新年名刺交換会での挨拶 (2004年1月5日)

尾池 和夫

 皆様、明けましておめでとうございます。

 昨年は長尾前総長の輝かしい仕事の成果としてさまざまの進展がありました。医学部保健学科が置かれ、高等教育研究開発推進機構が発足し、フィールド科学教育研究センターができ、桂キャンパスで講義が始まるなど、多くのことがありました。学内措置で設置されていた福井 謙一記念研究センターは、平成15年度予算成立に伴い省令施設の基礎化学研究センターとして設置されました。21世紀COEでは、合計22の拠点が形成されました。また、特色ある大学教育支援プログラムでも1つの課題が走っています。新しいレストランの開店も、百周年時計台記念館の竣工も忘れられない出来事になりました。知的財産企画室がベンチャー・ビジネス・ラボラトリー内に設置されました。また、入学資格の改訂を行い、在日外国人などの民族学校出身者に受験資格を認めることもできました。さらに、飛騨天文台の太陽磁場活動望遠鏡披露式が開催されました。

 今年は、4月1日に、国立大学法人京都大学が設置され、その法人が京都大学を設置するということが法律で決まっています。また、法科大学院がスタートし、東南アジア研究センターが研究所として装いを新たにし、生存圏研究所を作るというような、いくつかの重要な計画を持っています。

 総長に就任して初めての新年を迎えました。年の初めの挨拶をさせていただくのは名誉なことであり、緊張することでもあります。総長就任にあたっての、私の基本的な考え方の一部を申し上げて、ご批判を仰ぎ、また、ご指導を賜りたいと存じます。

 第一に、自由の学風を継承し発展させ、”自学自習を基本とするという大原則”を、あらためて肝に銘じておきたいと思います。この方針を貫いていくためには、今年迎える国立大学法人化も、この大原則を守り発展させるために役立つこともありますが、ときにはその伝統を守るための妨げになる可能性もあると思います。

 今年4月1日には、私は新しく設置される京都大学の総長に指名されることになっています。法人法の趣旨によって、リーダシップを発揮するよう求められているわけですが、京都大学では、ボトムアップによる企画をもとにするリーダシップを基本方針としたいと思います。部局の自治を基礎とする京都大学の伝統には、107年の歴史の中で築かれてきた、学問の自治があります。部局長会議での議論をもとに、さまざまなことを考えていく運営方法を大切にしなければなりません。

 法人化にあたっては個性輝く大学を目指してと言われていますが、一般的に競争原理を不用意に導入しますと、一つの目標に向かって全員が走り出して、結果的には個性を殺してしまうことになるという原理が働きます。このことは、競争の結果がどのように評価されるかということに深く関わりがあります。

 学問の評価は、それぞれの学問の分野を究めた研究者によらなければ難しいという面があります。大学の評価は大学でなければできない面があります。自己評価をきちんとすることができる必要があると思います。そのため大学評価の京都大学方式を確立するための、評価方式の分析と独自の検討を進めたいと思っています。

 また、社会の評価をしっかりと得るためには、大学の中身を詳しく、正確に、迅速に、社会に見せる努力が大学の側に必要です。そのためには広報の機能を大幅に充実することが必須の条件であります。大学を市民に理解してもらうことが重要です。市民にわかる言葉で、市民に理解してもらって、はじめて研究の成果が生きてくると思います。

 つぎに、私は、地球社会の調和ある共存という、京都大学の基本理念にもある課題が重要だと思っています。総合大学として、多様な研究の発展をはかり、開かれた大学としてその研究成果を社会に還元することが京都大学の役目です。そのためには、世界から有能な人材をしっかりと確保しつつ、何よりも人類の住む地球のことをよく知って、その地球と人類の共生を目的とする研究に取り組むことが大切と思っています。

そのことを基本としつつ、総合大学としてあらゆる分野の学問を発展させていくことが重要ですが、京都大学は諸先輩方のご努力の蓄積が十分にある大学であります。その伝統を法人化という荒波から守り抜くのが、私に与えられた仕事であろうと思います。

学問の手法には、理論研究の分野、実験研究の分野、野外研究の分野があり、それらが融合して研究成果を確実なものにしていきます。その成果を蓄積しながら、社会に還元するのが京都大学の役目です。それによって、地域社会、国際社会への貢献ができます。その結果、京都大学に対する評価は自ずから与えられると思います。

 大学運営の中で、日本学術会議の存在もさらに意識していかなければならないと思います。日本学術会議の役割は、非政府組織、すなわちNGOとしての役割にあります。政府から独立して、純粋に学者の立場から学問の領域に関する将来計画を議論することのできる貴重な組織です。学術会議では、例えば、2003年7月15日に、「国立大学法人化と大学附置共同利用研究所等のあり方について」という要望を出しています。大学の法人化で、各大学の独自の理念による運営が、ときには、全国共同利用の研究所の運営と相容れない面を持つことが懸念されるのであります。大学も国の予算が支出されながら、政府からは独立して将来が議論されないといけません。その根本を保証する考え方がしっかりと根付いていてこそ、大学を支える文部科学省と大学とのパートナーシップが成り立つと言えるのです。

 研究成果の社会への伝達と還元のもっとも基本が学生の教育です。京都大学は、日本人学生、社会人、外国人留学生、在日外国人学生など、あらゆる人々に、均等の機会を用意する義務があると思います。国際的視野と均衡感覚をそなえた人材の育成を目指して、学問に熱意を持つ人材を受け入れて、学習と研究の場を用意し、発展させていきたいと思っています。そのひとつとして、安全なキャンパスを構築するという具体的な目標を置きました。学生にとって安全なキャンパスであるための基本方策を検討していただくなかで、一つの行動として、夜中にパトロールカーの赤ランプを回転させながら構内を巡回してその効果を見ております。

 質の高い医療サービスも、研究成果を生かした社会貢献の大きな分野であります。またネットワークによるサービスも重要です。これらをいかに発展させていくかが課題の一つです。例えば、京都大学医学部附属病院で、患者にとって快適な医療環境を保ち発展させることなど、多くの課題があります。今年は医師の新研修制度が始まる年でもあります。

 京都盆地にある三つのキャンパスを中心とする京都大学は、京都盆地に生まれ育った京都の文化を大切にし、その発展に貢献する課題をもっています。地域の文化を守り、その発展に貢献することを大切にするということも基本方針です。最もローカルなものこそ、最もグローバルなものであると、私は思っています。京都の文化がそれの実例です。京都は世界の人が知っています。その優位さを生かして、世界に向かって文化を発信していかなければなりません。そのためには大学コンソーシアム京都などの取り組みにも、より積極的に参加していくことが必要だと思っています。

 京都大学教育研究振興財団をはじめ、多くの財団や市民からの寄付が、これからの京都大学の活動を支えていきます。同窓会組織の連帯と育成をはかるのも、今後の大きな課題の一つです。その点に関しても、皆様のご理解とご協力を、こころからお願いしたいと思います。総長室のホームページにメッセージを掲載し、そこから総長室へ直接、電子メールが送れるようにしました。すぐに返事を差し上げることは時間的にかないませんが、一つひとつのメールに目を通しながら、さまざまな見方を知るよりどころとさせていただいております。

 新年が、皆様方にとって、よい年であることを願って、年始の私の挨拶といたします。