平成14年1月4日 新年を迎えて(新年名刺交換会での新年挨拶 )

2002(平成14)年1月4日

 新年明けましておめでとうございます。今年も京都大学、また京都大学の我々にとりまして良い年になりますよう、決意を新たにしたいと存じます。私の総長の任期が昨年12月15日で終わりましたが、さらに2年間続けることになりました。全力を尽くすつもりですので、皆様方のご理解とご協力をお願い申し上げます。 

 

1.京都大学の基本理念

 近年、大学を取りまく社会的・政治的環境が大きく変わって来つつあり、高等教育の質が厳しく問われております。また個々の大学の理念、その個性、特徴、目標を明確化すべきであると言われております。そしてその目標に対して、大学がどのような努力をし、どこまでのことを達成したかを社会に対して自ら明らかにする責任があると言われ、またそのような観点から外部評価が行われ始めました。

 そういったことから京都大学の基本理念を策定するワーキンググループをもうけ、1年以上にわたって検討してまいり、このほど京都大学の基本理念を策定いたしました。これは近く発刊される京大広報に掲載されますので、ぜひご覧いただきたく存じます。その中には、21世紀の出発にあたって、我々が心しなければならない事として人類の進歩発展という単純な概念でなく、人類だけでなく生物・無生物を含んだ地球社会全体の調和ある共存ということがあり、我々の行う教育と学術の発展もこの理念にそったものであるべきだということが書かれております。ただ、こういった理念は我々の長い努力によって体現され、確立されてゆくべきものであります。その出発点におかれた礎石としてこの基本理念を理解し、今後の努力によってこれに磨きをかけながら、我々はそれぞれに教育・研究に励んで行きたいと存じます。

 

2.大学の多様な発展

 大学、特に国立大学は国民の税金でまかなわれていることもあって、大学で得られた成果は積極的に社会に還元しなければならない、また日本の産業界の低迷を救い、新しい産業を立ちあげるためには、大学の創造的な研究成果を産業界に移転したり、産学共同を進める必要があると言われております。京都大学においてもベンチャービジネスラボラトリーや国際融合創造センターを作り、先端的な研究開発を行うとともに産学協力についての社会への窓口の役割を果たしております。そして昨年は国の内外において各種のフォーラムを開催し、京都大学の現状と産学協力についての考え方を示しました。

 こういった一連の活動は大切でありますが、これでもって京都大学が応用研究、産学協力へ向けて走り出したというとすれば、それは全くの誤解であります。京都大学の約3000人の教官の行っていることは実に多様であります。研究成果の社会への還元はもちろん大切でありますが、そのほかに社会とは直接関係のない研究、純粋な知的興味からの研究、これまで人類が築きあげて来た知的資産を継承し発展させてゆく仕事、あるいは人の命を救うために懸命になっている医学部・病院の人達の仕事、等々、非常に多くの分野で、それぞれの目的をもって活動しているわけで、大学はこれら全ての活動をより良い形で発展させてゆくべきものであります。

特に京都大学の場合、京都という環境においてしか出来ないであろう基礎的研究を大切にしつつ、総合大学の特徴を生かし文科系と理科系の融合した学問領域の開拓をするなどして、20年先、30年先の日本や世界に対して貢献することが期待されます。とりわけ、これからは人間精神の健全な発展に寄与するであろう学問研究を尊重することが必要でありましょう。

 ただその時、我々研究者が自覚しなければならないことは、自分の専門分野の研究が、長期的視野において、地球社会の調和的共存と発展という目標にそったものであるかどうかを常に自分に問いながら進んでゆくべきことであります。20世紀の科学技術や思想、社会システムがかならずしも人類に幸福をもたらさなかったことの反省を常に持ちつづけるといったことが大切でありましょう。

