溶融高分子の新しい構造変化を発見-加圧によるナノスケールの構造変化-

溶融高分子の新しい構造変化を発見-加圧によるナノスケールの構造変化-

2012年2月28日

慶應義塾大学
東京大学
京都大学
高輝度光科学研究センター

 竹中幹人 工学研究科准教授、千葉文野 慶應義塾大学理工学部助教、船守展正 東京大学大学院理学系研究科准教授、大石泰生 高輝度光科学研究センター主幹研究員らは、共同研究により、溶融高分子の新しい構造変化を発見しました。ペットボトルからボーイング787の機体に至るまで、高分子材料は日常生活に欠かせない材料の一つです。温度を上げて融かした高分子の溶融体は、これまでは「1種類の液体」と考えられてきました。本共同研究では、isotactic poly(4-methyl-1-pentene)という高分子について、その融けた状態に圧力を加えると、1ナノメートル程度の大きさの構造(原子の配置)に劇的な変化が起こることが見出されました。この発見は、高分子の溶融体の構造に、圧力によって、疎な構造と密な構造の2種類のとり方がある、すなわち、構造の異なる「2種類の液体」が存在することを意味します。この構造変化を利用すれば、同一の高分子の粘性や屈折率などの性質を大きく変化させることができる可能性があり、高分子や液体・ガラスの基礎研究として興味深いと同時に、高圧力を用いた材料開発への新しい発展も期待されます。

 本研究成果は、2012年2月27日(米国時間)に、米国の科学誌「Physical Review E」のオンライン速報版で公開されました。

 なお、共同研究は、辻和彦 慶應義塾大学(理工学部)名誉教授、Stephen M. Bennington ラザフォード・アップルトン研究所教授、Sanjay Rastogi ラフバラー大学教授らと行われました。

【論文情報】

  • 論文タイトル:
    "Pressure-induced structural change of intermediate-range order in poly(4-methyl-1-pentene) melt"
  • 論文URL:
    http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevE.85.021807
    http://hdl.handle.net/2433/153288 (京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI))
  • 書誌情報
    Ayano Chiba, Nobumasa Funamori, Kazuya Nakayama, Yasuo Ohishi, Stephen M. Bennington, Sanjay Rastogi, Anuj Shukla, Kazuhiko Tsuji, and Mikihito Takenaka. Pressure-induced structural change of intermediate-range order
    in poly(4-methyl-1-pentene) melt. Phys. Rev. E 85. 021807 (2012)
    DOI:10.1103/PhysRevE.85.021807

研究成果の三つのポイント

  • 高分子の溶融体の構造(分子の空間充填の仕方)を、高圧力を用いてナノスケールで劇的に、かつ可逆に、変化させることができることを発見した。
  • このような構造変化が高分子で起こることを初めて発見した。
  • この現象は、低分子よりも高分子で起こす方が、温度や圧力の条件を容易に実現することが可能であり、今後、材料開発への応用も期待できる。

1.研究の背景


図1.高分子poly(4-methyl-1-pentene)
(P4MP1)

 物質に圧力を加え、ミクロにその構造を見ると、原子の並び方が大きく変化することがあります。身近なものでは、鉛筆の芯として利用される黒鉛と宝石のダイヤモンドが挙げられます。どちらも同じ炭素からできていますが、原子の並び方の異なる結晶です。黒鉛は、地球内部の高温高圧条件でダイヤモンドに相転移(構造変化)します。このような、ある結晶から別の結晶への相転移は、古くから知られていました。1985年に、原子が規則的に並んだ結晶ではなく、不規則に並んだアモルファスにおいても相転移が存在することが、アモルファス氷について示されました。2000年には、さらに液体においても相転移が存在することが、液体リンについて示されました。現在までに、低分子のアモルファスや液体については、多数の研究が行われ、構造変化において圧力が主要な役割を果たすと考えられるようになっています。

 このような背景のもと、本研究では、比較的単純な高分子isotactic poly(4-methyl-1-pentene) (P4MP1)(図1)の溶融体について、圧力の制御によって、パッキング(空間充填)の仕方、つまり構造を劇的に変化させることに成功しました。

