24)年8月に作られた「京都大学条例」であろうと言われます。そして1949年5月31日に新制の京都大学が設置され、また今年4月1日に国立大学法人京都大学が設置されましたが、その法人は直ちに第3番目の「京都大学」を設置しましたので、この京都大学という名前は変わらないのです。
 みなさんは、今日、京都大学の入学式に主役として登場されました。みなさんは、京都大学を受験するにあたって、おそらく京都大学の基本理念を読まれたことと思います。その基本理念に沿って、私は、今日入学式に臨まれたみなさんに、3つのことを話したいと思います。

 まず、第1は、学問の自由ということです。京都大学の基本理念の前文には、「創立以来築いてきた自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献するため、自由と調和を基礎に、ここに基本理念を定める」とあります。
 1872年に「学問のすゝめ」を福沢諭吉が書いて、慶応義塾出版局から刊行されたとき、たちまち版を重ねて20万部を突破して、いわゆる海賊版が出回るほどの人気であったといわれます。学問や知識の習得の意義、西洋の学問に迎合せず批判的に本質をまなぶことの意義が述べられました。
 学問の自由とは、国民がそれぞれの領域で自由に研究し、知識を学問以外の政治的、宗教的権力や権威による制約をうけることなく表現する権利をいいます。日本国憲法23条では、「学問の自由は、これを保障する」とされ、さらに教育基本法2条によって教育の基本方針とされているものです。
 学問の自由の考え方がしっかりできたのは、19世紀のフランクフルト憲法「学問およびその教授は自由である」だと言われますが、20世紀の西洋でも、学問の自由が侵害される状況がありました。アメリカ合衆国でも、20世紀前半に、学問の自由は危機に瀕したことがあります。公立学校で進化論を教えてはならないという州法で教師が有罪とされた事件がありました。さらに第2次世界大戦後にも、教育や研究に従事する人が誓約をもとめられる状況がありました。
 日本では、帝国大学令に、大学は国家の必要に応じる学問の研究・教育をする機関だと規定されていました。1913年、京都帝国大学で、総長が学内改革を主張した7人の教授を辞職させ、これに反対した教授会が、学部の教授人事に関する自治を確認させた、沢柳事件がありました。京都大学の基本理念、「京都大学は、学問の自由な発展に資するため、教育研究組織の自治を尊重するとともに、全学的な調和をめざす」とありますが、これは、大学の100年の歴史の中で、多くの貴重な議論の積み重ねから確立してきた尊い内容なのです。

 第2は、人権を守るということです。人権は、個人が無条件にもっている社会生活の上での権利で、憲法や法で守られているものです。
 基本理念には、「京都大学は、環境に配慮し、人権を尊重した運営を行うとともに、社会的な説明責任に応える」とあります。
 人権は、人に生まれながらにそなわる固有のものであり、他の者によって侵されてはならない不可侵のものであります。
 みなさんの手元には、「自由で平等な社会をつくるために-人権関係法令等資料集-」が配布されています。それには、同和問題をはじめ、障害者問題、女性問題、人権・民族問題などの人権問題に関する理解を深めるため、ぜひ読んでほしい資料が収められています。また、附属図書館などにも、同和・人権問題の文献や資料を備えてあります。ぜひこれらを積極的に利用していただくようお願いします。
 国際連合で1948年に採択された「世界人権宣言」、66年に採択された国際人権規約、すなわち「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(通称、A規約)と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(B規約)、および「市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書」が人権に関して国際的に定められた代表的な規約です。この国際人権規約を、日本も1979年に批准しています。
 これらのほか、日本が批准している、難民条約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約など、たくさんの条約が締結されています。
 これから、大学に学び、世界に向かって活躍を始めるみなさんは、ぜひこれらの人権に関する条約に目を通して、その意味を自ら考えておいていただきたいと思います。そして、一人ひとりの人権を尊重して行動できるよう、理解を深めていってほしいと思います。

