赤ちゃんの「人見知り」行動~単なる怖がりではなく「近づきたいけど怖い」心の葛藤

赤ちゃんの「人見知り」行動~単なる怖がりではなく「近づきたいけど怖い」心の葛藤

2013年6月5日

 明和政子 教育学研究科准教授、岡ノ谷一夫 東京大学総合文化研究科教授、松田佳尚 元同研究員(現同志社大学特任准教授)らは、赤ちゃんの「人見知り」行動が、相手に近づきたい(接近行動)と怖いから離れたい(回避行動)が混在した状態、すなわち「葛藤」状態であることを発見し、さらに相手の「目」に敏感に反応することを明らかにしました。

概要

 生後半年を過ぎた多くの赤ちゃんには「人見知り」が表れます。これまで、人見知りは、単に他人を怖がっているのだと考えられてきましたが、なかには快と不快の感情が混在している「はにかみ」を表す赤ちゃんもおり、「怖がり」だけでは説明がつきませんでした。また、赤ちゃんが相手の何を怖がっているのかについても調べられていませんでした。

 本研究グループは、赤ちゃん57名のアンケートによる気質調査を行い、赤ちゃんの「人見知り」度合いと、相手への「接近」と「怖がり」という二つの気質の関係を調べました。その結果、人見知り傾向の強い赤ちゃんは、「接近」と「怖がり」の両方の気質が強く、「近づきたいけど怖い」という「心の葛藤」を持ちやすいことが推察できました。また、視線反応計測を用いて、人見知り傾向が高い赤ちゃんを調べ、母親と他人の顔映像では顔のどこに注目するかを調べた結果、母親でも他人でも、最初に目が合った時に「目」を長く注視すること、さらに、自分と向き合った顔(正視顔)とよそ見をしている顔(逸視顔)の映像では、よそ見をしている顔を長く観察することが分かりました。

 今回の成果によって、これまで知られていた、学童期に見られる人見知りの原因とされる「接近と回避の葛藤」が、わずか1歳前の赤ちゃんでも見られることが初めて示され、さらに「目」に敏感でありつつも直接目を合わせるのは避けるような情動的感受性が、人見知り行動の背景にあることが示唆されました。

 今回の発見は、赤ちゃんの「目の動き」を手がかりとした「心の葛藤」をモニターできるツール開発や、気質検査による個別能力開発への応用が期待できます。また、人見知りのメカニズムを知ることで、逆に人見知りを「全くしない」とされる発達障害の理解にも役立ちます。

 本研究成果は、2013年6月5日(米国東部時間)発行のオンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載されました。

ポイント

  •  「接近」と「怖がり」の両方の気質の強い子が「人見知り」を示すことが明らかになった。
  • 人見知りが強いほど相手の顔の「目」を最初に長く見つめ、よそに向く顔を好む。
  • 人見知りのメカニズム解明は、人見知りをしないとされる発達障害の理解にも貢献

研究の背景と経緯

 生後半年を過ぎると多くの赤ちゃんで「人見知り」が表れますが、個人差は大きく、時期や程度もさまざまであることが知られています。多くの場合、発達の途中で消えてしまいますが、そのまま人見知りを引きずる子どももいることが報告されています。さらに兄弟姉妹であっても人見知りをするかどうかは個人差があり、メカニズムはいまだに不明です。

 一方で「人見知り」という言葉は日常的に使われており、人見知りの強い赤ちゃんのいる母親に対して「赤ちゃんが他人と母親を区別できるようになった証拠」という人がいますが、先行研究では、赤ちゃんは生まれてすぐに他人と母親を区別することが報告されています。つまり、赤ちゃんの人見知りは、他人と母親を区別できるようになったために表れたものではなく、生まれてすぐに他人と母親を区別しながら、生後半年を過ぎるとなぜか人見知り行動をとるのです。

 そこで、私たちはこの赤ちゃんの不思議な行動に着目し、人見知りのメカニズムを明らかにすることにしました。

 これまで人見知りは、単に人を怖がっているだけだと考えられてきました。なぜなら「怖い」という感情は、人見知りと時期を同じくして、生後半年以降に表れるためです。一方、喜びや笑いといった「快」の感情は生後2~3ヵ月の早い時期に芽生えます。

