京都人類学研究会12月季節例会のお知らせです。奮ってご参集くださいますようお願いします。
なお、今月は京都大学サステナビリティ・イニシアティヴ(人文科学研究所)との共催となっております。
日時
2009年12月26日(土曜日) 13時00分開場 13時30分開始
場所
京都大学薬学部構内 稲盛財団記念館3階大会議室
会場までの道のりは、以下のアクセス・マップをご覧ください。
/ja/access/campus/map6r_m.htm
テーマ
社会的なるものの持続性-「環境」から考える-
発表者
- 木村周平(京都大学) 「趣旨説明」
- 丸山淳子(京都大学) 「移転先に「故郷」をつくる:南部アフリカ採集民サンの居住形態と食物分配の変化」
- 西垣有 (大阪大学) 「都市化における「環境」と「社会的なるもの」-モンゴル、ウランバートル市の事例から」
- 岩城考信(法政大学) 「住まいに刻まれた歴史:バンコクの高床式住居の空間変容とその背景」
- 河合洋尚(嘉応大学) 「構築環境の形成にみる「調整」の論理-香港の都市空間政策と風水をめぐる考察」
コメンテータ
森明子(国立民族学博物館)
※趣旨説明10分、各発表40分を予定しています。
趣旨
環境は現代、もっとも多用される語彙のひとつです。学問に限ってみても、生態学から都市計画まで、あるいは公衆衛生から哲学まで、様々な領域で、様々な含意をもって論じられています。本研究会では、そうした多様なニュアンスを意識しつつ、人類学的な視点からこの問題にアプローチします。
人類学は、その歴史を通じて、ヒトの生がつねに周囲の環境との関わりのなかにあることを多様な側面から記述してきました。ヒトは環境から制約を受けるだけでなく、それを改変したり、新たに創出したりしながら生を営んでいます。その意味で環境はつねに自然と社会の相互作用をつうじて構築されたものであり、そのようにして作り上げられた環境は、ヒトの生物学的な生存だけでなく、ヒトを取り巻く重層的な関係性としての「社会的なるもの(the social)」を、一時的あるいは持続的に、成り立たせたり、あるいは区分けしたり、制約したりしています。こうした環境と社会的なるものの関係は、生態人類学にとって主要なテーマのひとつであるだけでなく、近年、とりわけ現代的な社会空間を研究する人類学者にも問題として意識されるようになってきています。
以上を背景に本研究会では、自然的および人工的な事物の配置としての環境が、「社会的なるもの」の持続性とどのような関係にあるのかを、特に構築環境(built environment)-住居、都市、集落など-に注目して考えてみたいと思います。事物を配置するプロセスのなかに、どのような「社会的なるもの」のモデルが織り込まれ、それがいかなる共同性やコミュニケーションの実践を生み出しているのか。環境を構築する様々なレベルの力は、相互にいかなる関係のなかにあるのか。このような問題を、話題提供者の具体的な事例を通じて深めてみたいと考えています。
現在、「社会的なるもの」は大きな変容の過程にあるといって過言でないでしょうが、その変容が環境のあり方の変化と多いに関わりあっていることは明らかです。本研究の狙いは、こうした問題に対し、具体の科学としての人類学的な試行=思考を通じて、一石を投じることです。
各発表要旨
- 丸山淳子 「移転先に「故郷」をつくる:南部アフリカ狩猟採集民サンの居住形態と食物分配の変化」
本発表では、南部アフリカの狩猟採集民として知られるサン(ブッシュマン)が、彼らをとりまく居住環境が急激に変化するなかで、いかにして社会関係を再編しているのかを論じたい。ボツワナのセントラル・カラハリ地域に居住するサンは、従来、50人程度の小規模な居住集団、「キャンプ」をつくり、遊動的な狩猟採集生活を営んでいた。キャンプのメンバーは、互いに離合集散するが、ひとたび同じキャンプに居住すると生活を全面的に共有し、頻繁に食物の分配がなされる。このような彼らの居住形態は、「平等主義」的な社会を支え、また乾燥したカラハリの生態環境に適応したものとして論じられてきた。
ところが、今日、多くのサンが、故地を追われ、なじみのない土地に設けられた再定住地に移転することを余儀なくされている。再定住地は集住・定住を前提に設計され、家族ごとに居住用プロットが配分された。本発表では、このような政府が設計した再定住地という居住環境が、そこに住むサンによってつくりかえられていく過程を論じたい。とくに注目するのは、こうした変化のなかでサンが、食物分配を続け、それによって従来の生活域やキャンプ構成を基盤とした社会関係を維持、再生産しているという点である。そして、そのことが狩猟採集活動を継続させることを可能にしている一方で、サンのあいだの経済格差の維持という新たな変化を生み出していることを具体的な資料から示したい。 - 西垣有 「都市化における「環境」と「社会的なるもの」-モンゴル、ウランバートル市の事例から」
