副学長ノート(2004年12月20日)

副学長ノート(2004年12月20日)

科学技術基本計画(平成13年度~17年度)に基づく科学技術政策の進捗状況でまとめられている「意見」についての補足意見

総論的意見

  • 国立大学法人及び独立行政法人研究機関の運営費交付金が、科学技術関係予算の約5割を占める」とされているが、国立大学における教育研究は「科学技術」のためだけではなくむしろ人文社会科学も含む「高等教育」にたいする役割の方が大きい。科学技術関係予算に国立大学法人の運営費交付金のすべてを含むことは必ずしも妥当ではない。これを差し引くと我が国の政府研究開発投資の対GDP比は報告書に示されるもの(0.69%)よりもさらに低くなる。
  • 「各国立法人における科学技術活動を国の科学技術政策全体と整合して推進すること」は必要であるが、各国立法人は基礎研究および基盤的研究のレベルアップの役割を担っている。長期的視野に立って科学技術の国際的競争に打ち勝って行くには基盤的研究が重要である。科学技術の向上に必要とされる「競争的環境」を作るためにも基盤的経費としての国立法人の運営費交付金の充実は必要不可欠である。
  • 基礎的な学問分野を担っている研究者から以下のような意見が寄せられている。「本当に革新的な仕事はどこから現れるかわからない。競争的資金のみでは、そういう地味な日の当たらない研究を細々とでも支えることができず、結局革新的な研究が現れる可能性を持った「すそ野」を枯らしてしまうことになる。」また「『選択と集中』をはかる、のは政策的研究を進める独立行政法人には当てはまるのかも知れないが、国立大学法人の基礎科学分野にまでそういう考え方を適用すれば、科学に自殺行為となる。」

第1章 基本理念と科学技術政策の主な動き(概況)

1. 学技術をめぐる諸情勢と基本理念について

  • 基本理念の3つの柱である「知の創造」、「知の活用」、「知による豊かな社会の創生」は並列できる概念ではない。「知の創造」なしには「知の活用」と「知による豊かな社会の創生」はありえない。言い換えれば、「知の創造」は「知の活用」と「知による豊かな社会の創生」を支える基盤である。この基本構造を認識しておくことが大事である。「知の創造」は現在の考え方の制約を受けない独創的な基礎科学によってしか生み出すことができない。このため、科学技術の社会への貢献が今まで以上に求められる現代においては、「知の創造」の源泉である基礎科学がますます重要になっている。
  • 科学技術と社会との間の双方向のコミュニケーションの条件として、科学技術に対して社会のサポートを得るための対話が必要であり、学術文化の創造拠点である大学の役割が益々重要となる。
  • 科学技術の発展を支えるものは人間である。初等教育、中高等教育の科学技術教育のあり方の見直しとともに、当該教育者として優秀な人材が集中するような待遇改善策等の施策が必要ではないか。
  • 安全性を確保するためには危険性を正確に把握・認識する必要があることから、近視眼的に安心・安全を図ることにのみ腐心して規制を行うと、却って安心・安全の本質に到達することを妨げる場合があるということを認識しておく必要があると考える。

2. 科学技術政策の主な動き

  • 国立大学における教育研究は、科学技術のためだけではないことを考えれば、科学技術関係予算に国立大学法人の運営費交付金のすべてを含むことは必ずしも妥当ではない。これを差し引けば、投資額は報告書のものより少なくなる。また、当初予算による投資は年毎に増加しているが、補正予算を含めた投資額は年毎にむしろ減少している。これらの点を明確に認識した上で一層の投資が必要である。
  • 独立法人といっても国立大学法人と国立研究機関とでは同じ独立法人といっても自ずと役割が異なる。国立大学法人では、次代の教育者、研究者、技術者等の人材の育成、知識・文化の継承発展という長期的視点の役割が大きい。短期的な国策との整合性、研究開発内容・成果の公開の透明性といった尺度だけで捉えるべきではない。
  • 科学技術立国をうたっている割には、研究開発投資の伸びは微々たるものであり、こうした中で重点分野のみが優先されると縁の下の力持ち的な科学の本当の底力は消失することになり兼ねない。

第2章 重点施策

I. 科学技術の戦略的重点化

  • 研究開発の重点化を過度に進めることで、潜在的な重要性を秘めた他の分野に対する投資を縮小することがあってはならない。「知の創造」を支える知的多様性の保持こそ、世界に貢献すべきわが国の科学技術政策の要である。
  • 安心・安全へのニーズや異分野融合の取り組みには、今までにはない新しい科学技術の多様な芽を生み出すための戦略的重点化が必要であり、学術文化の創造拠点である大学の役割は益々重要になる。
  1. 基礎研究の推進
    • 真に優れた研究は、基礎を踏まえひらめくものも多く、競争環境のみでは生まれないものもある。このため、基礎研究に対する長期的な視野を持ち、基礎的な研究費を保証する必要がある。
    • 基礎研究の定義は、必ずしも明確ではない。応用に近い基礎もあれば、純粋な基礎もあるので、「基礎研究」と「応用研究」を区別するのでなく、基礎から応用に至るまで研究内容が偏らないように配慮すべきものである。

