平成11年4月9日 大学院入学式

大学院入学式における総長のことば

平成11年4月9日

総長 長尾 真

    平成11年度の京都大学大学院入学式を迎えられた2,264名の皆さん、入学おめでとうございます。ご列席の名誉教授の先生はじめ各研究科長とともに皆さんの入学を心からお慶びいたします。

 皆さんの中には修士課程2年間で就職を目ざそうと思っている人と、博士後期課程において、博士の学位を目ざしている人とがいますが、いずれの場合も、学部の場合とは質のちがった勉強をしなければなりません。学部での勉強は専門分野の学問といっても、それぞれの分野の基本的なことを学んだにすぎません。専門分野の高度な内容は大学院において学び、学問の最先端がどこにあり、現在何を問題にしているかを知るのであります。そして諸君もその先端部分の開拓の仲間入りをして、新しい創造的な研究をし、先端部分を押し広げてゆくことも期待されております。大学院時代に独創的な研究成果をあげた人はたくさんおられます。諸君も十分にそれが出来る力を持っているのですから、自信をもって大学院での勉強と研究をしていただくことを期待いたします。

 さて、最近は、大学改革、大学院改革ということが言われています。京都大学では、いわゆる大学院重点化を行い、教官は大学院に所属するようにし、大学院の充実を積極的に推進しております。京都大学ではこれまでの百年間に専門分野を徐々に増やして来て、かなり前から10学部をおいて教育研究を行って来ました。しかし、これからの百年を見通すとき、伝統的な学問分野だけでは不十分であると認識し、21世紀に必要とされる学問分野を次々と開拓しています。

 すなわち平成3年には人間・環境学研究科を発足させましたし、平成8年にはエネルギー科学研究科、平成10年にはアジア・アフリカ地域研究研究科、情報学研究科をつくりました。また本年4月には生命科学研究科を発足させることが出来ました。これらはいずれも既存の研究科の改組と併せて実現したもので、そういったことから、京都大学は大学院改革を積極的に推進して来た大学の一つであるということができるでしょう。こういった改革の検討は今後とも継続して行い、必要に応じてさらに新しい学問領域を創出しながら、21世紀においてその存在が世界から高く評価される大学になってゆかねばなりません。

 日本は明治の初めにヨーロッパから大学制度を輸入しました。その時ヨーロッパの学問領域を今日までいわば金科玉条のようにして守り、その中で大学は教育研究活動を行ってきました。ヨーロッパの学問は必要に応じて分化・発展し、新しい学問分野を作って来たという歴史を持っています。つまり、彼等はそうする学問的必然性があったからであります。しかし日本の場合には、明治時代に輸入した学問に対してアカデミズムとしての権威を与え、これを墨守し、そこからはみ出すものは亜流であるとして無視したり、排除する傾向さえ示すことがあったわけであります。

    これを本学名誉教授の経済学者、伊東光晴先生は「日本は学問が学問として入って来て、それがアカデミズムとして権威を持っている。したがって日本の学者は必ず理論信仰である。ところが、実業界にいくと「理論と現実はちがう」というので卒業生は現実信仰に移る。この理論信仰と現実信仰との乖離が、日本の学問の病の中枢にあるし、また産業育成の中にも生じており、ここをよく考えなおしてみる必要がある」と言っておられます(「21世紀の世界と日本」、岩波書店、1995)。

 しかし日本の大学も百年以上の歴史を経験して来た結果、現実を直視し、そこから理論を構築し、新しい学問分野を打ち立てることが出来るところにようやく到達したといってもよいでしょう。京都大学において新しい研究科を幾つも作ったというのも、その現れであると言ってよいかもしれません。

 私の経験を少し話させていただきますと、私は諸君のような年齢の時に工学部で言葉を取り扱う研究をやり始めましたが、人間の言葉を工学の対象とするなどということが当時は全くばかげたことだといった観念が広く存在していた時代でありました。しかし今日の情報化時代においてコンピュータによる言語の処理は情報科学の中心的課題であるとまで認識されるようになっており、また学問的にもしっかりとした体系と豊富な内容を持つまでになって来ております。

 皆さんも、これからの大学院生活において学問領域の境界などを気にせずに、自分がやるべきだと考えた新しいことにいろいろと挑戦していただきたいと思います。そして、与えられた問題を解決するというだけでなく、21世紀社会にとって欠くことのできない新しい重要な課題を自分で発見し、これに解決を与え、それを通じて新しい学問分野を創造してゆく気概を持って励んでいただきたく思います。

 皆さんのこれからの大学院生活が実り豊かなものとなりますよう期待いたしまして、私のお祝いの言葉といたします。