原子分解能で有機結晶薄膜中の欠陥構造観察に成功-有機デバイス材料の構造評価へ向けた新展開-

原子分解能で有機結晶薄膜中の欠陥構造観察に成功-有機デバイス材料の構造評価へ向けた新展開-

2012年2月7日


左から倉田准教授、治田研究員

 治田充貴 化学研究所研究員(日本学術振興会特別研究員、現 物質・材料研究機構)と倉田博基 同准教授の研究グループは、走査型透過電子顕微鏡を用いて有機結晶薄膜の原子分解能観察に成功し、結晶粒界に特異な欠陥構造が存在することを実証しました。

 近年、透過電子顕微鏡の性能は飛躍的な発展を遂げており、特に、電子レンズの球面収差を補正する技術の開発は、原子を直接観察することを可能にしてきました。しかし、有機結晶を観察する場合には、電子線により結晶が損傷する問題があるため、有機分子に特有の炭素や窒素原子といった分子内の軽い元素を観察することは困難でした。

 今回の研究は、球面収差補正装置とナノティップ電子銃を搭載した走査型透過電子顕微により、原子サイズ以下の電子ビームを用いて、微小な電子線量で高精細の画像を撮影できることを明らかにしました。その結果、有機結晶中の炭素原子と窒素原子を可視化することに成功し、結晶粒界において配向が異なる分子が存在することを実証したものです。この欠陥構造の発見は、有機材料の物性にも影響する可能性を示しています。このように、本研究成果は、有機トランジスタをはじめとする有機デバイスの新たな構造評価法として大きく期待されています。

 本成果は、英国ネイチャー出版グループが専門領域の科学を横断するオンラインジャーナルとして昨年創刊したScientific Reports に、2012年2月7日午後11時(ロンドン時間午後2時)に公開されました。

研究の背景

 結晶中の原子を直接観察することは、最近の電子顕微鏡技術では一般的なことになっています。しかし、それは金属や半導体といった無機結晶の観察に限られており、有機結晶では困難を伴っておりました。それは、電子線により結晶が容易に破壊されてしまうためで、それを低減する技術開発はこれまで多くの試みがなされてきました。化学研究所においては、過去の研究成果として、有機結晶中の原子の直接観察に世界で初めて成功しましたが(1978年、植田、小林、藤吉 他による)、有機分子中の炭素や窒素原子といった軽い元素を観察することができず、それらを可視化することは長年の夢でした。

研究の内容と今後の展望

 今回の研究で撮影された有機結晶は、塩素化銅フタロシアニンと呼ばれる分子が規則正しく配列した材料です。これは、これまでの研究においても伝統的に観察されてきた分子で、電子線に対して最も耐性のある有機分子としても知られています。これまで、この分子を構成している元素のうち、分子周辺の塩素と中心の銅の配列は撮影されていました。今回、球面収差補正装置を組み込んだ走査型透過電子顕微鏡により、直径0.1nm以下の電子ビームを形成すると同時に、ナノティップ電界放射電子銃を用いることで、分子の骨格となる炭素と窒素原子の配列を可視化することに成功しました。撮影に成功した大きな理由は、1pA(10-12A)という微小な電流を持つ、0.1nm以下のごく微細な電子ビームを用いたことで試料の照射損傷が大幅に低減し、高精細に電子ビームを走査することが可能になったからです。

 この新しい技術により、有機結晶中の粒界(結晶の粒同士が接している界面)において、結晶粒内の分子の配向とは異なる分子が存在していることを明らかにすることができました。しかも、その配向の異なる分子の数は限られており、粒界においては1から3分子層のみであることも明らかになりました。

 有機分子は特異な形を有しているため、分子の並ぶ向きが異なると、電気伝導などの物性が変化することが知られています。今回観察したフタロシアニン分子は、有機電界効果トランジスタの材料としても応用が期待されている分子の一つです。新たに発見された特異な欠陥構造は、有機結晶に特有のもので、物性にも影響を及ぼすものと考えられ、有機デバイスの開発においても重要な知見といえます。このように、結晶のなかで局所的な領域における構造の乱れを直接観察し、その特性を明らかにできるのは透過電子顕微鏡だけです。今回の成果は、電子顕微鏡のもつ高い分析機能を有機デバイス材料の構造評価に適用できることを示したもので、今後の展開が期待されます。

参考図


円環明視野法による分子像

円環暗視野法による分子像

結晶粒界における配向の異なる分子

塩素化銅フタロシアニン分子

書誌情報

http://dx.doi.org/10.1038/srep00252
http://hdl.handle.net/2433/152829 (京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI))
“Direct observation of crystal defects in an organic molecular crystals of copper hexachlorophthalocyanine by STEM-EELS”
Mitsutaka Haruta, Hiroki Kurata
Scientific Reports, 2, 252; DOI:10.1038/srep00252 (2012).

なお、本研究で使用された電子顕微鏡は文部科学省のリーディングプロジェクト(2005年度~2007年度)の支援を受けて開発されたものです。

 

  • 京都新聞(2月8日 23面)に掲載されました。