 第3は、地球と人の共存を生き方の基本とするということです。このことは京都大学の基本理念の前文にある、「多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献する」ということに関わります。
 みなさんはこれから、共通教育科目を選択しますが、ここで専攻外の分野を幅広く学ぶことが大切です。地球の環境に関することは、全学の学生のみなさんにも、一度は触れてほしい分野であります。京都大学には、フィールド科学教育研究センターが、2003年4月に創立されて、新しく活動を開始しました。また、霊長類研究所や地球環境学堂・学舎があります。総合博物館にも、附属図書館にも、また、2004年4月に衣替えした東南アジア研究所や生存圏研究所にも、地球環境を考える分野があります。それらのどこかで、地球と人の共存する未来を考えてほしいと思います。京都大学でのこれらの研究から京都大学が「人と地球のインターフェイス」と言えるように研究を進めたいと思っています。
 また、京都大学では、22の21世紀COEプログラムが現在実施されており、その他にもさまざまの重要な研究プロジェクトが、学部を横断して実施されています。その中にも、地球のことを考え、地球と人の共存を考える多くの課題があります。また、課外活動にも、その分野の活動があります。

 地球環境に関して、専門分野に進んでいくプロセスを考えてみましょう。例えば生態学の研究です。京都大学には生態学を研究する多くの研究室があり、フィールドがあります。マレーシアのサワラク州には、かつて生態学研究センターにいた故井上 民二教授たちが計画した熱帯雨林の研究拠点があります。井上先生が考えた、その、サワラク林冠生物学プログラムが実現した研究フィールドの一部が、京都大学総合博物館に展示されています。熱帯林には、地上70メートルにも達する、大変発達した林冠構造がありますが、そこに接近する方法がなかったため、熱帯雨林での動物や植物の相互作用の研究ができていませんでした。井上先生たちは、タワーを建設し、樹上に吊り橋を巡らすなどの工夫をして、花を咲かせるさまざまな植物と、その花粉を運ぶ昆虫などの生態を調べることを可能にしたのです。
 また、京都大学人間・環境学研究科に相関環境学専攻があります。そこに生物環境動態論を担当する加藤 真(まこと)教授がいます。加藤先生は1980年に京都大学農学部農林生物学科を卒業した若い教授です。
 加藤先生のウェブサイトの紹介には、キーワードとして、生態系、共生、進化の3つの言葉が並べてあります。これらの言葉の一つひとつ、あるいは、それらの組み合わせが持つ意味を考えてみていただきたいと思います。加藤先生の研究テーマの紹介には、「自然には、生物多様性と生態系機能という二つの重要な側面がありますが、自然の保護、すなわち生物多様性と生態系機能の保全のためには、このような生物の種間関係のネットワークを守るという視点が非常に重要です。森林、草原、湿地、河川、河口、干潟、砂浜、藻場などさまざまな生態系を、そこに見られる生物の種間関係を紐解くことによって理解し、それを守るために役立てたいと考えています」とあります。このような説明を理解するためには、まずこの先生が書いた入門書を読むのがいいと思います。例えば、「日本の渚-失われゆく海辺の自然」という本です。岩波新書にあります。
 その次には、加藤先生の論文を探します。例えば、自然科学系の学術誌としてその地位を確立している、Natureという雑誌から、あるいは、専門分野の学術誌、Global Environmental Researchという雑誌から、加藤先生の論文を検索してみましょう。
 その上で、加藤先生の全学共通科目の授業をとります。さらに、専門科目を受講し、大学院修士課程に進み、大学院博士課程に進学して、相関環境学特別研究に従事します。例えば、このような興味の持ち方で、将来の研究テーマを見つけることもできることでしょう。
 このようにして、4年後に京都大学学士、6年後に京都大学修士、9年後に京都大学博士という学位が授与されます。長いようですが、一所懸命学習や研究をしていると、あっという間に経ってしまう9年です。

 京都大学には約107年の歴史があります。その歴史の続きに、何枚書いてもらってもいい、真っ白いページが無限に用意されています。京都大学の歴史に新しいページを書き足すのは、今日のこの入学式に参加された皆さんです。そこにどのような歴史を皆さんが書き足されるかを、私たちはいつも注目しています。無限の可能性を持つみなさんの、これからの活躍を楽しみにして期待しつつ、私の式辞の結びとします。

 入学おめでとうございます。