2026年春号
巻頭特集
2025年に北川進 理事・副学長、特別教授がノーベル化学賞を、坂口志文名誉教授(大阪大学特別栄誉教授)がノーベル生理学・医学賞を受賞し、京都大学卒業生・教員のノーベル賞受賞者数は13名。日本人が2名同時に受賞するのは、10年ぶりです。






ノーベル賞授賞式の荘厳な雰囲気の中でメダルを受け取った瞬間、私の胸に込み上げたのは、私たちが長年をかけて築き上げてきた研究の分野が、ついに世界に認められたという確かな実感でした。
この歩みは、私ひとりのものではありません。発想を現実へと導いてくれた研究仲間、実験と議論を重ね続けた学生たち、そして挑戦を支えてくれた京都大学の自由の学風があってこそ、私たちの研究はここまで育ち、世界に認められる成果となったのです。
私が追い続けてきたのは、一見すると〈何の役に立つのか分からない〉孔。材料の中に空間をつくる。しかもそれが柔軟に変化する。そんな奇妙に見える発想の根底には、古代中国の思想家・荘子が説いた「無用之用」の思想がありました。役に立たないように見えるものにこそ、本質的な価値が宿っている。私はその言葉を信じ、ナノレベルで空間を設計する「多孔性金属錯体(MOF)」、特に〈やわらかく動く孔〉を持つSoft Porous Crystal(SPC)の開拓に力を注いできました。今では、様々な分野に応用されています。持続可能な未来社会を支える材料として機能する、大きな可能性を秘めています。
科学とは、まだ誰も気づいていない自然の奥深さに光を当て、それをより深く、広く理解しようとする営みです。そしてときに、そこから誰も見たことのない新しい世界を創り出す力を持つものです。
京都大学には、そのような探究に欠かせない「自由」と「寛容」の文化があります。〈おもろい〉と感じたテーマを突き詰めることを許し、見守ってくれる学風こそが、研究人生を支えてくれました。若い研究者の皆さんには、ぜひ「すぐに役に立ちそうなこと」ばかりでなく、「まだ意味があるかも分からないこと」にも関心を持ち続けてほしいと思います。
学問の自由が息づくこの場で、〈まだ何になるかわからない問い〉に挑むこと。そうした探究と挑戦の積み重ねが、次の科学を育てる土壌になると信じています。