野生動物研究センターの熊本サンクチュアリにボノボ4個体を受け入れ、人間の本性の進化的基盤を探る新たな学術研究に着手しました。日本で初の飼育下でのボノボの研究です。
ボノボについて
ボノボは、チンパンジーとならんでヒトに最も近縁な生き物です。野生での生息地は、アフリカのコンゴ民主共和国1か国のみです。個体数が減少して、絶滅の危機に瀕しています。飼育下での数も少なく、世界的に、アメリカの動物園等に約90個体、ヨーロッパに約90個体がいるのみです。今回4個体を受け入れる前の時点で、日本にボノボはいませんでした。
野生での研究は、本学の加納隆至が1973年にコンゴ民主共和国(当時:ザイール)ワンバ地域で長期継続調査を開始し、その成果において世界をリードしてきました。
輸入の経緯
輸入した4個体とも、アメリカのサンディエゴ動物園の由来です。個体名、年齢性別は以下のとおりです。
名前 | 性別 | 生年月日 | 2013年12月時点年齢 |
---|---|---|---|
Junior/ジュニア | 男性 | 1995年1月14日 | 18歳 |
Connie-Lenore/コニー・レノア | 女性 | 1982年2月3日 | 31歳 |
Lolita/ロリータ | 女性 | 1989年4月20日 | 24歳 |
Ikela/イケラ | 女性 | 1991年11月27日 | 22歳 |
アメリカ動物園水族館協会の合意を得て、サンディエゴ動物園と移送契約を締結し、所定の手続きを経て輸入しました。2013年11月27日に熊本サンクチュアリに到着しました。
チンパンジーとボノボの比較研究の意義
両者ともヒトに最も近縁な動物で、外見は似ています。しかし、その集団社会や行動特性において顕著に異なっています。概略すると、チンパンジーは攻撃的で男性優位の社会を築き、そして、野生において多様な道具を使います。一方でボノボは、平和共存的で女性優位の社会を築き、野生ボノボの道具使用は稀です。こうした違いの理由を解明することは、人間の社会、心、行動の進化的基盤をよりよく理解することにつながります。
従来、チンパンジーを対象とした研究が国内外で比較的盛んにおこなわれてきたのに対して、ボノボを対象とした研究は稀でした。人間の本性の進化的基盤を理解するにあたって、チンパンジーとヒトの2者比較だけでは不十分です。チンパンジーとならんで、ボノボの研究も同様におこない、チンパンジー・ボノボ・ヒトの3者比較をすることによって初めて、人間の本性の進化的基盤を真に理解することが可能となります。
熊本サンクチュアリにおける日本初のボノボ研究の開始により、様々な新事実の発見が期待できます。
研究計画の概要
比較認知科学と行動学の手法を駆使して、非侵襲的研究をおこないます。思考・言語・記憶・社会的知性など、認知機能の行動的基盤の解明を目的とします。以下の三つのポイントが指摘できます。
第1のポイントは、チンパンジー認知研究のノウハウを生かした比較研究だという点です。霊長類研究所では、アイ・プロジェクトと呼ばれるチンパンジーの心の比較認知科学的研究を1978年から実施してきました。数の認識や優れた短期記憶能力の解明など、世界を牽引する研究をおこなっています。熊本サンクチュアリでも、多様な集団を対象にして、認知と行動の研究を実施しています。タッチパネルを用いた認知課題、アイトラッカーによる視線計測、道具使用に関する行動学的研究などです。こうしたチンパンジー研究の手法をそのままボノボに適用して、チンパンジーとボノボの直接比較をおこないます。現在進行中の研究プロジェクトとして、知識と技術の世代間伝播に関する研究、海生哺乳類(イルカなど)との比較による知性の進化と生態的妥当性に関する研究、「こころの時間学」創出を目指した時間認識に関する研究、共感と利他行動に関する研究などがあります。
第2のポイントは、野生と研究施設(アフリカと日本)、チンパンジーとボノボという、二つの軸による比較研究である点です。飼育下での認知行動研究だけでなく、野生における調査もおこないます。そうすることで、チンパンジーとボノボの全体像が見えてきます。研究施設で見られた知性が、アフリカの野生の暮らしの中でどのように生かされているのかを調べます。野生チンパンジーに関しては、ギニア共和国ボッソウ・ニンバ地域における野外研究が脈々と続けられています。ボノボの野外研究調査地であるコンゴ民主共和国ワンバ村に、本研究チーム構成員が2010年来調査に出向いています。こうして、野生と研究施設(アフリカと日本)を比べ、そしてチンパンジーとボノボを比べるという、二つの比較軸による包括的な研究を展開します。
第3のポイントは、福祉と保全の一体となった活動である点です。研究施設における研究成果を、チンパンジー・ボノボの安寧な暮らしと、生活の質(QOL)の向上に反映させます。野外調査を通じて、絶滅の危機に瀕したチンパンジー・ボノボの保全を図ります。飼育研究と野外研究をおこない、福祉と保全の一体となった研究を推進します。さらに、将来の人材育成を目指した教育活動をおこなう計画です。
以上、ボノボの導入により、国内で初のボノボ研究を実施し、人間の本性の進化的基盤を解明する研究のさらなる加速を図ります。
なお、安全上の理由により、熊本サンクチュアリの施設全般は現在一般公開していません。
![]() コニー・レノア | ![]() ジュニア |
![]() イケラ | ![]() ロリータ |
![]() 熊本サンクチュアリの研究飼育施設 |
ボノボの導入は、霊長類研究所の文部科学省「人間の進化」プロジェンクトにより実施しました。