 赤ちゃんの人見知りをよく観察すると、快と不快が混ざった「はにかみ」を見せる時もあり、母親にしがみつきながらも相手を見ている時もあります(図1)。赤ちゃんは本当に怖がっているだけなのでしょうか。もし怖いだけならば見なければいいのに、なぜわざわざ相手を見るのでしょうか。そして、慣れるとなぜ近寄ってくるのでしょう。 このような素朴な疑問に答える研究はこれまで全く行われていませんでした。また、赤ちゃんが相手のどこに目を向けて人見知り行動をしているのかも正確に調べられてきませんでした。


図1:赤ちゃんの人見知り

これまで「人見知り」は単に相手を怖がっているだけと考えられてきた。では、なぜ相手を見続けるか、なぜ慣れると近寄って来るのか、実は相手に興味もあるのではないか(JA広報通信から許可を得て転載)。

研究の内容

 本研究グループは、生後7~12ヵ月の赤ちゃん57名を対象に、気質調査と視線反応計測を行いました。気質調査では母親にアンケートをとり、赤ちゃんの「人見知り」度を回答してもらいました。その上で、人見知りと月齢との関係を調べたところ、人見知りが表れる時期はさまざまで、個人差がとても大きいことが分かりました(相関係数:0.18)。早い時期から人見知りの表れる赤ちゃんもいれば、遅い時期に表れる赤ちゃんもおり、研究結果から、人見知りが表れる時期は一般的にいわれている「生後8ヵ月」ではありませんでした。

 さらに、母親に赤ちゃんの「怖がり」と相手への「接近」の気質についても回答してもらい、接近行動と回避行動を指標に人見知りとの関係を調べました。どれほど相手に近づきたいのか(接近行動)、相手から離れたいのか(回避行動)は、互いに相反する心理行動であり、最も「本質的な」行動としてあらゆる動物において見られます。この互いに相反する行動を支えるそれぞれの気質が「接近」と「怖がり」です。調べた結果、人見知りの強い赤ちゃんは、「接近」と「怖がり」の両方の気質が強いことが分かりました(図2)。

 心の中に相反する感情が存在し、そのいずれをとるか迷うことを「葛藤」といい、学童期の子どもを対象とした心理学研究ではすでに、「人見知りとは接近と回避の葛藤状態である」と報告されています。本研究によって、1歳前の赤ちゃんでもすでに「葛藤」を抱えた状態で人見知りすることが初めて示唆されました。


図2:気質調査の結果

「人見知り」と「怖がり」の関係(左図)。人見知りが強い赤ちゃんほど、相手を怖がる気質が強かった(線形相関)。「人見知り」と「接近」の関係(右図)。人見知りが非常に強い赤ちゃんと非常に弱い赤ちゃんの両方が、相手に接近する気質が強かった。人見知りが中程度の赤ちゃんは接近する気質が低かった(2次の相関)。二つの図を合わせると、人見知りの強い赤ちゃんは、「怖がり」と「接近」の両方の気質が強い傾向であることが分かる。R:相関係数。点はそれぞれの赤ちゃん個人を表している。

 次に、視線反応計測によって、人見知りの赤ちゃんがどのように母親を見ているのか、他人を見ているのか、相手の何に注目しているのかを調べました。赤ちゃんに3種類の顔を見せ、その時の注視時間を計測しました。3種類の顔は(1)母親、(2)他人、(3)「半分お母さん(母親と他人を半分ずつ融合させた作図)」です。本研究グループでは2012年に、赤ちゃんは母親を親近感から、他人の顔を目新しさからよく見る一方、不気味さのために「半分お母さん」の顔を見ないことを報告しています。図3が示すように、人見知りの強い赤ちゃんと弱い赤ちゃんでも、その違いはありませんでした。つまり、人見知りが強くても、他人の顔をよく見ており、「半分お母さん」を見ないことから、相手の顔を正しく認識していることも分かりました。


図3:赤ちゃんが示す顔の選好

人見知りが強い赤ちゃん(赤丸)も弱い赤ちゃん(青丸)も、母親(右)と他人(左)の顔を長く見る一方、「半分お母さん」(中央)の顔を長く見ようとはしなかった。平均注視時間±標準誤差(注視時間には個人差があるため1人1人の総注視時間を100として%計算。正規分布化のための逆正弦変換も行っている)。※詳細は本研究グループの研究成果(母親と他人の狭間-赤ちゃんが示す「不気味の谷」現象を発見-(2012年6月13日))を参照

