高橋和利 物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター特定拠点助教 業績の要旨等
業績の題目
既知因子による分化多能性の誘導
Induction of pluripotency by defined factors
業績の要旨
ES細胞に代表される多能性幹細胞は、再生医療のソースとして大きな期待を集めています。しかしながら、樹立時に受精卵を破壊することへの倫理的な抵抗や、移植後に免疫拒絶反応が懸念されるなど、多くの克服すべき問題を抱えており、未だES細胞を用いた再生医療は実現しておりません。この二つの大きな障壁に対しては、患者自身の体細胞を多能性幹細胞に変化させることができれば解決することが可能と考えられます。
高橋和利氏は、体細胞に分化多能性を獲得させる因子群の探索を行ってきました。ES細胞に特異的に発現する遺伝子の同定を行った結果、原癌遺伝子Rasと相同性を有する新規遺伝子を発見し、ERasと名づけるとともにその解析を行いました。ERasの解析により、ES細胞の臨床応用の障壁となっている腫瘍形成機構の一端が明らかになり、この結果は2003年にNatureに発表されました。
さらにこれら因子の解析を続け、それらの中で、ES細胞のリプログラミングを誘導する因子として、2006年、最終的に4種の遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を導入することで、マウス皮膚細胞から多能性幹細胞を作成することに成功し、人工多能性幹細胞(iPS細胞)と命名しました。また翌年には成人の皮膚細胞から同様にiPS細胞を樹立することにも成功しました(Cell, 2006年、2007年)。
iPS細胞の樹立は、周知のように世界的に大きなインパクトをもたらしました。ES細胞の利用に常につきまとっていた受精卵の破壊という問題を克服し、また免疫拒絶反応を回避できる可能性を開いた点で、再生医療の実現可能性を大きく前進させました。また、疾患患者由来のiPS細胞を用いて試験管内での創薬スクリーニングや病態解明にも大きく寄与するものであります。
このように高橋氏の業績は、多くは再生医療という臨床的側面、実用的重要性から語られますが、いったん分化し終わった細胞を、もう一度多能性を持つ幹細胞にリプログラミングすることができる、しかもそれがたった4種の遺伝子だけで実現可能であったというところに、計り知れない衝撃がありました。いまやiPS研究は世界的にもっともホットな研究領域になっていることは言うまでもありませんが、この研究の嚆矢となった高橋和利氏の貢献はまことに大きく、湯川・朝永奨励賞にふさわしいと考えられます。