2026年秋号
研究室でねほりはほり
髙木佐保 特定助教
人と社会の未来研究院/白眉センター
愛くるしい容姿と気ままな性格で、古くから人間を魅了してきた動物、ネコ。日本国内の飼育頭数は900万ちかく*にのぼり、イヌを抑えて頂点の座に君臨する。「独立心があって、一匹だけで自由気ままに暮らせるネコ。だからこそ、甘えられると、信頼されているのを感じてうれしくなります」と語る髙木佐保特定助教も、そんなネコに魅せられた一人。ミステリアスなネコの心のなかを覗けば、ネコと人間の深い絆が見えてくる。
* 一般社団法人ペットフード協会 令和7年(2025年)全国犬猫飼育実態調査
「ネコはいったい何を考えているのだろう」。自由気ままなその姿に、心のうちを知りたいと思ったことはないだろうか。そんな疑問に挑むのが、髙木佐保特定助教だ。大学の講義で動物心理学に出会い、大学院ではネコを研究する仲間と「CAMP(Companion Animal Mind Project)-NYAN」という研究チームを発足。これまでに調査したネコはなんと500匹を超えるという。「ネコの心はじっと観察しているだけではわからない。さまざまな条件を設定し、その反応を確かめることで、ネコが世界をどう理解しているのかを探っています」。
「じつは研究室にはネコはいないんです」。取材場所に自宅を指定した理由を髙木先生はそう語った。イヌと比べて、ネコは警戒心が強く、普段と異なる環境の研究室では実験するのが難しい。髙木先生が大学院で研究をスタートした当初、最初にぶつかったのがこの壁だった。「それならネコが自然体でいられる場所で実験しようと、協力してくれる飼い主のご自宅や猫カフェへの訪問調査を始めました」。
実験機材はコンパクトにする、余計な動きをせずにネコの警戒心を解くなど、先行研究がほとんどないなか、手探りでノウハウを蓄積。そんな試行錯誤の日々の突破口は、くるくるとよく動くネコの「耳」だった。「ネコは器用に片方の耳だけをうしろに向けることができるんです。人間にはそんなことはできない。いったいどのように周囲を把握しているんだろうと気になっていました」。研究の遅れもあり、イヌや霊長類とくらべて、ネコは物理的な因果関係の認知能力が劣ると考えられていたが、それは従来の実験がネコに不向きだったからではないか。音を使った実験だとネコの反応が良いこともあり、聴覚を利用する実験が効果的なのではと気づいた。
そこで、ネコが音からモノの存在を推論できるかを確かめる実験を実施(12)。条件を変えながら実験を重ねることで、ネコは物理法則に反する現象が生じた際に、驚いて対象を注視することを発見した。つまり、ネコは物理的な因果関係を理解しているのだ。「『ネコは物理法則を理解している』と題して国際的な学会誌に掲載され、国内外のメディアに大きく取り上げられました。ネコへの科学的な関心の高まりを感じ、研究に手応えを掴んだ経験でした」。
音をてがかりに、見えない物体の存在を因果的に推論している?
箱の動きと合致して音が鳴る刺激を好んでいるだけかもしれない…
条件を変えてさらに実験
実験装置
上段と下段のあいだに電磁石をセットした二段重ねの容器と、容器の中に入れる鉄製の物体を用意。スイッチをオンにすると電流が流れ、鉄製の物体が容器に吸着する。
不一致条件で容器をより長く注視
音から物体の有無を推論。かつ、物体が入った容器を
逆さまにすると物体が落ちてくるという物理法則を理解している!
「よく使う実験道具はこれ」と取り出したのはノートパソコン。音声やモニターに表示した画像をネコに提示し、反応をうかがうのだという。なかでも自身のネコ観が大きく更新されたのが、同居する他個体の名前を認識していることを明らかにした実験だ(3)。ネコは自分の名前を認識していることは知られていたものの、「さすがに他のネコの名前はわかっていないのでは」という予想はみごとに裏切られた。「ネコが自分の名前を認識しているのは、呼ばれて反応すれば撫でてもらえたり、餌をもらえたりするからで、他のネコの名前を憶えるメリットはないはず。そう思い込んでいたので、同居する他のネコと飼い主のやりとりをよく観察し、学習していることに驚かされました」。
家庭ネコは、特定の「名前」を表す音声が「同居ネコ」を指すことを理解し、その顔を思い描くことができる!
興味深いことに、猫カフェで飼われているネコは他のネコの名前を認識していなかった。多数のネコがいる環境では一個体あたりの名前を耳にする頻度が少なく、覚えられなかったようだ。「人間社会に溶け込んでいるネコだからこそ、どこで飼われ、どのように人と関わっているかによって、認知能力に違いがあることがわかりました。関西と関東といった地域差もあるかもしれず、調べることはまだまだ山積みです」。
人類の伴侶動物としてのネコの進化は、思った以上に多様らしい。その確信を深めたのは、アメリカ人研究者に「日本のネコを調べたい」と相談されたのがきっかけだった。とくに違いはないだろうという予想は、ここでもまた覆された。「アメリカのネコはフレンドリーで、日本のネコはとてもシャイだとわかったんです。しかも驚くことに、イヌでもおなじ傾向が報告されています。ともに人間社会のなかで進化した動物だからこそ、共通する法則が秘められているのかもしれません」。
ネコの認知能力は、家畜化し、人類の伴侶動物となってきた歩みと不可分のもの。現在、その進化の軌跡をひも解くべく注目しているのが、ネコの「イヌ化」現象だ。ネコは本来、単独で行動する生きものだが、イヌのように人間に甘え、協調性が高くなる「イヌ化」が進行している可能性がある。その程度には地域差があることが報告されており、宮城県の田代島には人懐っこいネコたちが集団で生活している。「これまでは『ネコでの実験結果はこうです』と一般化して発表してきましたが、実態はもっと多様なもの。家畜化やイヌ化がどのように進み、その過程でどんな能力を獲得したのかを突き止めるのが目標です」。
ネコを知ることは、人間の進化にも新たな光をあてる可能性を秘めると髙木先生。というのも、人間もまた家畜化した動物かもしれないからだ。リチャード・ランガムが提唱している「自己家畜化説」では、人間は攻撃的な個体を排除して協調的な個体が生存・繁殖に有利になった結果、社会性を獲得したとされている。「人類が高度な文明を築き上げるまでに進化できたのは自らを家畜化してきたからだとすると、人間とネコの進化にはどこか重なるところがあるのかもしれません」。
明らかになったネコの生態を多くの人に知ってもらおうと、単著の出版のほか、監修者としてネコの教科書や雑誌の特集にも携わり、情報発信にも力を注ぐ。そんな日々の癒しは愛猫たちだ。「マイペースなネコの姿を見ていると、つくづく人間は社会的な生きものだなと感じます。人間は他人の目を気にしすぎて病んでしまうこともある。ネコを見習うくらいがちょうどよいのかも」。これまで長い時間をともに歩んできたネコと人。ネコの心の解明が進んださきには、また新たな関係が待っているのかもしれない。
たかぎ・さほ 同志社大学心理学部卒業。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。麻布大学獣医学研究科 特別研究員などを経て、2025年から現職。
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