圧電体内での分極回転の観察に成功 -巨大圧電メカニズムの解明、非鉛材料の開発に道-

圧電体内での分極回転の観察に成功 -巨大圧電メカニズムの解明、非鉛材料の開発に道-

2012年7月3日

 本学は、東京工業大学、大阪府立大学と共同で、圧電体の中で、電気分極の方向が回転する様子を観察することに成功しました。分極の回転は、実用材料であるジルコン酸チタン酸鉛(PZT)の巨大圧電特性の起源と言われながら、これまで実際に観察されたことはありませんでした。

 本研究グループは、PZTを模して新しく開発したコバルト酸鉄酸ビスマス圧電体の結晶構造を詳しく調べ、分極方向が温度と組成に応じて回転することを見いだしました。圧電材料はセンサーやアクチュエーターとして、様々な電子デバイスで使われています。今回の観察結果は、環境に有害な鉛を廃した新圧電材料の開発につながると期待されます。

 この成果は、岡研吾 東京工業大学特任助教、東正樹 同教授、小山司 大阪府立大学大学院生、尾崎友厚 同大学院生、森茂生 同教授、島川祐一 化学研究所教授らの研究グループによるもので、ドイツの科学誌「Angewandte Chemie International Edition(応用化学誌 国際版)」のオンライン版で近日中に公開されます。

背景

 電気と運動を変換する圧電体は、センサーやアクチュエーターとして、超音波診断機やインクジェットプリンター、カメラなど様々な電子機器に使われている。現在の主流はPZTと呼ばれる、チタン酸鉛とジルコン酸鉛の固溶体材料だが、毒性元素である鉛を重量で68%も含むため、代替物質の開発が望まれている。

 そのためには、PZTの圧電メカニズムを理解することが大切である。PZTの優れた圧電特性は、正方晶ペロブスカイトのチタン酸鉛と菱面体晶ペロブスカイトのジルコン酸鉛との相境界に、単斜晶相と呼ばれる対称性の低い結晶相が存在し、そこでは電気分極の方向が結晶構造内で変化(回転)できることによると考えられている。しかし、そうした分極回転を実際に観察した研究はなかった。

研究の経緯と研究成果

 本研究グループは、結晶構造の類似性から、正方晶ペロブスカイトのコバルト酸ビスマスと菱面体晶ペロブスカイトの鉄酸ビスマスとの固溶体、BiCo1-xFexO3がPZTの代替物質になり得るのではないかと考えて研究を行った。

 電子線回折と、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B2での放射光X線回折実験を組み合わせた精密構造解析の結果、BiCo0.3Fe0.7O3がPZTで見つかっているのと同様の単斜晶相を持つことを確認した。さらに、コバルトと鉄の割合を変化させても単斜晶相は存在しており、電気分極の方向が結晶構造内の001方向から111方向へと連続的に回転していく様子を観測することに成功した。また、単斜晶相を昇温すると正方晶への連続的な変化が起こり、そこでも分極の回転が起こることわかった。


図1:正方晶(左)、菱面体晶(中)圧電体と、BiCo0.3Fe0.7O3の単斜晶結晶構造(右)。正方晶相と菱面体晶相では矢印の電気分極の方向が固定されているのに対し、単斜晶相では、分極の方向がピンクの面内で回転できる。


図2:BiCo0.3Fe0.7O3の放射光X線回折パターンの温度変化 a)と、その解析によって求められた電気分極の方向 b)。温度に応じて回転していることがわかる。

今後の展開

 今回の成果は

  1. PZTの優れた圧電特性の起源であるとされていた、単斜晶相における電気分極の回転が実際に起こりうることを示した
  2. 鉛を廃した材料で、PZTと同様の単斜晶相が存在することを示した

の二つの意味を持つ。これにより、ペロブスカイト圧電体の圧電特性向上のためガイドラインが示され、新しい非鉛圧電体の開発につながると期待される。

本研究の一部は、内閣府・最先端・次世代研究開発支援プログラム「ビスマスの特性を活かした環境調和機能性酸化物の開発」(代表・東正樹 東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・特定領域研究「フラストレーションが創る新しい物性」(代表・川村光 大阪大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・学術創成研究「物質新機能開発戦略としての精密固体化学」(代表・島川祐一 化学研究所教授)、特異構造金属・ 無機融合高機能材料開発共同研究プロジェクト(代表・若井史博東京工業大学教授)の援助を受けて行いました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1002/anie.201202644

Polarization Rotation in the Monoclinic Perovskite BiCo1-xFexO3
Kengo Oka, Tsukasa Koyama, Tomoatsu Ozaaki, Shigeo Mori, Yuichi Shimakawa, Masaki Azuma
Angewandte Chemie International Edition, 51 (2012)
DOI: 10.1002/anie.201202644

 

  • 科学新聞(7月27日 2面)に掲載されました。