この度、平成20年度(第2回)湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の受賞者として、 酒井 忠勝 茨城大学理学部 准教授と、杉本 茂樹 東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU) 特任教授を決定(共同受賞)しました。
業績の題目(和文及び英文)
ゲージ理論/超弦・重力理論対応に基づく量子色力学(QCD)の双対ホログラフ模型の構築
Constructing Holographic Dual of QCD based on gauge/superstring-gravity correspondence
受賞理由
素粒子には、ハドロン(陽子や中性子を初めとしたバリオン族、あるいは湯川の予言したパイ中間子を初めとするメソン族、をひっくるめた総称)とレプトン(電子やニュートリノなど)があるが、ハドロンは実は、さらに下のレベルの基本粒子クォークからできた複合粒子である。ハドロンは強い相互作用をするが、その起源はクォークの色(カラー)電荷を源とする力であり、量子色力学(Quantum ChromoDynamics )QCDというゲージ理論により記述される。
しかし、量子色力学の相互作用は文字通り大変強いので、そのダイナミクスを計算・理解することは難しい。ところが、10年ほど前に、超対称なゲージ理論の強い相互作用の極限と、曲がった時空上の超弦理論や重力理論の弱い相互作用極限、とが「同じ」であるという、いわゆる「ゲージ理論/弦理論対応(双対性)」が発見された。この対応を用いれば、ゲージ理論において計算不可能だった物理量が、超弦理論・重力理論で簡単に計算できてしまう、ということで、より一般のゲージ理論に拡張することが精力的に行われ、特に、素粒子の強い相互作用を記述するゲージ理論-量子色力学(QCD)が、超弦・重力理論を用いて記述できるかどうかは、長年にわたる課題であった。
酒井、杉本両氏はこの問題を解き、まさに我々のQCDに対応する曲がった時空上の超弦理論の模型を世界で最初に構成したものである。この模型は、素粒子の質量の起源を与えるカイラル対称性の自発的破れなどを定性的にうまく説明するだけでなく、定量的にもメソンの質量や様々な実験データをかなりの精度で正しく再現する。
この研究は先駆的な研究として非常に注目され、QCDのダイナミクスを解析する強力な手段を与えるものとして、特に、ブルックヘブンのRHICの実験や中性子星などで期待される高温ないしは高密度の下でのQCDの全く新しい相を予言し解析する実用的な手段として、Sakai-Sugimoto modelと呼ばれて広く用いられるようになっている。Progress誌に発表された2論文の引用も、延べ500論文にもなろうとしており、世界的な注目の高さを表している。
湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の概要
- 賞創設の経緯
旧広島大学理論物理学研究所教授であった故木村利栄博士は、平成17年(2005年)12月17日に旅先で急逝されましたが、遺産の一部が浩子夫人より財団法人湯川記念財団へ寄附されました。これを木村基金として、木村博士が大きな功績を上げられた重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げた研究者を顕彰するために平成19年度より「湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞」を設けました。その候補者の選考や木村基金の運用は、旧広島大学理論物理学研究所と統合した京都大学基礎物理学研究所に委託されています。 - 対象
重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げており、かつ、受賞以降も対象分野で中心的な役割を果たしていくことが期待される研究者。 - 候補者の推薦
他薦に限る。 - 選考
選考は、京都大学基礎物理学研究所運営委員会の下に組織された選考委員会が行い、年1件を運営委員会に推薦。それを受けて運営委員会が受賞者を決定。 - 正賞及び副賞
賞状及メダルを授与。副賞として賞金60万円。
木村利栄(きむら としえい)博士
- 略歴
大正15年8月10日生まれ。昭和23年3月京都帝国大学卒業。同年4月広島大学理論物理学研究所助手に着任。その後、助教授・教授を経て平成2年3月定年退職。その間、昭和54年4月から昭和58年3月まで広島大学理論物理学研究所長。平成2年4月広島大学名誉教授。平成2年4月から平成6年3月まで広島県立大学教授。
平成15年に素粒子メダル受賞。平成17年春には瑞宝中授章を受章。
- 主な業績
木村博士は、重力理論の分野で常に先駆的研究をされてきた。中でも、1969年の重力場中での量子異常の発見は大きな功績である。重力の量子異常は、その後、超弦理論の量子論において最も重要な性質の一つになっており、その意味でも木村博士の先駆性は明らかである。また、木村博士は1973年頃から点粒子間の多体重力ポテンシャルの研究を始められ、一般相対論による2次の補正項を初めて求められた。この業績は、現在国際的に研究が進められている重力波天文学において中心的役割を果たしている相対論的2体問題の先駆けとなった。