磁石でありながら超伝導にもなる物質の超伝導発現の新しい仕組みを解明 -磁石が生み出す超伝導-

磁石でありながら超伝導にもなる物質の超伝導発現の新しい仕組みを解明 -磁石が生み出す超伝導-

2012年2月7日


左から藤本准教授、服部氏、石田教授

 服部泰佑 理学研究科物理学・宇宙物理学専攻大学院生、石田憲二 同教授、多田靖啓 元同大学院生(現 物性研究所助教)、藤本聡 同准教授らの研究グループは、佐藤憲昭 名古屋大学理学研究科教授、佐藤伊佐務 東北大学金属材料研究所准教授らのグループと共同で、磁石であると同時に超伝導にもなる珍しいウラン化合物が、磁石の性質を利用して超伝導になっていることを明らかにしました。これは今まで知られている超伝導の発現の仕組みとは全く異なる新しいものであり、磁場に対して頑丈なより実用的な超伝導物質を探索する上で重要な指針を与えるものです。さらにこの物質では、「小さな磁石」の集まりが「磁石」の向きを揃えながら超伝導状態になっており、磁石の性質を持つ超「磁石」伝導とも言える新しい量子状態であることが明らかになりました。

 本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に2012年2月6日掲載予定です。本論文はEditors' suggestion(注目論文)に選定されました。

【論文情報】
"Superconductivity induced by longitudinal ferromagnetic fluctuations in UCoGe"(強磁性縦ゆらぎによって引き起こされたUCoGeの超伝導)
T. Hattori(1),Y. Ihara(1),Y. Nakai(1),K. Ishida(1),Y. Tada(1), S. Fujimoto(1), N. Kawakami(1), E. Osaki(2), K. Deguchi(2), N. K. Sato(2), and I. Satoh(3)
(1)京都大学理学研究科 (2)名古屋大学理学研究科 (3)東北大学金属材料研究所

研究の背景と経緯

 よく知られているように磁石からは磁場が発生しますが、その仕組みは磁石の中の電子があたかも小さな磁石のように振る舞い、その小さな磁石がマクロな数集まって同じ方向に揃うことによるものです。また、超伝導も金属中の電子により引き起こされますが、超伝導体には外からの磁場をその物質の内部に入れない性質や、ある程度強い磁場をかけると超伝導状態は壊れ普通の金属状態に戻る性質があります。これらは磁石とは正反対の性質で、通常、超伝導体と磁石は水と油のように互いを避け合う傾向があります。ところが4年前、それ自体が磁石であるにもかかわらず同時に超伝導にもなるウラン化合物UCoGe(超伝導転移温度 Tc~0.5K、摂氏約マイナス272度)が発見され、その新奇な超伝導状態の性質と超伝導発現機構の解明が重要な課題でした。この物質の超伝導と磁石の性質がどのように関わっているのか、つまり磁石の性質は超伝導の邪魔をしているのか否か、磁石の中で起こる超伝導は従来の超伝導とどう違うのか等の興味深い謎に答えるため、オランダ、イギリス、フランス、アメリカ、そして日本の研究者達がしのぎを削って研究をしてきました。

 超伝導は2個の電子がペアを組むことによって量子的にコヒーレントな波となって実現します。電子は通常、クーロン斥力で互いに強く反発し合うので、電子のペアができるにはクーロン斥力を超えて2個の電子を結びつける「のり」が必要です。通常の超伝導体では結晶構造の微小な振動(格子ゆらぎ)がこの「のり」の役割をしますが、最近の酸化物高温超伝導体に関する研究等により、磁石になろうとする性質そのものが「のり」の役割をする場合もあることが理論研究から指摘されるようになってきました。今回のUCoGeにおいてもその磁石の性質が超伝導の「のり」の役割をしていることは予測されていましたが、決定的な実験証拠はありませんでした。

