世界最高耐圧のトランジスタの開発に成功 ~耐圧二万ボルトの炭化珪素(SiC)バイポーラ・トランジスタ~

世界最高耐圧のトランジスタの開発に成功 ~耐圧二万ボルトの炭化珪素(SiC)バイポーラ・トランジスタ~

2012年10月24日


左から木本教授、須田准教授

 須田淳 工学研究科准教授、木本恒暢 同教授、三宅裕樹氏(同博士課程修了)、奥田貴史 同修士課程学生、丹羽弘樹 同修士課程学生のグループは、SiC(炭化珪素)半導体を用いて、世界最高となる2万ボルトの電圧に耐えるスイッチング素子、バイポーラ・トランジスタを作製することに成功しました。

 本研究成果は、10月に刊行された米国電気電子学会(IEEE)の論文誌Electron Device Letters(EDL)11月号に掲載されました。

概要

 電力の送電、変電設備には2万ボルトを超える超高耐圧の半導体素子が必要となりますが、現在使用されているSi(珪素:シリコン)では材料の性質(物性)に起因する制約のため、6千~8千ボルト程度の耐圧が限界です。SiCはSiより絶縁破壊や熱に強いという特長を有しており、次世代の超高耐圧半導体素子材料として世界的に注目されています。

 本学は、SiC半導体研究の世界的パイオニアとして認識されています。今回、長年積み重ねてきたSiCバイポーラ・トランジスタの技術・知見に、最先端研究開発支援(FIRST)プログラム「低炭素社会創成へ向けた炭化珪素(SiC)革新パワーエレクトロニクスの研究開発」(中心研究者:木本教授)のもとで開発を進めた、高電圧印加時の電界集中を緩和する構造、および表面保護技術を集約することで、2万ボルト以上の耐圧を示すバイポーラ・トランジスタを実現しました。

 今年6月に同グループが発表した耐圧2万ボルトの整流素子(PiNダイオード)の開発とあわせて、高耐圧パワーエレクトロニクスを構成するために必須である「整流素子」と「スイッチング素子」両方の技術の実証に成功したことになります。

 実用化に向けて、さらなる素子の性能向上や製造技術の確立、SiC超高耐圧素子の性能を引き出す回路技術の確立などが必要ですが、次世代の高機能、低損失な電力ネットワーク実現に向けた大きな一歩です。

学術的・社会的重要性と波及効果

 本研究は、SiCに限らず、あらゆる半導体スイッチング素子の中で最高の耐圧を達成したことに意義があります。超高耐圧の素子が要求される応用の一例として、紀伊水道の海底ケーブルを用いた高電圧直流送電(HVDC)や、東日本(50ヘルツ)/西日本(60ヘルツ)の周波数変換が挙げられます。このような電力変換システムでは、10万~30万ボルトの電圧が扱われます。また、住宅近隣の電柱を介する架線(配電系統)でも6600ボルトの電気が使われており、これを100~200ボルトに変換する場合には、2万ボルトの電圧に耐える半導体素子が必要です。従来は、このような超高耐圧の素子は存在しなかったために(6千~8千ボルトが限界)、耐圧数千ボルト級の素子を多段階に接続することで、電力変換を行ってきました。しかしながら、この方法では、設備が非常に大きくなる、電力変換時の損失が大きい、変換器の信頼性が低下するなどの問題が深刻化していました。

 上記の問題を解決するために、近年、SiCを用いた超高耐圧素子の研究開発が活発化してきましたが、その耐圧は1万ボルト程度に留まっていました(米国クリー社、本学など)。今年6月の報告で、本学のグループは整流素子であるダイオードについては2万ボルトの壁を突破しましたが、電力変換回路を構成するために必要なスイッチング素子についてはまだ実現できていませんでした。長年基礎研究を進めてきたバイポーラ・トランジスタの技術・知見とSiC高耐圧化技術を組み合わせることにより、単独素子で2万ボルトのスイッチングが可能な素子を実現できたことは、当該分野に大きなインパクトを与えると考えられます。本研究が進展し、超高耐圧SiC素子の実用化が開始されれば、高電圧電力変換設備の大幅な小型化と低損失化、低コスト化が実現できます。低損失化については、日本だけで原子力発電所1~2基分の電力を節約できると期待されています。小型、低損失の超高耐圧電力変換器が実現できれば、将来のスマートグリッドの構築に大きく貢献します。

本研究はSiCバイポーラ・トランジスタの基盤技術に関しては、日本学術振興会グローバルCOEプログラム「光・電子理工学の教育研究拠点形成」、高耐圧化技術に関しては日本学術振興会最先端研究開発支援(FIRST)プログラムおよび科学研究費補助金の助成を受けて行われたものです。

技術資料


図1:トランジスタの断面構造模式図


図2:トランジスタの特性

ベース(Base)端子の電流(IB)によりコレクタ(Collector)端子の電流をオン/オフ制御することが可能(図左部分)。トランジスタがオフ状態を2万ボルト以上まで維持し、素子は破壊しない。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1109/LED.2012.2215004

Miyake, H.; Okuda, T.; Niwa, H.; Kimoto, T.; Suda, J. 21-kV SiC BJTs With Space-Modulated Junction Termination Extension. Electron Device Letters, IEEE, vol.33, no.11, pp.1598-1600 (2012) doi: 10.1109/LED.2012.2215004

参考リンク