 また、人見知りの強い赤ちゃんが弱い赤ちゃんと全く同じ目の動きをするのかを調べるために、顔を目、鼻、口の部分に分け、赤ちゃんの注視時間を別々に分析してみたところ(図4)、人見知りの弱い赤ちゃんよりも、強い赤ちゃんの方が相手の「目」の部分を長い時間見ることが分かりました。さらに興味深いことに、特に最初に相手と目が合った時に、凝視するような敏感な目の動きを示したのです。この「目の凝視」は、相手が母親でも他人でも同じでした。


図4:赤ちゃんが示す顔パーツの選好

目、鼻、口のパーツ別に注視時間を分析した(左図)。人見知りの強い赤ちゃんの方が、人見知りの弱い赤ちゃんよりも相手の目の部分を長く見た(右図の黒丸で囲まれた箇所)。この結果は、最初に相手と目が合った時に観察され、相手が母親、他人のいずれにおいても、 同じ目の動きをした。また、鼻は顔の中心であること、口は動画刺激で最もよく動く部位であることから、長く見ていたと考えられる。

解析方法
赤ちゃんは相手の顔のいろいろな部分を行きつ戻りつしながら観察する。

  1. 赤ちゃんが他人の顔を見た時間の中で、「最初に目を見た時の注視時間」、「最初に鼻を見た時の注視時間」、「最初に口を見た時の注視時間」を計測する。
  2. 注視時間には個人差があるため一人一人の総注視時間を100として%計算し、目・鼻・口の割合を出す。
  3. 人見知りの強い群と弱い群で、それぞれ、パーツごとの注視時間の割合の平均値を出す。
  4. 右図を見ると、鼻と口を見ている割合が多くて、目が少ないが、目を見る時間の割合が、人見知りの強い群のほうが長い。
  5. 相手が母親の場合にも同様に調べた結果、最初に目が合った時に目を凝視するという行動は同様に長かった。平均注視時間±標準誤差(正規分布化のための逆正弦変換も行っている)。

 そして最後に、人見知りの強い赤ちゃんはコミュニケーションにためらいを覚えるため、相手の目線や顔の向きに敏感ではないかと考え、相手の視線や顔の向きによって、目の動きがどう変わるのかを調べました。自分と向き合った顔(正視顔)とよそ見している顔(逸視顔)を同時に見せたところ、人見知りの弱い赤ちゃんは、正視顔を長い時間見ていたのに対して、人見知りの強い赤ちゃんは逸視顔を長い時間見ていました(図5)。このことから、人見知りの弱い赤ちゃんは、相手とコミュニケーションをとろうとしているのに対し、人見知りの強い赤ちゃんは、自分を見ている相手の顔から目をそらし、自分を見ていない相手を良く観察していたといえます。


図5:赤ちゃんが示す顔の向きの選好

人見知りの強い赤ちゃん(赤丸)は、正視顔(左)よりも逸視顔(右)を長く見た。一方、人見知りの弱い赤ちゃん(青丸)は正視顔(左)を長く見た。平均注視時間±標準誤差(注視時間には個人差があるため一人一人の総注視時間を100として%計算。正規分布化のための逆正弦変換も行っている)

  これらの結果は、人見知りの強い赤ちゃんと弱い赤ちゃんにグループ分けした時だけに観察され、月齢の高低や、接近気質の強弱、怖がり気質の強弱というグループ分けでは見られませんでした。

 「相手に近づきたい」そして「相手から離れたい」という、相反する行動の狭間で、相手の目を凝視しつつも、相手に見られ続けると目をそらしてしまう。逆に、相手が目をそらすと、赤ちゃんは相手をよく観察している。1歳前の乳児期の赤ちゃんは、このような情動的感受性を発揮した行動をしていることが示されました。

今後の展開

 本研究の成果は、赤ちゃんの感情発達において、「心の葛藤」を理解する一助となり得るものです。乳児期の人見知りの原因は、学童期の人見知りの原因と本当に同じなのか(図6)、乳児期においてどのような子が、そのあと学童期に入っても人見知り行動を続けるのでしょうか。長期にわたる観察をすることで、一人一人に合わせたコミュニケーションと教育環境、能力開発が期待できます。また、人見知りのメカニズムを知ることで、逆に人見知りを「全くしない」とされる発達障害の理解にも役立つことが期待されます。