II. 優れた成果の創出・活用のための科学技術システム改革

1. 研究システムの改革

  1. 優れた成果を生み出す研究開発システムの構築
    1. 競争的資金の充実
      • 基礎、基盤研究に重点を置く大学については基盤的経費が必要不可欠である。基盤経費の部分を削って競争的資金の原資に充てるべきものではない。
      • 全体の研究開発投資が伸びないまま、競争的資金のみが著しく拡充することは、それになじまない基礎研究や長期的研究を成り立たなくし、将来に大きな禍根を残すことになり兼ねない。
      • 競争的研究資金制度の運営には、審査(事前評価)と事後評価の透明化とともに本当に能力のあるプログラムディレクター(PD)やプログラムオフィサー(PO)の充実を図り、真に評価できるシステムを早急に構築する必要がある。適正に評価できるシステムがなければ、競争的研究資金制度は何の役にも立たない。
    2. 任期制の広範な普及による人材の流動性の向上、若手研究者の自立性の向上
        • 目標はレベルや質の高い研究である。任期制はそのための1つの手段に過ぎず、任期制ありきではないはずである。任期制の導入は一方では短期決戦型の研究や研究スタイルを定着させ、研究面のみならず大学の重要な使命である教育者の育成面における弊害もあることに注意する必要がある。
        • 「人材流動性の促進」については、大学-企業-国研を人材交流の連環としての位置づけが必要である。各大学と国研との人事交流を行う際の各種障害を取り除く必要もある。研究経験を有する人材の活用の場として、研究機関にとどまることなく、行政機関にもその門戸を開くべきである。
        • 人材交流については、企業側の閉鎖性を打破する必要がある。研究経験を有する人材を産業界が様々な分野に活用できるようにする支援システムの構築が望まれる。
        • ポスドクなどの若手研究者が研究を遂行するための研究スペースは極端に不足している。人材の流動性や若手研究者の自立性の向上には、研究環境の整備をも忽せにできない重要な支援項目である。
    3. 評価システムの改革
      • 評価のあり方・評価システムなどが極めて未成熟な状況をいかに改善するかが最も重要である。
      • 評価の重要性は当然だが、その評価のためだけの資料を作ることで研究のための時間が少なくなることは無駄である。「評価の視点や評価基準はあらかじめ明らかにしておき、評価は効率的に行う必要がある。」
      • 評価に必用な資源の確保、可能な人材の養成は緊急を要する。
    4. 制度の弾力的・効果的・効率的運用
      • 独立法人化後の大学教員はその本務である教育研究以外の雑用が非常に増えている。
      • 自己啓発等のために欧米に見られるサバーティカル制度等の導入について検討。
    5. 人材の育成と多様なキャリア・パスの開拓(外国人研究者、女性研究者、キャリアパス)
      • 外国人研究数や女性研究者の割合を高めることは重要であるが、一律の数値目標を導入することは、研究者レベルを低下させる結果となる。女性研究者については、学部入学者数が極めて少数である分野も多く、各分野において女性研究者が育つような環境を初等・中等教育をも含めて整えていく必要がある。
      • 世界的にレベルの高い研究者の招聘には、俸給、教育研究に専念できる環境以外に、その教育研究を支援する人的支援の面の配慮も必要と思われる。
    6. 創造的な研究開発システムの実現
      • 21世紀COEについては、研究組織、研究設備、建物整備やキャンパス環境の整備などインフラ整備を同時に行って行かなければ世界に通じる研究拠点の形成につながらない。現状は担当教員に組織的な労働過重を強いている面もある。
  2. 主要な研究機関における研究開発の推進と改革
    • 自らの研究開発活動について「選択と集中」を図りつつも、それぞれの分野の裾野を拡大して、新たな萌芽を育てることに留意して行く必要がある。このことが科学技術に対する大学の果たすべき役割の1つである。そうでなければ、国立大学法人の「選択と集中」は、結局のところ大学における基礎的分野の研究者数の絶対的な減少に繋がる懸念がある。
    • 研究開発活動のパフォーマンスが研究費等の資源配分の増減に反映されるシステムは必要であるが、パフォーマンスは研究分野によりその時間スケールが異なる。このため、短期的な評価だけではなく、中長期的な評価も取り入れるべきである。
    • 基礎的分野の弱体化などを改善するためには、複数の施策・評価機関の設置が必要であると考えられる。現在は、「総合科学技術会議」と関係省庁との結びつきが強すぎるきらいがある。
    • 各法人は自らの経営責任で、職員の努力が報われる人事・給与システムの導入が当然必要とされている。

