室温付近の広い温度範囲で電圧による磁力のスイッチが可能に

室温付近の広い温度範囲で電圧による磁力のスイッチが可能に

2012年3月20日

 小野輝男 化学研究所教授、小林研介 同准教授、千葉大地 同助教、島村一利 同大学院生、河口真志 同大学院生、小野新平 電力中央研究所主任研究員、独立行政法人科学技術振興機構(JST)、日本電気株式会社(NEC)の共同研究チームは、金属磁石の磁力を室温付近の100度程度の広い温度範囲にわたって電気的にスイッチすることに成功しました。

 昨年、同チームの一部は、代表的な磁性金属であるコバルトの超薄膜に、固体絶縁膜を介して電圧を加えて、コバルト表面の電子濃度を変化させることで磁石の性質をもつ強磁性状態と磁石の性質をもたない常磁性状態を室温でオン・オフできることを明らかにしました。これにより、外部から磁界を加えたり、温度を変えたりすることなく、磁石の性質を電気的にしかもほとんど電流を流すことなく制御できるため、消費電力の極めて小さな磁気記録デバイスやコイルを用いない電圧駆動式の磁界発生器などへの応用が期待できます。

 今回、同チームは、制御温度を大幅に拡張できる手法を見つけました。具体的には、固体絶縁膜の代わりに、イオン液体を含んだポリマーフィルムをコバルト超薄膜に載せ±2Vの電圧を印加することで、室温近傍の100度程度の非常に広い温度範囲にわたってコバルトの磁力をスイッチすることに成功しました。

 本研究成果は、2012年3月19日(米国時間)米国科学雑誌「Applied Physics Letters」に掲載されました。

研究の背景と経緯

 磁石の性質は、一般的に温度よって変化することが知られています。また、外部から加えた磁界や電流により磁石の磁化の方向を変えたり、スイッチしたりすることができるため、ハードディスクや磁気メモリなどの記録メディアとして広く利用・開発されています。このような中、これらデバイス動作の更なる省エネ化・超高速化の観点から、磁界や電流を用いずに、電圧により磁化の方向をスイッチする手法が大きな注目を集めています。特に、絶縁膜を介して磁性体に電圧を加える手法は、半導体の電界効果型素子などに広く用いられているゲーティングと同様の手法であり、半導体デバイスと融合した使い方ができる次世代の記録手法として、世界中で研究が盛んに行われるようになってきています。実際、上記の手法を用いることで、強磁性半導体や、ごく最近では強磁性金属においても磁化の方向がゲーティングにより制御できることが報告されるようになってきています。

成果の内容

 昨年、同研究チームの千葉助教らは、代表的な強磁性遷移金属であるコバルトの超薄膜に固体絶縁膜を介して±10Vの電圧を加えて、コバルト表面の電子濃度を変化させることで強磁性状態と常磁性状態の相転移(強磁性相転移)を室温付近の最大12度の温度範囲でスイッチできることを明らかにしました。今回、同研究チームは、制御電圧を1/5に下げ、制御温度範囲を、室温を挟んで100度程度にまで広げることに成功しました。

 同チームは、固体絶縁膜の代わりにイオン液体を含んだポリマーフィルムを用いました。作製した素子の模式図を図1に示します。素子は厚さ0.4ナノメートルのコバルトの超薄膜、イオン液体を含んだポリマーフィルム(イオン液体フィルム)、ゲート電極により構成されています。コバルトとゲート電極の間に電圧を印加することで、コバルト超薄膜上にイオンが集まり、それによりコバルト表面に電荷が誘起されます。同図に描かれているようなイオンの層と電荷層のペアのことを電気二重層と呼び、このように電荷を蓄積する手法は市販のコンデンサなどにも利用されています。今回、同チームは、この手法を用いてコバルト表面の電荷密度を制御し、磁性をコントロールしました。

