平成21年度湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞 受賞者を発表 (2009年9月30日)

平成21年度湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞 受賞者を発表 (2009年9月30日)

 このたび、平成21年度(第3回)湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の受賞者として、 早田次郎 京都大学大学院理学研究科 准教授に決定しました。

業績の題目(和文および英文)

「高次元重力理論における宇宙論とブラックホール」
Cosmology and black holes in higher dimensional gravity

受賞理由

 重力を含んだ力の統一理論として、超弦理論という物質の基本的構成要素がひも状のものであるとする理論が最も有力である。その超弦理論は、我々の住む空間の次元は実は3次元ではなく、9ないしは10次元という高次元の空間であることを予言している。しかし、そうした高次元空間はいまだに観測されていない。すなわち、その余分な6つないしは7つの空間次元、余剰次元は、何らかの理由で簡単には観測されないようになっていなければならない。余剰次元の存在を宇宙論的な観測で検証することは人類の夢といってよい。
  一方で、現在我々の宇宙の膨張速度が加速していることが観測されており、万有引力の法則と一見矛盾している。現在の標準的な宇宙論はこのような矛盾を解決する手段として得体のしれないダークエネルギーと呼ばれるものの存在を仮定している。しかし、高次元に拡張された重力理論を考えることによって、このダークエネルギー問題が解決できる可能性があり、その研究の重要性が益々高まっている。特に近年、ブレーン宇宙という新しいアイデアが提案された。これは、我々の宇宙が高次元空間に浮かぶ膜であるというもので、従来の世界観を覆すアイデアである。そのため、従来の宇宙論的解析手段を超えた新たな理論体系が必要とされていた。
  早田次郎氏は、余剰次元の検証を目指した基礎研究を行い、高次元重力理論に基づいたブレーン(膜)宇宙論や高次元ブラックホールに関して、数々の優れた業績を挙げている。中でも、(1)ブレーン宇宙の密度揺らぎの進化理論、(2)ブレーン上の強重力場を扱う理論、(3)回転する高次元ブラックホールの安定性解析理論、の3つの業績は、それぞれ1つのみでも本賞の対象としてよい、極めて優れた業績である。同氏は、これらの基礎的な問題に対して独自の方法を開発することで重力理論の理解の進展に対して重要な貢献を行っており、宇宙論・重力理論分野において今後も指導的役割を果たすことが十二分に期待される。

湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の概要

  1. 賞創設の経緯
    旧広島大学理論物理学研究所教授であった故木村利栄博士は、平成17年(2005年)12月17日に旅先で急逝されましたが、遺産の一部が浩子夫人より財団法人湯川記念財団へ寄附されました。これを木村基金として、木村博士が大きな功績を上げられた重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げた研究者を顕彰するために平成19年度より「湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞」を設けました。その候補者の選考や木村基金の運用は、旧広島大学理論物理学研究所と統合した京都大学基礎物理学研究所に委託されています。
  2. 対象
    重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げており、かつ、受賞以降も対象分野で中心的な役割を果たしていくことが期待される研究者。
  3. 候補者の推薦
    他薦に限る。
  4. 選考
    選考は、京都大学基礎物理学研究所運営委員会の下に組織された選考委員会が行い、年1件を運営委員会に推薦。それを受けて運営委員会が受賞者を決定。
  5. 正賞及び副賞
    賞状及メダルを授与。副賞として賞金60万円。

 

木村利栄(きむら としえい)博士

  • 略歴

  大正15年8月10日生まれ。昭和23年3月京都帝国大学卒業。同年4月広島大学理論物理学研究所助手に着任。その後、助教授・教授を経て平成2年3月定年退職。その間、昭和54年4月から昭和58年3月まで広島大学理論物理学研究所長。平成2年4月広島大学名誉教授。平成2年4月から平成6年3月まで広島県立大学教授。
  平成15年に素粒子メダル受賞。平成17年春には瑞宝中授章を受章。

  • 主な業績

  木村博士は、重力理論の分野で常に先駆的研究をされてきた。中でも、1969年の重力場中での量子異常の発見は大きな功績である。重力の量子異常は、その後、超弦理論の量子論において最も重要な性質の一つになっており、その意味でも木村博士の先駆性は明らかである。また、木村博士は1973年頃から点粒子間の多体重力ポテンシャルの研究を始められ、一般相対論による2次の補正項を初めて求められた。この業績は、現在国際的に研究が進められている重力波天文学において中心的役割を果たしている相対論的2体問題の先駆けとなった。