世界で初めて、X線自由電子レーザーを用いたフェムト秒領域でのX線直接吸収分光測定に成功 -極短時間に起こる化学反応の追跡手法をSACLAで実証-

世界で初めて、X線自由電子レーザーを用いたフェムト秒領域でのX線直接吸収分光測定に成功 -極短時間に起こる化学反応の追跡手法をSACLAで実証-

2014年1月13日

 鈴木俊法 理学研究科教授、三沢和彦 東京農工大学工学研究院教授、小原祐樹 同博士研究員、矢橋牧名 理化学研究所放射光科学総合研究センターグループディレクター、 小城吉寛 同光量子工学研究領域上級研究員、片山哲夫 高輝度光科学研究センター博士研究員らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)施設SACLAで、世界で初めて、フェムト秒領域においてX線直接吸収分光法による電子スペクトルの一括測定に成功しました。

 今回、水溶液中における光化学反応の代表的な分子である水溶液中の鉄シュウ酸錯体分子に、100フェムト秒の間だけ持続している近紫外域のレーザー光パルスを照射し、分子に含まれる鉄元素の周囲の電子密度が照射直後から時間とともに変化する様子を、10フェムト秒の持続時間を持つX線パルスを用いて測定しました。特に、X線が測定対象試料を通過する前と後で、X線の強度を広いスペクトル範囲で一括に測定し比較するという直接吸収分光法では、世界で初めての成功となります。本成果は、SACLAから出力されるX線パルスが、フェムト秒という極めて短い時間の間に起こる化学反応などの現象を直接捉えるのに優れていることを実証した点から、極めて学術的価値の高いものと言えます。

 本研究成果は、米国の科学雑誌「Optics Express」で1月13日に公開されました。

本研究成果のポイント

  • 原子周辺の電子分布や原子核配置を表すX線波長域での電子スペクトルを一括測定
  • SACLAがフェムト秒領域の現象を直接捉えるのに優れていることを実証
  • 波長領域を拡大することにより、さまざまな元素を含む化学反応の解明に期待

研究の背景と経緯

 X線吸収分光(XAS: Time-resolved X-ray absorption spectroscopy)は、X線波長範囲で電子スペクトルを測定することにより、注目する原子周辺に電子が分布する状態や原子核が配置する構造を観測することのできる実験手法です。化学反応とは物質内の電子分布や原子核の配置が変化する現象であり、化学反応が起こる時間と同じくらいの短い時間だけX線パルス光を物質に照射して観察すれば、反応が進んでいく途中経過を追跡することも可能です。これまで光源としてシンクロトロン放射光を利用した実験が主に行われてきましたが、蓄積リングを周回する電子群が進行方向に対して広がっているため、そこから生成される放射光の時間幅は比較的広く、実験における時間分解能は数十ピコ秒が限界でした。そのため、それよりも早い時間スケールで起こっている化学反応の初期過程の観察は困難でした。SACLAや米国のLCLS(Linac Coherent Light Source)に代表されるX線自由電子レーザー(XFEL)は、高強度でかつ数十フェムト秒以下の非常に短い時間幅のパルス光を作り出すことができます。これらのXFEL光源によりXASの新たな道が拓かれました。

 今回、共同研究グループは、水溶液中における光化学反応の代表的な分子である水溶液中の鉄シュウ酸錯体に近紫外光を照射した際に起こる、鉄元素の周囲の電子密度が時間とともに変化する様子を、SACLAのX線パルスで測定し、ました。その結果、フェムト秒という極めて短い時間の間に起こる現象を直接捉えられることを実証しました。

研究の内容と成果

 共同研究グループはこれまでに開発した高効率X線吸収分光装置(参照: X線自由電子レーザーパルスの特性を生かした高効率X線吸収分光法の開発 -超高速の化学反応を追跡するフェムト秒時間分解でのX線吸収分光が可能-)に波長400nmの近紫外超短パルスレーザー(以下、近紫外レーザーという)を組み合わせた測定装置を開発しました(図1)。