 図2は磁化の大きさの外部磁界依存性です。電圧を0Vから+2Vと変化させるにつれ、磁化の大きさが大きくなり、磁石に特有な履歴特性(ヒステリシス)が顕著に増大しています。これは0 Vでは磁力を帯びていなかったコバルトが、+2Vで磁力を帯びた、つまり磁石の状態になったことを意味します。図3は僅かに特性が異なる同様の素子で行った磁化の大きさの温度依存性です。磁化がゼロになる温度が強磁性相転移温度です。±2Vの電圧で、100度程度、相転移温度が変化していることが分かります。つまり、この温度範囲では、コバルトの磁力を電圧でスイッチできることを意味します。このように、小さな電圧で巨大な変化を実現できたことは、電気二重層の大きなキャパシタンス(電荷を蓄積する能力)によるものであると考えられます。

今後の展開

 外部から磁界や電流を加えたり温度を変えたりすることなく、磁石の性質を室温で電気的に制御する手法は、将来的には、消費電力の極めて小さな磁気記録メディアへの応用や、コイルを用いない電圧駆動式の磁界発生器などへの応用が期待されます。また、電荷密度(=原子1個当たりの電子の数)を電圧で制御して、磁力をスイッチできるということは、材料科学の観点から、遷移金属の磁石が磁石であるための条件を考える上で大変有益な情報をもたらすと考えられます。

参考図


  1. 図1 素子構造
    コバルト超薄膜、イオン液体を含んだポリマーフィルム(イオン液体フィルム)、ゲート電極によって構成されている。上下に電圧を印加すると、コバルト上にイオンが集まり、コバルト表面に電荷が誘起され、磁性を制御することができる。


    図2 300 Kで測定した磁化の大きさの外部磁界依存性
    2Vの電圧印加で、磁石特有のヒステリシスが大きくなっていることが分かる。


    図3 磁化の大きさの温度依存性
    磁化の大きさがゼロになる温度が強磁性転移温度。±2Vのゲート電圧で100 K程度転移温度が変化していることが分かる。

用語解説

強磁性状態

 一般的には物質が磁石の状態にあることを指します。原子スケールで見ると、隣り合う各原子のスピンが同一の方向を向いて自発的に整列し(自発磁化)、全体として大きな磁気モーメントを持つ状態を指します。このとき、物質は外部磁界が無くても自発磁化を持つことができます。

常磁性状態

 物質が磁石の状態を示さない状態にあることを指しますが、中でも、外部磁界が無いときには全体として磁化を持たず、磁界を印加するとその方向に弱く磁化する性質を示すときのことを指します。このとき、熱ゆらぎによるスピンの乱れが強く、自発的な磁化方向の整列が無い状態です。

ゲーティング

 半導体用語としては、一般的に電圧を印加して電子や正孔(キャリア)の流れを電気的に制御する事柄に対して用います。代表的な半導体デバイスの一つである電界効果型素子では、ゲート電極に電圧を印加することで、チャネルの半導体のキャリアを空乏させたり蓄積させたりすることで、伝導率を大きく制御し、スイッチング機能を実現させています。

強磁性相転移

 一般的には、温度を変化させて、強磁性相と常磁性相の転移を引き起こすことを指します。今回の成果では、温度を固定したままで、電圧を印加することで強磁性相転移を引き起こすことに成功していることがポイントです。

論文名・著者名

"Electrical control of Curie temperature in cobalt using an ionic liquid film"
(イン液体フィルムを用いたコバルトにおけるキュリー温度の電気的制御)
K. Shimamura, D. Chiba, S. Ono, S. Fukami, N. Ishiwata, M. Kawaguchi, K. Kobayashi, and T. Ono

 本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「ナノシステムと機能創発」研究領域(研究総括:長田義仁 独立行政法人理化学研究所 グループディレクター)における研究課題「電界による磁化スイッチングの実現とナノスケールの磁気メモリの書込み手法への応用」(研究者:千葉助教)、科学研究費補助金若手研究(A)の一環として行われました。