バリアフリー天文科学絵本の開発・刊行

バリアフリー天文科学絵本の開発・刊行

2012年4月25日

 嶺重慎 理学研究科教授らは、視覚障害のあるこどもを対象に、天文を素材にしたバリアフリー科学絵本の開発・刊行を行いました。これは、独自に書き下ろした科学絵本を、活字版、点字版、音声版の3形式で提供するもので、全過程に天文の教育・研究者が関与し、障害者教育の専門家やプロのアナウンサーと連携することにより、読んでも聞いても触っても共にわかりやすい、新しいスタイルの科学絵本にすることができました。本書は視覚障害者のみならず、読むことに特別の困難を覚える人の学習や、学校における障害者理解の学びの場においても有用です。

背景および目的

 近年、インターネットの普及により、誰でも美しい天体画像を容易に手にいれることができるようになった。しかしながら、視覚障害のある人は、得られる情報が限定されてしまう。このことは、みなに分け隔てなく天文はじめ理系学問の教育・普及・広報を推進する上で、とても大きなハードルとなっている。

 プロジェクトメンバーは、2007年から「だれもが楽しめる」をキーワードにバリアフリー天文学習教材の開発に取り組んでおり、大学生向けの教科書(1)と中高生向けの教材(2)の刊行を行っている。なぜ天文学かというと、われわれ生命は等しく137億光年に及ぶ宇宙の歴史の産物であり、一人ひとりが貴重な存在であることの意味を教えてくれるからである。今回、三菱財団社会福祉助成金により、新たに小学生向け科学絵本の開発に取り組んだ。

バリアフリー教材の製作


図1: 絵本のキャラクター、ホシオくん。絵本は、ホシオくんが街に新しくできた天文台を訪ね、ウチュウ博士の手ほどきで、いろいろな天体を望遠鏡で観察し、わくわく驚きながら、宇宙について学んでいく内容となっている。

 この絵本は、同一の内容を、1.活字版(活字を用いた紙印刷の本)、2.点字版(点字と点図で構成する本)、3.音声版(音声を録音したCD)の3つの異なる形式で提供するものである。原本は、福音館書店の科学雑誌「大きなポケット」2011年2月号に掲載の高橋淳・坂井治・嶺重慎著の原稿(図1)。活字版では、図や字の配置や字のフォントや大きさなど、より読みやすい形に再構成した。点字版は、長岡英司 筑波技術大学教授の監修の下、辰巳公子氏や情報・理数点訳ネットワークの方々の協力で作製し(図2)、点図になれた5名の視覚障害者によるモニター調査を行った。音声版の制作は、フリーアナウンサーとしてNHKの福祉番組に長く携わっている高山久美子氏と、視覚障害者への音訳や地域の小学生たちへの読み聞かせでも経験豊かな松本福太朗氏にお願いした。

 

 

 

図2:木星の写真(ハッブル宇宙望遠鏡、左)と、できあがった点図(右)

 プロジェクトメンバーはプロジェクトを進めるにあたり、「中身はすべて同一内容」ということにこだわった(音声版に図の情報は入らないができる限りことばで補足した)。また、著者自身も3つの版の制作に主体的に携わることにより,目で読んでも(活字版)、耳で聞いても(音声版)、手で触っても(点字版)、共にわかりやすい教材が完成した。このような科学絵本は世界に例をみない、斬新なものである。

課題と今後の展望

1.広く活用してもらうこと

 教材を盲学校等に配布しても、それを現場で実際に使ってもらうには相当敷居が高い。盲学校に理科の先生は少なく、また特に盲学校と限らずとも一般的に「地学」について十分に学んできた先生は少ない傾向がある。そこで、著者自らが出前授業やセミナーに出かけていく予定である(ジュニア版を使った出前授業・セミナーは数多く開催した)。

 なお、本書の対象は視覚障害者(児)だけではない。音声版は、読むことに特別の困難を覚える人々(ディスレクシア)にも有効である。また、一般の小学校では、総合的な学習において障害者理解の学習が行われることが多く、その教材としても有用である。

2.他分野、そして海外発信へ

 今回のプロジェクトは天文に素材を限ったものであったが、地球や生命の歴史など、他分野の教材開発も進めてほしいというリクエストを、盲学校生徒・先生方から多数いただいた。特に、最近話題の地震や地球温暖化といったテーマのリクエストが多い。現在、プラニングを進めている。また、今後、海外発信も考えていきたい。

参考文献

(1) 嶺重慎・高橋淳著「宇宙と私たち-天文学入門」(筑波技術大学、2009年)

(2) 嶺重慎・高橋淳著「宇宙と私たち-天文学入門ジュニア編」(読書工房(活字版)、桜雲会(点字版、音声版、電子ブック版) 2011年)

(3) 高橋淳・坂井治・嶺重慎著「ホシオくん 天文台へゆく」(読書工房(活字版)、桜雲会(点字版、音声版) 2012年)

プロジェクトメンバー一覧

著者 高橋淳(茨城県立水海道第一高等学校)、坂井治(ロボット)、嶺重慎(京都大学大学院理学研究科)
坂井治
活字版製作 高橋貴子(フリー)
点字版製作 長岡英司(筑波技術大学)、辰巳公子
点図製作 辰巳公子(筑波技術大学情報・理数点訳ネットワーク)
点図モニター 長岡英司、藤原晴美、広瀬浩二郎(国立民族学博物館)、八木陽平(宇宙航空研究開発機構)、南谷和範(大学入試センター)
音声版製作 高山久美子、松本福太朗
アドバイザー 長岡英司、成松一郎(読書工房)

その他の点図(触る図)の例

 

  • 京都新聞(5月8日 9面)および中日新聞(6月21日夕刊 3面)に掲載されました。