2.研究手法と結果

 大型放射光施設SPring-8のビームラインBL10XUにおいて、加熱して融かした高分子サンプルP4MP1に圧力を加え、X線回折測定を行いました。温度を280℃に保った状態で圧力を2700気圧まで上昇させていくと、回折パターンは図2のように変化しました。図2の第一ピーク(FSDP, First Sharp Diffraction Peak)は、高分子の鎖間の相関(図3)に起因することが知られており、ピーク位置は1ナノメートル程度の長さに対応します。図4に示すように、このピークは、圧力によって、劇的かつ可逆に変化することが分かりました。つまり、加圧に伴い、第一ピークの高さは低くなってピーク位置は高波数(図2では右)に移動し、減圧に伴い、もとの高さを回復してピーク位置も低波数に戻ります。このような回折パターンの変化は、この高分子溶融体の構造(分子の空間充填の仕方)に、疎な構造と密な構造の2種類のとり方があり、圧力を加えると疎から密へと構造変化を起こし、圧力を抜くと密から疎へと構造変化を起こして元に戻ることを示しています。図4のグラフの折れ曲がりの左側と右側が、それぞれ図3の疎な構造と密な構造をとる圧力条件に対応します。

3.今後の展開

 本研究では、P4MP1という高分子について、溶融状態における新しい構造変化を発見しました。興味深いことに、この高分子は氷と同じように、圧力を加えると融解する性質を持っています。シンジオタクチックと呼ばれる種類のポリスチレンでも同様に、温度を270℃程度に保ったまま圧力を加えると融解することが知られていますので、本研究で見出されたのと同様の構造変化が期待できるかもしれません。どのような高分子で同様の構造変化が起こるのか本質的な解明が待たれます。また、産業利用を考えた場合には、容易に実現が可能な圧力条件で構造変化が起こることが重要なため、本研究で扱った高分子よりも更に低圧で変化するような高分子を探すことも今後の課題です。

 本研究では溶融体を扱っているため、圧力を抜くと元の構造に戻りますが、急冷してガラス化することができれば、同一の高分子であるにもかかわらず大きく構造の異なる2種類のガラスを得ることができるかもしれません。疎な構造と密な構造(図3)の間の構造変化は、密度の変化を伴っているため、粘性や屈折率を圧力で制御するという新しい観点からの応用も期待されます。

   

  1. 図2.高分子P4MP1の溶融体のX線回折パターンの圧力変化
    結晶の構造解析と同様に、液体の構造解析にもX線回折を用います。結晶の場合はスパイク状のピークが観測されますが、液体やアモルファスなどの場合は、このように緩やかなカーブ状の回折パターンが観測されます。ピークの位置や高さを解析すると、液体中の原子の配列についての情報を得ることができます。

   

  1. 図3.高分子P4MP1の溶融体の構造の概念図
    黒い太線は主鎖を表し、赤い線は側鎖を表します。(主鎖と側鎖については、図1を参照してください。)左側の図は低圧域での疎な構造のとり方を、右側の図は高圧域での密な構造のとり方を模式的に表しています。

   

  1. 図4.高分子P4MP1の溶融体の回折パターンの第一ピークの位置と高さの圧力依存性
    塗りつぶしたマークは加圧過程、塗りつぶしていないマークは減圧過程におけるデータを示しています。左の図は図2の第一ピークの位置を、右の図は第一ピークの高さを第二ピークの高さで割ったものを、示してあります。どちらの図を見ても、圧力によって第一ピークが大きく変化すること、つまり、液体中のナノスケールの構造が大きく変化していることが分かります。また、加圧後に減圧するともとの回折パターンに復元することから、構造変化は可逆であることが分かります。グラフの折れ曲がりの左側では疎な構造、右側では密な構造をとると考えています。

用語解説

大型放射光施設SPring-8

理化学研究所が所有する兵庫県にある大型共同利用施設で、その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、その進行方向を電磁石によって曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。

 

  • 日刊工業新聞(3月6日 19面)に掲載されました。