図1: フェムト秒領域の時間分解能を達成したX線直接吸収分光装置の概略図

近紫外域の超短パルスレーザーを試料に照射して化学反応を開始させ、ある遅延時間をおいてX線自由電子レーザーを照射します。その遅延時間を変えながら測定することで、反応開始直後の変化を時々刻々と測定することができます。X線は透過型回折格子を通すことで上下二つのビームに分け、試料を通過しない参照光も同時測定することで、高精度に試料の吸光度を測定することができます。試料透過光および参照光はシリコン分光結晶により波長ごとに分け、X線CCDカメラで各波長を一括測定しています。

 

 近紫外レーザーは化学反応を開始させるために用い、近紫外レーザーを試料に照射した後からある時間間隔の遅延をおいてXFELを照射し透過光を測定します。その遅延時間を変化させながら測定することで、反応開始直後の変化を時々刻々と測定することができます。XFELパルスの繰り返しレートは毎秒20パルスと少なく、そのスペクトル形状は1パルス毎に変動する性質があるため、1パルスで得られる情報量がなるべく多い高効率な分光法が必要です。そこで、透過型回折格子を使用してXFELを二つに分割し、試料を通過した光(信号光)と通過していない光(参照光)を同時に測定する手法を用いました。これにより、同一パルスの相関を利用して効率よく吸光度を測定することができます。また、XFELが広い波長帯域(約50eV)を持つことを利用して、各波長での吸光度を一括測定するために、超精密楕円ミラー、シリコン分光結晶、高感度のX線CCDカメラを組み合わせた装置を用いて計測を行いました。

 試料には鉄シュウ酸錯体分子の水溶液を用い、鉄原子のK殻吸収端付近のスペクトル変化を測定しました。その反応開始前後の吸収スペクトルの差には、反応後に吸光度が大きくなったことを示すピークが観測されました(図2a)。さらに、反応開始からの時間変化の様子から、約260フェムト秒かけて徐々に吸光度が変化していく様子を捉えることに成功しました(図2b)。


図2: (a)鉄シュウ酸錯体水溶液の反応前後の差吸収スペクトル、(b)差吸収スペクトルピークの時間変化の様子

X線パルスの遅延時間は反応開始からの経過時間に相当します。差吸収スペクトルに現れたピークは試料の吸光度が大きくなったことを意味しています。反応開始直後に徐々に吸光度が変化していく様子を捉えることに成功しました。

 

 この変化は、鉄シュウ酸錯体分子に含まれる鉄元素の周囲の電子密度が照射直後から時間とともに変化する様子を表しています。X線が試料を通過する前と後で、X線の強度を広いスペクトル範囲で一括に測定し比較するという直接吸収分光法で、フェムト秒の時間領域での変化を捉えたのは世界で初めての成果です。

今後の展開

 試料を構成する原子周辺に電子が分布する状態や原子核が配置する構造の変化をフェムト秒の時間領域で観測できるこの実験手法は、今後、さまざまな固体・液体材料へ応用されることが期待されます。また、さらに波長領域を拡大することにより、さまざまな元素を含む化学反応の解明が期待されます。

本研究は文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略課題「溶液化学のXFEL時間分解分光の開拓(研究代表者: 鈴木俊法)」の支援を得て実施されました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1364/OE.22.001105
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/180282

Yuki Obara, Tetsuo Katayama, Yoshihiro Ogi, Takayuki Suzuki, Naoya Kurahashi, Shutaro Karashima, Yuhei Chiba, Yusuke Isokawa, Tadashi Togashi, Yuichi Inubushi, Makina Yabashi, Toshinori Suzuki, and Kazuhiko Misawa

"Femtosecond time-resolved X-ray absorption spectroscopy of liquid using a hard X-ray free electron laser in a dual-beam dispersive detection method"

Optics Express, Vol. 22, Issue 1, pp. 1105-1113, 2014

 

  • 日刊工業新聞(1月15日 19面)に掲載されました。