自然/社会という二分法が自明なものではないことが明らかになりつつある現在、「環境」と「社会的なるもの」はともに、この二分法を問い直す場となっている。例えば、ティム・インゴルドは「環境」を、ブルーノ・ラトゥールは「社会的なるもの」を、それぞれ拡大し、読み替えることによって、自然/社会の二分法を越えようとしている。では、その「環境」と「社会的なるもの」はどのような関係にあるのか。本発表では、モンゴル、ウランバートル市の都市環境問題の事例を通して、この問題について考える。
90年代後半から、特に2000年以降、ウランバートル市では、地方からの移住者が急増し、その結果、社会主義時代に建てられた都心部のアパート群の周囲に、「ゲル地区」(ゲルはモンゴル語で天幕、家の意)と呼ばれる区域が拡大した。ゲル地区では、多くの人々がゲルを塀で囲んで居住しているため、ゲルの炉から排出される煙を主たる原因とする大気汚染がすすみ、現在、社会問題化している。本発表では、ゲル地区の住環境改善をめざすあるローカルNGOのコミュニティ参加型開発の試みと、都市計画の介入の手法を紹介し、それらの手法が、住民の居住の形態や実践にどのように働きかけ、変形することによって、この大気汚染問題を解決しようとしているかを明らかにする。また、その際、フーコーが生権
力論において導入した規律システムと安全システムとの区別を一つの足がかりとすることによって、狭義の「環境」と「社会的なるもの」の構成を問題にする。 - 岩城考信 「住まいに刻まれた歴史:バンコクの高床式住宅の空間変容とその背景」
タイ・バンコクはチャオプラヤー川の沖積によって生み出されたデルタに立地する。そこは雨季の終わりに起こる洪水によって冠水する海抜2から3メートルの低地であった。このような低地の開発では道路建設に比べ運河開削がより容易であり重要な意味を持っていた。人々は運河に沿って居住し、水辺に集落や都市を発展させてきたのである。そのような環境のもと、住宅形式としてはタイ住宅と呼ばれる高床式住宅が生み出された。
本発表では、このタイ住宅に着目し、その空間変容の手法および背景を明らかにする。タイ住宅を扱った先行研究では、空間変容の手法としては棟の増築のみが提示され、その背景としては家族の増加や子供の独立が指摘されてきた。しかし、本発表では増築による空間の増加と移築による空間のダウンサイジングが一つの住宅で行われた事例を元に、タイ農村研究で提示された「屋敷地共住集団」の概念を援用しながら、住まいと家族のあり方の連関について再考する。
さらに、20世紀以降、タイ住宅が旧城壁内という都市部で減少していく背景を再考する。まず、従来の言説を批判しながら、タイ住宅が近代化し高密化する都市部では、都市住宅として機能しなくなる過程を論じる。
なお、本発表では、住宅を含む建築物を周辺環境や居住者の住まい方の変遷が刻まれた物質文化として捉え、現地調査(インタビューおよび実測調査)や文献史料、GISを用いた古地図の分析を相互に結び付けながら説明を行う。 - 河合洋尚 「構築環境の形成にみる「調整」の論理-香港の都市空間政策と風水をめぐる考察」
1980年代以降、ポストモダン空間論転回の影響を受けて、構築環境(built environment)をめぐる人類学的議論は新たな段階に進んだ。植民地国家などによる空間統治の技法と、それに対する地域住民の諸反応をめぐる議論が台頭してきたのである。本発表では、これらの議論を踏まえて、香港の事例から、イギリス植民地政庁による「空間」(政治空間)政策と、香港原居民の「場所」(経験の社会空間)感覚の機軸となってきた風水とのせめぎあいを論じる。まず、史料の検証を通して、植民地政庁による構築環境の建造が、しばしば風水の原理に基づく原居民の構築環境の建造方法と対立してきたことを明らかにする。次に、両者は互いに構築環境の建造のやり方を理解し、時には領有することによって、そのような「対立」を「並存」に転換する努力をおこなってきたことを検討する。
こうした過程を検討することにより、本発表では、「空間の支配か、場所の持続か」という従来の二者択一的な議論を退け、両者には「調整」する側面があったことを示す。
備考
- 事前の参加予約は必要ありません。
- 当日は、資料代として200円をいただきます。
- 京都人類学研究会は、京都を中心とする関西の人類学および関連分野に関心をもつ大学院生・研究者がその研究成果を報告する場です。どなたでも自由に参加いただけます。
お問い合わせ先
inq_kyojinken*hotmail.co.jp (*を@に変えてください)
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京都人類学研究会代表 田中雅一