 こういったことも踏まえて、京都大学は来年度には地球環境学研究部・教育部という新しい型の大学院をもうけ、人文科学的な観点を要として諸科学を結集し、地球環境問題の解決をめざした大学院教育と研究を行うことにいたしました。医学関係では、本年度につづいて探索医療センターの整備、デイ・サージャリー診療部、幹細胞医学研究センターと感染症モデル研究センターの新設を行い、さらに既存の組織の転換拡充による学術情報メディアセンター、低温物質科学研究センターの新設、国際融合創造センターの拡充、その他を行う予定であります。

 このような活発な京都大学の活動の中で、敷地面積の狭隘化を少しでも緩和するために決定した桂キャンパスの建設は順調に進んでおります。本年秋には第一期計画の建物が完成し、工学研究科の化学系と電気系が移転し、平成15年の春から活動を開始する予定であります。第二期計画についても順調であり、その後のステップへの努力も引き続いて行っているところであります。吉田地区においてもキャンパスの整備を積極的に進めております。幾つかの建物を新しく建設中でありますが、本部事務棟は本年3月末に完成し、本部事務部が移転いたします。そして4月には時計台建物の本格的な改修に入り、平成15年秋には百周年時計台記念館として完成する予定であり、これで京都大学百周年記念事業が全て終了することになります。

 

3.大学を取りまく状況について

 今日大学を取りまく状況はまことに厳しいものがあります。学生の教育をもっと真剣に行うこと、社会貢献を積極的に行うこと、大学が自主・自律性をもってそういったことに当るために国立大学を法人化するべきであるといったことが進みつつあります。

 まず学生の教育については、入学試験の方法を工夫し、多様な特色のある学生を受入れることが要請され、さらに授業を改善充実させるために学生からの授業評価を導入することが要請されておりますが、京都大学でも種々の検討を行い、徐々に実施に移しつつあるところであります。教育の見なおしの中では、特に1、2回生を中心とした全学共通教育の改革が人間・環境学研究科、総合人間学部の改組とともに検討されており、新しい責任体制を構築することによって、しっかりした実力と教養をつけた人材を送り出してゆくべく努力をしているところであります。

 大学評価・学位授与機構による大学評価が進みつつあり、昨年は本学を対象としては全学テーマ別評価として「教育サービス面における社会貢献」および「教養教育」、また分野別教育評価として「医学系」が行われました。最終結果は近く公表されることになるでしょう。今年はひきつづいて全学テーマ別評価として「教養教育」を継続して評価されるほかに、「研究活動面における社会との連携および協力」が対象となり、分野別研究評価では「法学系」が行われる予定になっております。

 国立大学の設置形態の検討は主として文部科学省の委員会で行われて来て、昨年9月末には“新しい「国立大学法人」像について”という中間報告が出され、現在は最終報告へむけて調整が行われている段階であります。その内容は既によく知られているところでありますが、国と大学法人との関係、大学の中期目標と中期計画の策定の仕方、大学の組織と人事制度、財務会計制度等においてまだまだ詰めるべきところが多くあり、これからの一年間は国立大学の将来にとって大切な時期であります。

 この国立大学法人の枠組がほぼ定まったとしても、その下で京都大学としてどのような具体的な組織構造を設定し、どこにどのような機能をもたせれば、学問の自由な発展を保証しながら、1つの有機的統合体として運営してゆくことができるかという立場から、法人組織の詳しい設計を行う必要があります。これまでにはなかった経営という概念を持たねばなりませんが、その具体的内容は何か、そういったことと学問の自由、教育内容の充実とを調和させながら、京都大学のより良い発展をはかるにはどうすればよいかをよく検討する必要があります。これは教育研究組織とともに事務組織についても行うべきことで、京都大学のこれからの1~2年間における最大の課題であります。学内、学外ともに納得する優れた設計を行い、2年余り先にひかえているであろう法人への移行をスムースに行う必要があるわけで、皆様方のご理解とご協力をお願い致したく存じます。

