従来の理論限界を大きく超える量子情報誤り訂正新技術 ~偏極解消トーラス符号~

従来の理論限界を大きく超える量子情報誤り訂正新技術 ~偏極解消トーラス符号~

2012年6月15日


大関助教

 大関真之 情報学研究科助教らは、カナダ、スイス、アメリカ、スペインとの国際的共同研究チームで、量子コンピュータの実現に必要不可欠な誤り訂正技術について、これまで考えられていた性能限界を大きく超える符号形式を開発しました。

 本研究成果は米国科学誌「Physical Review X」に掲載され、同「Physics」誌内で取り上げられています。また、さらに現実的な応用に向けた成果が米国科学誌「Physical Review A: Rapid Communications」に速報として掲載されました。

背景

 複数の入力情報に並列的に同時処理を行うことによって、今までにない計算性能を持つことが期待されている量子コンピュータ。量子コンピュータでは、重ね合わせの原理と呼ばれる多数の状態を同時に含むことのできる量子状態「キュービット」を用いて行われる。そのため量子コンピュータで現れる誤りの種類は、従来のデジタル情報のような異なる状態を表す"0"と"1"の間の「反転誤り」だけでなく、多数の状態の混ざり方の比率を表す連続的な数値上の「位相誤り」の2種類がある。これが量子コンピュータにおける誤り訂正を困難にしている最大の要因であり、また重要な技術となる理由である。

 従来形式では、反転誤りと位相誤りの2種類を別個に取り扱い、訂正を行うトーラス符号と呼ばれる手法が考案されていた(図1)。

図1:トーラス符号。赤の格子点、青の格子点が各辺においてあるキュービットの状態を検査。検査結果は独立に扱われて反転、位相誤りの修正に使われる。

この場合1キュービットあたり、理論限界として知られていた11%程度の誤り率まで許容する。一方、光の偏光状態を変化させることにより、特徴的な2種類の誤りを混ぜ合わせる「偏極解消 (depolarization)」という技術がある。この偏極解消技術を組み合わせることにより、あえて2種類の誤りを混ぜ合わせて、2種類の誤りを同時に取り扱うという逆転の発想による誤り訂正技術を提案した(図2)。その理論的性能限界がこれまで考えられてきた理論限界11%を大きく越える1キュービットあたり18%程度であることを世界で初めて明らかにした。即ちこの偏極解消されたトーラス符号では、従来型に比べて誤り耐性が飛躍的に向上されることが明らかとなった。

 本学の大関 助教はこの偏極解消トーラス符号の理論及び解析部分を担当した。最新の解析結果によると、より現実的に想定される設計ミス等により生じるキュービット欠損に対しても、従来形式よりも誤り耐性がある事を明らかにした。

図2:偏極解消トーラス符号。赤、青の検査演算(オレンジ、水色矢印)を連動させて、反転、位相誤りの修正を協同的に行う(黄色星印)。修正の複雑さは変わらず、しかも誤り耐性が増すという驚くべき性能を有している。

研究成果の特徴

 この結果は、量子情報理論とは一見何の関連性もないように思われる統計力学の手法を用いて導き出された。統計力学は原子・分子が集まった物質の性質を調べる学問領域である。トーラス符号形式におけるキュービットの多数からなる配列の集合体を1個の物質と捉えて、統計力学の理論により解析が行われた。具体的には強磁性体(いわゆる磁石)とのアナロジーを利用している。強磁性体内ではスピンと呼ばれる微小な磁石が互いに揃うことによって強い磁性を発揮する。このスピン間に欠陥が生じることにより磁性が弱まる。この欠陥がキュービットに生じる誤りであると対応付けることによって、磁性に対応する"誤り耐性"の解析が可能となった。純粋学問的な理学分野が工学的な応用側面の強い量子情報分野に大きく貢献した事例と言える。

今後の展望

 誤り耐性が2割程度と従来式から大幅に性能を向上させたことにより、量子コンピュータのデバイス設計基準に余裕ができた。また、より現実的な設計ミスによるキュービット欠損に対して従来形式より耐性がある事も示された。量子コンピュータの実現に向けて大きく前進したといえる。今後の実装実験と共に、より現実的な状況に対する誤り訂正技術との連携により更に有効な誤り訂正技術を開発する展望が開けた。

書誌情報

※米国科学誌「Physical Review A: Rapid Communications」での掲載に関するもの

[DOI] http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevA.85.060301
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/156513

Ohzeki Masayuki.
Error threshold estimates for surface code with loss of qubits. Physical Review A, 85(6), 2012/06/11
doi: 10.1103/PhysRevA.85.060301

 

※米国科学誌「Physical Review X」での掲載に関するもの

[DOI] http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevX.2.021004
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/156512

H. Bombin, Ruben S. Andrist, Masayuki Ohzeki,Helmut G. Katzgraber and M.
A. Martin-Delgado.
Strong Resilience of Topological Codes to Depolarization. Physical Review X, 2(2), 2012/04/30
doi: 10.1103/PhysRevX.2.021004