幹細胞の分化タイミングを制御する新しい分子機構-シグナルとエピゲノムの新しい連関-

幹細胞の分化タイミングを制御する新しい分子機構-シグナルとエピゲノムの新しい連関-

2012年6月14日


山下准教授

※ 本研究成果に係る論文は撤回されました。(2018年12月28日)

 山下潤 再生医科学研究所准教授の研究グループは、幹細胞の分化タイミングを制御する新しい分子機構を明らかにし、シグナルとエピゲノム制御の新しい連関と、それによる細胞分化速度制御という新しい概念を示しました。本研究成果は、科学誌「Cell Stem Cell」電子版(2012年6月14日号)に掲載されました。

概要

 種々の幹細胞を用いた細胞分化研究が世界的な規模で盛んに行われているが、現在のところ細胞分化に要する時間は個々の細胞において内因性(intrinsic)に決定されており、分化のスピードを恣意的に制御することはできないものと考えられている。培養条件等により、細胞の分化「効率」が変化することは数々報告されているが、分化「速度」については、その"intrinsic"な決定を大きく変化しうるという報告はない。山下准教授らはこれまで、心血管系細胞の分化を系統的経時的に解析できる新しいES細胞分化システムを構築し、心血管細胞の分化再生研究を行ってきた。すなわち、マウスES細胞からFlk1陽性の中胚葉レベルの細胞を分化誘導し、そこから血管を分化させる新しい分化系を開発した (Nature, 2000)。またFlk1陽性細胞からの心筋分化(FASEB J, 2005)、動静脈リンパ管内皮分化 (2xArterioscler Thromb Vasc Biol, 2006)、新しい内皮細胞および動静脈分化制御機構(Blood, 2009; J Cell Biol, 2010)など種々の心血管分化機構を明らかにしている。さらにマウスiPS細胞の心血管分化誘導にも世界に先駆けて成功しており(Circulation, 2008;2008年Circulation誌基礎科学部門第1位Best Paper Award受賞)、ES/iPS細胞の分化研究において世界的にも先端的である。

 山下准教授らは、マウスES細胞の分化途上において、Protein kinase A (PKA)を活性化することにより、「中胚葉および血管内皮細胞の分化を従来の約2倍早く誘導する」ことを見出した。これらの結果は、制御不能と思われた分化速度が、恣意的に制御が可能であるとともに、新しい分子機構により制御されていることを示唆する。研究代表者はPKA活性時に特定のヒストン修飾が変化していることを突き止めた。さらに、このヒストン修飾を誘導する分子G9aの機能阻害によりcAMPの作用が消失する予備的結果を得ており、「外的シグナル→エピジェネティック制御→遺伝子発現→分化速度制御」に至る一連の新しい分子連関を明らかにできると考えられた。

目的

 本研究は、山下准教授らが見出した新しい分化速度制御機構を明らかにし、細胞分化時間を恣意的に制御可能とすることを目的とし、

  1. 分化速度制御機構におけるPKAおよびG9aの意義の検討
  2. cAMPによるG9a制御機構の解明
  3. G9aによるヒストン修飾の標的遺伝子の同定
  4. これら標的遺伝子による分化速度制御機構の解明

を行い、分化速度制御の分子的実体をエピジェネティクスを含む新しい分子連関として明らかにする。

方法

1. 分化速度制御機構におけるPKAおよびG9aの意義の検討

 テトラサイクリン誘導性恒常活性型PKA発現ES細胞を用いて、PKAを活性化することにより、

  1. i. 中胚葉細胞および内皮細胞の出現が従来の約2倍早くなること
  2. ii. H3K9me2のヒストン修飾が特異的に亢進すること

を見出している。タモキシフェン誘導性にCre-loxPシステムを用いてG9aをノックアウトできるES細胞システムを構築している。G9aのloss-of-function実験を含め、分化速度制御におけるPKAおよびG9aの機能的意義を確認する。

2. PKAによるG9a発現制御機構の解明

 PKAによるG9a発現増加の分子機構を解析し、外的シグナル→エピジェネティック制御の連関を明らかにする。

3. G9aによるヒストン修飾の標的遺伝子の同定

 未分化ES細胞マーカーOct4のH3K9me2およびDNAメチル化に関与していることが報告されている。Oct4を含め種々の遺伝子のヒストンメチル化およびDNAメチル化につき検討する。

4. これら標的遺伝子による分化速度制御機構の解明

 G9aの標的分子群のそれぞれの分子機能をもとに分化速度制御の分子機構を明らかにしていく。外的シグナル(cAMP)→エピジェネティック制御→遺伝子発現→細胞のふるまい(分化速度)に至る新しい分子連関過程を明らかにする。

成果

  1. G9aのノックアウトにより、PKAによる分化速度亢進が認められなくなることより、PKAによる分化速度亢進にG9aが必須であることが明らかとなった。
  2. ユビキチンーリガーゼAPC/C-cdh1がG9aを標的としてG9aタンパクを分解することが最近報告された(Takahashi, Mol Cell, 2012)。APC/C-cdh1がES細胞分化においてもG9a分解に働いており、同酵素作用がPKAにより阻害されることを見出した。すなわち、PKA活性化はAPC/C-cdh1の不活化を介してG9aタンパクの分解を抑制する。
  3. G9aはOct4およびNanogのプロモーター領域にH3K9me2およびDNAメチル化修飾を加えることにより、これら未分化遺伝子の発現を早期に抑制し、それにより分化が早まると考えられた。
  4. G9aノックアウトマウスでは、Oct4の発現が遅延し、早期分化が遅れていることが明らかとなった。

 これらの結果より、PKAはG9aの発現亢進効果を介して、未分化遺伝子の抑制的エピゲノム修飾を介して、ES細胞早期分化調節に働いていることを明らかにした。シグナルとエピゲノム制御の新しい連関と、それによる細胞分化速度制御という新しい概念を示した。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1016/j.stem.2012.02.022

Yamamizu Kohei, Fujihara Mayako, Tachibana Makoto, Katayama Shiori, Takahashi Akiko, Hara Eiji, Imai Hiroshi, Shinkai Yoichi, Yamashita Jun K.
Protein Kinase A Determines Timing of Early Differentiation through Epigenetic Regulation with G9a. Cell Stem Cell, 10(6), 759-770, 2012/6/14
doi: 10.1016/j.stem.2012.02.022

 

  • 京都新聞(6月14日 3面)に掲載されました。