 今年4月に発足する地球環境学研究部におきましては、ダブルアポイントメントと称して、元の研究科とこの研究部との双方において教授会に出席し、また研究を行うことが出来るようにする道を開きました。このように将来は研究科間、部局間の壁をできるだけ低くし、できるだけ簡単に行き来できるようにして、お互いに協力しながら学問研究を積極的に推進することが必要と存じます。いわゆる遠山プランのトップ30について京都大学からの提案を計画する際にも、専攻、研究科、研究所、センター間にまたがって最良の研究教育計画を策定することも大切になると考えられますが、これはより柔軟な組織をあみ出して教育研究活動をさらに強力なものとしてゆくための1つの試金石となるでしょう。

 大学での問題はこのような制度的なことと共に、大学人それぞれが改革への認識をはっきり持つことが最も大切であります。教官につきましては教育・研究へのさらなる柔軟な取り組みが必要ですし、事務官・その他職員においてはそれぞれの仕事の点検を行うとともに、変革期における新しい仕事に積極的に取り組む姿勢をもつことが大切であります。特にこれからは幅広い視野のもとでの企画立案能力を磨くなど、自己開発を行うことが要求されます。

 

4.国際社会の中で

 これからの日本の大学は諸外国の大学と競争し協調しながら、国際社会においてその存在を明確にしてゆかねばなりません。京都大学には現在約1200名の留学生がいますが、各国の主要な大学が努力しているように、さらに多くの優れた留学生を引きつける魅力をもった大学になることが必要であります。

 さらに重要なことは、京都大学の学生に将来国際的に活躍する意欲を持たせる教育を行うことであります。そのためには英語などによるコミュニケーション能力を付けさせるとともに、たとえ短期間でも外国に行かせて教育訓練をすることが望まれます。最近は種々の助成金がありますから、大学院の学生などには、研究成果を外国の学会などで積極的に発表させるよう支援することも必要であります。

 京都大学の存在が国内・国外により良く認識されるようにするための活動を昨年はいろいろと行いました。たとえば、京都大学の研究活動を広く社会に知ってもらうために、東京で京都大学フォーラムを2度開催しました。第1回は外国大使館の人達を中心とし、第2回は東京の経済・産業界の首脳陣を対象として開催し、いずれも大変盛会でありました。また大学で創造した知の社会還元や、産学連携といった観点から、多くの部局が京都はもちろんのこと、東京や大阪などでも種々のテーマについての講演会やシンポジウムを行い、京都大学の現状を社会に知ってもらう積極的な努力を行っております。

 国際的にもいろいろな活動をいたしました。第1回国際フォーラムを情報学研究科が『ネットワークとメディアコンピューティング』をテーマとして米国サンタ・クララで開催し、第2回を経済学研究科と経済研究所が『新世紀に直面する日本経済の変貌』と題して英国ロンドンとエジンバラで行いました。いずれも多数の参加者を得て大変好評でありました。これらの海外でのフォーラムには数名~十数名の大学院学生に参加してもらいましたが、学生諸君にとっては非常に刺激になり、また勉強にもなったようであります。

 昨年はまた、東京に京都大学東京オフィスをもうけ、京都大学の東京での活動の拠点にするとともに、光ファイバーケーブルを設置し、官界・産業界からの非常勤講師を東京オフィスに招き、吉田キャンパスの大学院学生に遠隔講義をしてもらう計画を進めております。

 いずれにしても、京都大学はこれまで学問世界においてその高い質の存在を示して来ましたが、これからは社会や経済・産業界にもより良く理解してもらい、お互いに協力してゆくことが大切となってきております。したがって今年も上記のような活動をいろいろと行うほかに、インターネット・ホームページの充実、和文・英文で京都大学の種々の側面を紹介する広報冊子の定期的発行等を行うべく準備を進めております。

 今年は京都大学としてより一層新しい方向に展開してゆく年といたしたく存じますが、我々京都大学教職員におきましても、新しい大学の時代を目ざして一層の自己改革の努力をすべき年であると存じます。今年も皆様にとりまして充実した1年であることを祈念致しまして私の新年のご挨拶といたします。