もっとも軽い元素である水素原子(プロトン)の連続リレー移動反応の直接観察と微視的機構を世界で初めて確立

もっとも軽い元素である水素原子(プロトン)の連続リレー移動反応の直接観察と微視的機構を世界で初めて確立

2011年11月28日

 水素結合を介してプロトンが伝わる様子を観察し、そのメカニズムを解明することに、奥山弘 理学研究科准教授、上羽弘 富山大学理工学部教授らのグループが成功しました。この研究成果は、物質科学の国際専門誌で最も権威あるNature Materials(ネーチャー・マテリアル)にオンライン速報として11月28日(日本時間)に公開されました。

研究の背景と概要

 物質中におけるプロトン(水素イオン、H+)の移動は化学、生物学において重要な役割を果たしている。特に水素結合系におけるプロトン移動は、有機化学反応における酸・塩基反応や、生体中の酵素触媒反応の反応素過程として極めて重要であるが、今から200年前にグロータスがプロトンリレー移動の考えを提唱して以来、その分子レベルでの詳細はまだよく分かっていない(図1)。その原因として、プロトンの量子力学的性質(プロトントンネリング)や、移動過程における周囲との相互作用(溶媒分子、分子内(間)振動、・・・)が、その反応機構をより複雑なものにしているためであると考えられている。

 今回、奥山理学研究科准教授らの実験チームと上羽富山大学理工学研究科教授らの理論チームは共同で、1個の水分子(H2O)に隣接して数個の水酸基(OH)が並ぶ一次元鎖構造を銅基板上に作製し、端の水分子に適切なエネルギーをもった電子を走査トンネル顕微鏡から当てると、水分子を構成する1個の水素原子(プロトン)が次々と隣のOH分子に乗り移り、最終的には端にあるOHがH2Oに変化する単一分子間のプロトン移動を世界で初めて観測することに成功し(図2)、その物理的機構を理論的に明らかにした。200年以上も前に提唱された水素結合系でのプロトン移動に関するグロータス機構の解明に新たな糸口を与える極めて重要であるとともに、原子移動にともなう単一ビット情報伝達を利用した分子コンピューターへの道を開く可能性も秘めている。

 図1:水の中で電気(プロトンH+)が伝わる様子。右端のH3O+イオンから、順次プロトンのリレーを行い、左端の水分子にプロトン(電荷)が移動すると考えられている。(プロトンリレー)。
 図2: 走査トンネル顕微鏡の探針からエネルギー(電子)を水分子に注入することで、プロトンリレーが進行する。図は顕微鏡像を3次元表示したもの。

用語解説

水素結合

電気陰性度の高い2個の原子が水素原子を介して結びつく化学結合。氷や水の中の水分子どうしの結合、ポリペプチド間の結合、DNA の塩基対(えんきつい)の形成などはその代表例である。水分子H2Oでは、酸素原子の方が水素原子よりも電気的に陰性なため、水素が弱く正の荷電を持ち(プロトン:陽イオン)、別の分子の酸素原子と電気的な引力を生じる。このような結合を水素結合といい、高い沸点など、水の特異な物性の原因となっている。

プロトンリレー移動

水の中を電気が流れることは知られていたが、1806年にグロータスは、プロトン(H+)が水素結合を介して順次、リレー機構で移動すると提案した。周りの溶媒効果など、水溶液中でのプロトン移動機構の解明は現在も行われている。

走査トンネル顕微鏡

金属の尖った針を用いて、金属基板を走査して(なぞって)表面の凹凸を画像化することで、吸着した分子をひとつずつ観測することが可能な顕微鏡。観測するだけでなく、針を使って分子を刺激することで様々な分子反応を引き起こすこともできる。

関連リンク

  • 論文は以下に掲載されております。
    http://dx.doi.org/10.1038/nmat3176
    http://hdl.handle.net/2433/151105 (京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI))
  • 以下は論文の書誌情報です。
    Kumagai T, Shiotari A, Okuyama H, Hatta S, Aruga T, Hamada I, Frederiksen T, Ueba H. H-atom relay reactions in real space. Nature Materials. Published online 27 November 2011. doi:10.1038/nmat3176.

 

  • 京都新聞(12月13日 9面)および科学新聞(12月9日 2面)に掲載されました。