2. 産業技術力の強化と産学官連携の仕組みの改革

  • 技術経営(MOT)コースや起業家教育の充実には、大学だけで育った教員では教育も難しく、成功する企業や起業家の大学への協力が不可欠である。一線の企業エキスパートが大学に一定期間出向するのを支援する制度なども検討が必要。
  • 大学・産業界の間での人材交流については、教員のみではなく、技術職員や事務職員についても検討が必要である。
  • 知的財産の創造・活用の一層の推進を図るため、単に技術への移転ばかりでなく、教育(小中高、社会人)へのより有効な活用とそれに関連した産学連携も重要である。

3. 地域における科学技術振興のための環境整備

  • 地域結集型共同研究事業のような取り組みの一層の充実が望まれる。

4. 優れた科学技術関係人材の養成とそのための科学技術に関する教育の改革

  • 国際競争よりも国際共同あるいは国際連携による方が、大きな研究成果がえられるケースが多い。外国のトップレベルの研究者とフェースツーフェースで日常的に連携研究を遂行し、その研究成果を世界に発信できるような国際拠点を形成することが、きわめて重要である。
  • 「知の空洞化」については、研究者の処遇を改善し、インフラストラクチャーや研究支援体制の整備を図って、研究環境の向上に努める必要があると考える。
  • 博士課程の学生のみならず、優秀な人材が経済的負担の心配なく、大学、大学院で勉学に励めるような経済的支援を充実させることにより、大学、大学院の質が向上し、産業界にもより優秀な人材が供給できるようになる。

5. 科学技術活動についての社会とのチャンネルの構築

  • 児童生徒の理系に対する学習意欲を向上させるためには、バーチャルリアリティーではなく、現実のモノや自然に接する機会を増やし、実際のモノ作りなどを体験させることが必要と考える。我々の大学では、部局ごとに自前で工面して、一般公開やサイエンスフェアーなどの行事の中で各種の実験教室を開催するなどの取組を始めている。
  • 現在、大学や大学院に入学してくる学生の基礎学力の低下が問題となっている。大学や大学院ではこれに対処して教育体制を強化する必要があることは言うまでもないが、初等中等教育の充実について真剣に検討する必要がある。
  • 若い世代に対して、科学とはある問題を解決する単なる手段ではなく、世界観をも変える無限の可能性を秘めたものであることを伝えなければならない。このためにも、独創的な研究を可能にする研究環境の整備が不可欠である。

6. 科学技術に関する倫理と社会的責任

  • 科学や技術のあり方を研究者―技術者の範囲内の問題とするのではなく、国民との対話の中で考えていく必要がある。国民を対象とした学習機会の提供として、大学施設の一般公開、参加型サイエンスフェアー、学術講演会に加えて、住民からの要望に基づく講演会等の開催など積極的な試みを行っている部局がある。

7. 科学技術振興のための基盤の整備

  • 競争的資金は増加の傾向にあるが、経常経費は減少の傾向にあり、特に大学においては施設・設備の整備・更新が大きな課題となっている。競争的資金による活動を促すとともに、その前提としての基盤的施設・設備の整備・更新を経常的に支援する必要がある。
  • 大学として「知的財産」や「産学官連携」に関するポリシーを策定し、具体化の取り組みを行っている。その結果、大学からの特許や発明の届け出数が大幅に増加するという効果が現れている。しかしながら、知財分野の人材が不足してり、エキスパートの養成が緊急に必要とされている

III. 科学技術活動の国際化の推進

  • 世界中の第1線の研究者を長期にわたって招聘するには、教員ポストについて積極的に国際公募を行うことも必要である。ただし、そのためには、外国人研究者にとって研究環境、給与水準などより魅力な条件整備が必要とされる。
  • 優秀な留学生を集めることもきわめて重要であるが、そのためには経済的支援を含めて学習、研究環境、住居などの整備が必要である。
  • 科学技術活動において国際的にリーダーシップを執るためには、わが国の現状では多くの分野で研究環境、予算など未だ不十分であり、知的多様性の更なる蓄積により科学技術基盤の大幅なレヴェルアップが不可欠である。このためには、国策として長期的な視点に立った研究投資と評価に基づく見直しが必要であり、短期的な評価だけでは不十分であること留意しなければならない。

第3章 科学技術基本計画を実行するに当たっての総合科学技術会議の使命

  • 総合科学技術会議はわが国の科学技術政策の策定に極めて大きな役割を果たしつつある。しかしながら、その活動内容や役割は国民に広く知られてない。科学技術に関して政策決定のプロセスなど情報開示を積極的に行い、社会に対して説明責任を十分に果たせるようなシステムを確立することが重要と考える。
  • 一方で、我が国の科学技術の研究者の代表から構成される日本学術会議に総合科学技術会議の施策に関してアドバイスとチェック、などの役割を持たせるなど両者の関係を明確にすることが必要である。
  • 総合科学技術会議は様々な意見具申を行ってきているが、それに基づく施策が妥当であったのか、不十分であったのかの検証および評価が必要である。