第5回 「機会・移動・リンクする人々:南アジア社会の「現在」を考える」
日時: | 2008年5月17日(土曜日) 13時-17時 |
場所: | 京都大学百周年時計台記念館国際交流ホールIII |
目的
近年、著しい成長を遂げつつあるインド。中間層の成長に耳目が集まるなかで、人々の暮らしや社会関係はどのように変化しているのだろうか。経済機会の拡大のなかで、格差や不平等、貧困は、どこで、どこまで縮小しているのか。そしてそのなかで人々は政治や運動に何を期待しているのだろうか。南アジアの「現代」を対象とする第5回シンポジウムでは、農村部や都市貧困層などを対象にしたミクロな調査報告をもとに、経済成長下のインドの社会の変化の性格を考える。
視点
本シンポジウムでは、インド社会の変化を、「機会」、「移動」、「リンクする人々」3語をキーワードとして捉えることを試みる。カーストや土地所有などの構造的要因に強く規定されてきたインド社会に、少しずつ、そして偏りをもちながら拡大する新しい上昇の機会。その機会をつかむために、学歴、職業/所得など個人や家族に帰属する資源の獲得を目指して、移動し、あるいは数世代をかけて新しい社会関係を築こうとする人々。こうした個単位の多様な資源獲得の動きを「リンク」と呼ぶことによって、経済自由化以前から進行していた社会変化と今日の変化を、連続的に、そして個人や家族の視点から、再考したいと考えている。
なお、この連続シンポジウムは公開ですから、どなたでも参加していただけます。ふるってのご来場をお待ちいたします。
プログラム
<発題者><各35分(質疑を含む)>
柳澤 悠(経済史 千葉大学)
「村民にとっての機会の変化と『農村』の変容」
近藤 則夫(政治研究 日本貿易振興機構アジア経済研究所)
「村人と開発行政 : 退出と参加」
黒崎 卓(経済研究 一橋大学)
「労働移動とネットワーク、都市貧困:デリーのリキシャ引きの事例から」
押川 文子(現代インド社会論 京都大学)
「多層化する学校と『機会』 : デリーの事例から」
竹中 千春(政治研究 立教大学)
「グローバル・インドの国民国家と民主主義」
報告要旨
柳澤 悠「村民にとっての機会の変化と『農村』の変容」
1980年代から成長を続けるインド経済を支えてきた重要な要因は、農村地域からの耐久消費財需要の拡大である。その背景には農業生産の増大があるが、農村社会の変化も重要な背景となっている。村民は農業外の様々な仕事に就いたり、兼業を始めたりして、村落が「非農業化」し始めた。村から都市に通勤したり海外で仕事を見つける人も増え、町の学校に通学する子供も増え、生活スタイルや消費も変化した。農業とのみ結びついていた村民が、農外との多様なリンクを増大させている。今までの農業を介しての村民間の関係は流動化し、村民にとって選択の機会やチャネルは多様化し増大したものの、その選択や実現は個人・家族単位になる。村民の2割-3割は、この流れに乗れないで、貧困層として残るように思われる。南インドの農村の事例から、1980年からの変化を報告したい。
近藤 則夫「村人と開発行政 : 退出と参加」
農村の発展における主役は村民であることは言うまでもないが、保健衛生、初等教育、農業技術普及、貧困緩和などでは公的部門の役割は重要であるはずである。しかし、これらの分野での公共部門の実績ははかばかしくない。本報告ではまず、北インドの一事例においてその実態を村人の評価を通じて提示する。しかる後に村人がその実態を前にどのような選択を行い、また、どのような機会を捉えて、自らの生活を向上させようとしているのか報告したい。その際村人の行動を捉えるキーワードは「退出」と「参加」である。
黒崎 卓「労働移動とネットワーク、都市貧困:デリーのリキシャ引きの事例から」
インドの貧困者比率の推計を見ると、一貫して農村部門の方が都市部門より高いが、それでも都市部門の貧困者比率は10から20%、絶対数では膨大な数となる。
都市貧困を考える上で、農村から都市への労働移動が重要になる。インド農村においても農業生産の増大と非農業雇用の伸長により貧困の緩和が観察されるが、それでもなお農村部門での生計向上の流れに乗り切れない貧困層は残る。この層にとって、都市部への移動が、どの程度の階層上昇をもたらすのか? どのような要因が、都市への移動後に、所得の向上と長期的な貧困脱出につながるのか?
移動者が都市部の貧困層として定着する可能性はどのくらい高いのか? 本報告では、ネットワークをキーワードにデリーのサイクル・リキシャ引きの事例を検討することにより、これらの問題について考察する。
押川 文子「多層化する学校と『機会』 : デリーの事例から」
グローバル化時代の「頭脳立国」の基盤として、またモビリティや格差是正の回路として、近年インドでは、様々な視点から教育に関する議論が繰り返され、改革が試みられている。政府系学校についても、弱者層を対象に「質の高い」教育機会提供を目指す学校が設置されるなど、一定の改革が実施されている。一方、拡大の続く私立学校では、新しい資本の参加や国際化が進行し、「学校の市場価値」も、学歴獲得志向から創造性や感性教育重視まで多様化が一層顕著になってきた。
報告では、デリーを事例に、こうした学校の「複層化」の状況を報告するとともに、世代を越えて機会を拡大しようとする子どもと保護者にとっての「学校選択」の意味を考えたい。
竹中 千春「グローバル・インドの国民国家と民主主義」
21世紀の世界経済を牽引するとまで言われ、急速な成長を遂げるインドが、グローバリゼーションやリージョナリゼーションの波の中で大きな社会経済的変化を被ってきたことは間違いない。すでにこうした変動は、人々にとって目に見える姿をとり、暮らしや人生の中で実感されるものとなって久しい。そして多くの人々が、国境を含めたさまざまな境界線を越え、それまでの歴史には存在しなかった機会を見出し、教育や労働を求めて移動し、見知らぬ人々との間で社会的なネットワークを築いて暮らしを営んでいる。それでは、このような人々の動きは、国民国家の下にある政治のあり方にどのような衝撃を与えているのだろうか。一国の民主主義の枠内での新しい要求の噴出や人々のネットワーク形成は、このような変動とどのようにリンクするのだろうか。1990年代から2000年代の政治的な勢力配置と政治的な言説の変化を捉え直しながら、そうした変動の意味をインド、南アジア、そしてグローバルな政治の視点から考えてみたい。
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