図6:「怖がり」「接近」の度合いと、「人見知り」の強さの関係(図2のまとめ)および今後の展望

人見知りの強い赤ちゃんは、単に「怖がり」なのではなく、強い「接近」の気質も兼ね備えた子ども達をいう(左図:桃色領域)。この子どもたちが将来、学童期に入った時点で、そのまま葛藤を抱えた群としているのか(右図:桃色領域)、それとも「回避的」、「内向的」、または「社交的」のほかの群に移るのだろうか。長い観察研究を行うことで答えを出し、その子どもに合わせた教育環境と能力開発の方法につながること が期待される(左図は本研究により明らかになった結果のまとめ。右図は学童期の子どもの性格を「接近」と「怖がり」気質の強弱で合計4タイプに分けた図:アセンドルフ、ドイツ 1990)。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

  • 研究プロジェクト:「岡ノ谷情動情報プロジェクト」
  • 研究総括:岡ノ谷一夫 東京大学総合文化研究科教授
  • 研究期間:2008~2013年度

科学技術振興機構(JST)はこのプロジェクトで、情動情報が言語と同様にある種の規則性(情動文法)を持って伝達されるものであるととらえ、その進化過程・発達過程の生物学的な解析を基礎として、情動情報の計算科学的な符号化モデルを構築することを目指します。

用語解説

気質調査

個人に特有の心理的な特徴は、一般に「性格」と呼ばれるが、この「性格」が環境からの影響を受けて後天的に形成されるものであるのに対し、その基礎にあって生物学的に規定されていると考えられる生来性の特質が「気質」である。1歳前の赤ちゃんの場合は気質の影響が強いと考えられる。「人見知り」の検査にはColorado Childhood Temperament Inventory(CCTI)を、「怖がり」と「接近」の検査にはInfant Behavior Questionnaire Revised(IBQ-R)を使った。この検査には赤ちゃんの母親が回答した。

視線反応計測

視線反応計測の原理は、近赤外線によって瞳孔の中心にある角膜反射を検知するものである。本研究で使用した視線追跡装置は、人体に安全な出力の弱い近赤外ダイオードにより、両眼の角膜反射パターンを生成する。この反射パターンは、イメージセンサーによって収集され、画像分析アルゴリズムによってスクリーン上の注視点が計算される。精度の高い測定(角度±0.5度)ができる上、頭部に特別な装置を付けることなく赤ちゃんの眼球の動きをとらえることができる。

母親、他人、「半分お母さん」の刺激

母親や他人の写真は事前に撮影し、「ニッコリ微笑む」映像に作り上げた。あらかじめ真顔と笑顔の2枚の写真を撮っておき、モーフィング技術を使ってその中間の形状を自動生成することで、自然に微笑む映像を作った。また、「半分お母さん」は母親と他人を50%ずつ融合させて作成した(図3)。こちらもニッコリ微笑む映像である。静止画ではなく、映像を使った理由は二つある。不気味の谷を予測した森政弘 東京工業大学名誉教授(1970)は、止まっているモノよりも動いているモノの方が不気味さを感じやすいと考えたためであり、また、赤ちゃんは止まっているモノよりも、動いているモノに注意を向けやすいためである。研究グループは2012年に、赤ちゃんは「半分お母さん」を長く見ないことを報告している。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0065476

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/174337

Matsuda Yoshi-Taka, Okanoya Kazuo, Myowa-Yamakoshi Masako.
PLoS ONE 8(6): e65476 (2013)

論文名

"Shyness in early infancy: Approach-avoidance conflicts in temperament and hypersensitivity to eyes during initial gazes to faces"
(人見知りの赤ちゃんは接近したい気質と避けたい気質が葛藤している。最初に顔を見る時は相手の目に敏感である。)

 

  • 京都新聞(6月6日夕刊 1面)、産経新聞(6月6日夕刊 8面)、日刊工業新聞(6月13日 21面)、毎日新聞(6月6日夕刊 8面)および読売新聞(6月6日夕刊 10面)に掲載されました。