我が国における道路交通騒音による健康損失 -障害調整生存年(DALY)の算定-

我が国における道路交通騒音による健康損失 -障害調整生存年(DALY)の算定-

2012年7月19日


松井准教授

 松井利仁 工学研究科准教授は、WHO欧州地域事務局が2011年に発表した「環境騒音による疾病負荷」に記載された計算方法に基づき、我が国における道路交通騒音によるDALY(障害調整生存年:Disability Adjusted Life Year)を算定しました。また、健康影響の視点から、我が国の「騒音に係わる環境基準」の妥当性を検証しました。

はじめに

 WHO欧州地域事務局は、近年の騒音の健康影響に関する調査研究成果に基づき、2011年に「環境騒音による疾病負荷」(1)という文書を公表した。この文書では、西欧における環境騒音による健康リスクが、DALY(障害調整生存年:Disability Adjusted Life Year)という指標で評価されており、「心臓血管系疾患」、「子どもの認知障害」、「高度の睡眠妨害」、「耳鳴」、「高度の不快感」の5項目について、騒音による健康損失が算定されている。西欧で、騒音によって毎年100~160万年の健康損失が生じていると算定されており、各種環境要因の中では、大気汚染の粒子状物質に次いで高い健康損失が示されている。本研究では、「環境騒音による疾病負荷」(1)に記載された計算方法に基づき、我が国における道路交通騒音によるDALYを算定しました。また、健康影響の視点から、我が国の「騒音に係わる環境基準」の妥当性を検証した。

DALY(障害調整生存年)の定義

 WHOは、国や地域における保健政策の優先順位を判断するため指標としてDALYの利用を推奨している(2)(3)

 DALYは、死亡以外の健康影響を考慮した指標であり、疾病等による早世によって失われた生存年数と、疾病等による障害によって健康でない生活を強いられた年数を統合した指標である。国や地域などを対象に、1年間の死亡数や障害発生数に基づき、1年あたりの健康損失年数として算定される。早世によって失われた生存年数は、年間死亡数に平均余命を乗じた合計年数として算出される。また、障害による健康損失は、障害を有して生活する年数と障害の重度を考慮して求められ、年間障害発生数、障害を有した生活年数、障害の重度、の積として算出される。

道路交通騒音によるDALYの算定

 我が国全体での道路交通騒音の曝露人口として、表1に示した騒音曝露量別戸数の資料(4)を利用した。なお、この資料は、平成6年度道路交通センサスデータに基づいているため、対象道路が限定されており、55dB以下の曝露戸数の情報も含まれていない。睡眠妨害などはより低レベルから健康影響が生じるため、算定される健康損失(DALY)の値は控えめな値となる。


表1: 道路交通騒音の曝露戸数(4)(千戸)

 平成20年患者調査、人口動態調査、および国勢調査の結果等に基づき、WHO欧州事務局が示した方法に則って、「耳鳴」を除く健康項目に関し、我が国における道路交通騒音による健康損失(DALY)を算定した。結果を表2に示す。我が国では、道路交通騒音によって、毎年112,505年の健康損失が生じていることになる。


表2: 道路交通騒音によるDALYの算定値

 この値を我が国の各種疾病のDALY(2)と比較した例を表3に示す。道路交通騒音による損失は、がん(悪性新生物)と比較すると約1/20に過ぎないが、道路交通事故の約1/2となっている。また、表4では、我が国の他の環境要因によるDALY(海外での健康損失を含む)(5)と比較している。道路交通騒音による健康損失は地球温暖化と同水準の値であり、重金属等の有害化学物質によるDALYよりも高値である。より低レベルの騒音曝露人口や、航空機騒音・鉄道騒音の曝露人口が明らかになれば、大気汚染に匹敵する大きな健康損失が算定されると考えられる。


表3: 他の疾病のDALY(2)との比較

表4: 各種環境要因のDALY(5)との比較

「騒音に係わる環境基準」とDALY

 我が国の騒音の環境基準は、騒音種別や土地の利用目的によって基準値が異なる。「騒音に係わる環境基準」に関して、各環境基準値と等しい騒音曝露がある地域での100万人あたりのDALYを算定した。結果を表5に示す。

 表3に示した100万人あたりのDALYと比較すると、幹線道路近接空間のDALYは「がん(悪性新生物)」に匹敵する値となっており、道路に面する地域(A類型)においても「脳血管疾患」に相当するような値である。環境基準値と等しい道路交通騒音曝露によって、「がん(悪性新生物)」や「脳血管疾患」の罹患率が全国平均の2倍になった場合と等価な健康損失が生じることを示している。「心臓血管系疾患」のみに注目しても、幹線道路近接空間の基準値は、100万人あたり約1,000人の有病者が存在し、毎年約100人の死亡者が発生するような曝露量になっている。生涯死亡リスクに換算すると10-2に近い値となり、100人に1人程度の住民が道路交通騒音に起因する心疾患で死亡していることになる。環境省は、10-5の生涯リスクを当面の基準としているが、幹線道路近接空間の騒音については、この1,000倍近いリスクに基準値が定められていることを示している。


表5: 「騒音に係わる環境基準」の各環境基準値での100万人あたりのDALYの算定結果

参考文献

(1)WHO EU:Burden of disease from environmental noise -Quantification of healthlife years lost in Europe-,(2011).
(上記文献の概要部分和訳:http://otokankyo.org/
(2) WHO:The global burden of disease 2004 update,(2008).
(3) WHO:Global Health Risks -Mortality and burden of disease attributable to selected major risks,(2009).
(4) 中央環境審議会:騒音の評価手法等の在り方について(答申),(1998).
(5) 伊坪徳宏、稲葉敦:ライフサイクル環境影響評価手法LIME-LCA、環境会計、環境効率のための評価手法・データベース,産業環境管理協会(2005).

 

  • 京都新聞(7月20日 29面)に掲載されました。