研究成果の概要と意義

 今回、当研究グループは角度分解核磁気共鳴という手法を用いて、この物質の磁石になろうとする性質(磁気ゆらぎ)と超伝導が壊れる臨界磁場の大きさとの間に強いプラスの相関があることを実験的に見いだしました。磁石としてのUCoGeは、ある方向(c軸方向)に磁化(磁場)が出やすく、磁気ゆらぎも同じ方向に大きい性質があります。今回の実験では外から印可した磁場の向きを変化させながら、磁気ゆらぎの大きさがどのように変化するのか調べました。すると、外部磁場をc軸に垂直にかけると大きいままの磁気ゆらぎが、磁場をc軸方向に傾けると著しく抑制されることが観測されました(図1参照)。これはc軸方向の弱い磁場によってこの物質の磁気ゆらぎがコントロールできることを意味しています。さらに超伝導の臨界磁場の測定を行い、まさにこの磁気ゆらぎが強い領域においてのみ臨界磁場の大きな超伝導が実現していることが分かりました(図1参照)。臨界磁場の大きな超伝導ということは、それだけ超伝導が頑丈であり、電子のペアを結びつける「のり」が非常に強いことを意味しています。理論研究グループはまた、磁気ゆらぎが超伝導の電子ペア形成の「のり」の役割をしているというモデルに基づいた計算シミュレーションも行い、得られた実験結果をよく再現することも確認しました。以上の結果は、この物質では、「磁石になろうとする性質」が電子のペアの「のり」として働き、超伝導を誘起している重要な証拠となるものです。つまり、この物質では「水」と「油」であるはずの磁石と超伝導がミクロなレベルで融和し、磁石の性質によって超伝導が実現していると考えられます。磁石と超伝導が共存する物質は、UCoGe以外にもこれまでいくつか発見されていましたが、その磁気ゆらぎと超伝導との積極的な関連について実験的証拠はありませんでした。その意味で本研究は、磁石がまさに磁石であるがゆえに超伝導にもなり得るという新しい超伝導発現機構を世界で初めて確認したものであると言えます。

 本研究成果は、他の磁石-超伝導共存物質の性質を理解する上でも役に立つばかりではなく、磁気ゆらぎを「のり」とする新たな超伝導物質の探索にも重要な指針を与えます。磁気ゆらぎによる機構は酸化物高温超伝導でも示唆されていましたが、決定的な解決には至っていませんでした。今回の研究成果は高温超伝導の機構の理解にも役立つと考えられます。さらに、上述の研究結果によると、この物質では磁石としての性質を担っている電子(小さな磁石)自体が、その小さな磁石の向きを揃えながらペアを作って超伝導になっていることを示しています。それゆえ、小さな磁石の集まりが抵抗なくサラサラと流れる超「磁石」伝導状態であるとも言えます(図2参照)。このような超伝導状態も今回初めて確認されたものであり、今までに実現されなかった新しい量子状態です。本研究によって超伝導体の新たな一面が解明され、新しい性質を持つ多様な超伝導が実現できる可能性が広がりました。


  1. 図1.磁気ゆらぎの強さのc軸方向の磁場による変化(丸印)。c軸方向の磁場が小さいところ(μ0H c~0)で磁気ゆらぎが鋭いピークを示して増大しているのがわかる。極低温(85mK)で測定された超伝導臨界磁場のc軸方向磁場依存性(星印)。超伝導は磁気ゆらぎの強いところでのみ現れていることがわかる。

  1. 図2.UCoGeの結晶構造と超「磁石」伝導状態の概念図。電子一つ一つが小さな磁石として振る舞い、磁石の向きを揃えた状態で超伝導になっている。

 本研究は、文部科学省新学術領域研究「重い電子系の形成と秩序化」、グローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」、科学研究費補助金の助成を受けました。また、本学低温物質科学研究センターの研究支援を受けました。

用語解説

コヒーレント

電子の運動が周期と位相のそろった波のような状態を取ること。この性質のため、超伝導状態では電気抵抗が発生しない。

クーロン斥力

電子の持つマイナスの電荷によって生じる、お互いの電子を避けあう効果。

酸化物高温超伝導体

1986年に発見された銅の酸化物における転移温度の高い超伝導体。現在の最高値はそれでも摂氏マイナス130度程度。

核磁気共鳴

原子核スピンの共鳴現象を用いて固体の電子状態を調べる実験手法。この実験手法の応用例として病院で使われるMRI診断がある。

関連リンク

論文は以下に掲載されております。

 

  • 京都新聞(2月7日 3面)および中日新聞(2月7日 29面)に掲載されました。