2026年春号
一般に「正義」といえば、悪を倒し弱者を助ける「善」のイメージで語られることが多い。しかし、国際政治の場においてこれほど危うい言葉はない。かつて戦争は、しばしば指導者が独善的な「正義」を叫ぶことによって引き起こされてきた。果たして、国際社会で「正義」は語りうるのか。語りうるとすれば、その基準は誰が決めるのか。本講義では、理念と現実を行き来しながら、この正解のない問いを根源から問い直す。
「戦争に正義はあるのか」。今日扱うのは、一言で答えを出すのは難しく、論争すら呼びそうな問いかけです。
かつて国際政治学では、「正義」の議論は敬遠される傾向にありました。なぜなら、あまりに怪しいからです。「正義」には客観的な基準がないゆえに、積極的な議論は進みませんでした。
「あまりに怪しい」。「正義」という言葉にどこかポジティブな印象を抱いていたからこそ、言葉が深く突き刺さります。
受講生からも、「正義」は力の強い側の言い分にすぎないのではないかという意見はよく聞かれます。
受講生の所属学部
しかし、現実の世界では、戦争のたびに「正義」が叫ばれます。例えば1991年の湾岸戦争後にイラクのフセイン政権が述べた「正義」。ここには、かつて西洋諸国が引いた国境線の正当性への問いや、「他国の大量破壊兵器保有は許されるのに、なぜイラクだけが悪者とされるのか」という憤りが込められています。
2003年のイラク戦争時には、アメリカのブッシュ大統領が自国軍を鼓舞する演説のなかで「正義」を用いました。テロを根絶して中東に平和の地域を作り出すという「アメリカの掲げる正義」を実践しようと述べたのです。このように、それぞれの立場に都合のよい論理を「正義」の言葉で包み込み、行動を正当化する言説は、歴史上のさまざまな局面でみられます。
「正義」は戦争を始める旗印にもなりえるのですね。「正義」という言葉がもつ危うさにも気付かされました。
その「正義」の危うさを意識することが、今日の議論の出発点になります。その危うさを意識しながら、議論を進めてゆきましょう。
一つ目の視点は、「どんな条件が整えば武力行使は正しいといえるのか」という問いです。国際法ではこれをJus ad bellumといいます。ラテン語で「戦争の前の正義」を意味します(❶)。
❶ 武力行使が合法化される要件
現在、国際法では戦争は原則として違法とされています。第一次世界大戦での大きな犠牲を転機に、武力行使を違法とする考え方が生まれました。国際連合が例外的に武力行使を認めるのは、「自衛権の行使」と「集団安全保障」に基づく場合に限ります。
かつては、その曖昧さから議論の俎上にあがりづらかった「正義」。しかし、戦争をめぐる現実に向かい合うとき、「正義」を無視できない状況が生まれます。その一つが1999年のコソボ紛争に際する「人道的介入」です(左写真)。セルビアでアルバニア系住民への虐殺が疑われるなか、NATOは国連の承認を得ずにセルビア側を空爆しました。コソボはNATO加盟国ではなく、自衛権の行使にも当たらないため、攻撃は国連憲章に照らして違法と評価されました。でも、「虐殺を止めるには正当な手段だったのではないか」という問いが浮かびあがったのです。
「虐殺を止めるためなら、法を破ることも正当か」。簡単には答えを出せそうにない問いです。もし自分が決断を下す立場なら、どちらを選ぶだろう。とても重い問いですね。
今回紹介する視点は、それを考える足がかりになるはずです。
国際法には、国家の主権を尊重し、他国は内政に干渉しないという原則があります。でも、ある国で起こる人道危機を傍観してよいのだろうか。このジレンマに整合性をもたす考え方が、「保護する責任」です。国家主権を「他国に干渉されない権利」ではなく、「自国民を保護する責任」であると捉え直し、国家にその責任を果たす意思や能力がない場合、国際社会が代わりにその責任を負うべきだとしたのです。つまり、大規模な人道危機があれば、主権国家の壁を越えてでも介入できる条件を整えた理論枠組みと言えます。
もちろん、これが乱用されると大国による勝手な介入を許してしまいます。だからこそ、人道的介入には厳格な条件が定められています(❷)。この条件のもと、2011年に国連安保理の決議に基づいて行われたNATO主導のリビア空爆は、「保護する責任」が実際に適用された初めての例とされています。
❷ 武力行使の正当化要件
大規模な人命の喪失や「民族浄化」が現実に起きているかその恐れがあること。
人間の苦痛を止めたり未然に防ぐためであること。
あらゆる外交的・非軍事的手段が成功しないという合理的な根拠が存在すること。
軍事行動の規模、期間、強度は人道的目的を達成するための必要最小限であること。
介入に踏み切ることでかえって事態が悪くなる可能性がある場合には、介入は正当化されない。
軍事介入の実行に先立って安全保障理事会の承認を求めること。
参考資料:The Responsibility to Protect, ICISS
二つ目の視点は「戦争の中の正義」、Jus in belloです。戦争そのものの善し悪しの議論は別として、「戦うなら守るべきルールがある」という考え方です。これは武力紛争法や国際人道法と呼ばれ、二つの側面から発展してきました。
一つは、国家主導で整備されてきたハーグ法です。「敵の軍事力を弱める」という目的を超えて不要な苦痛を与える兵器や、戦い方の規制に重点が置かれています。
しかし、現実には課題は尽きません。攻撃は、武器庫や基地などの軍事目標に限定すべきとされていますが、病院や学校など、民間人のいる場所に「テロリスト」が潜んでいるとされたらどうでしょう。近年のガザ地区での戦闘や、アフガニスタンでのドローン攻撃はまさにこうした難題を突きつけています。軍事力を弱められるならば、「付随的損害」として民間人の被害は仕方がないと解釈される危険が常につきまとっているのです。
「付随的損害」という言葉の、空恐ろしいほどの軽さが際立ちます。本来守られるべき命が、「やむを得ない被害」として処理されてしまう。その無機質な暴力に背筋が寒くなります。
AIを使用した自律型ロボットが攻撃を行った場合の責任は誰が負うのか、という問題も生まれています。開発した企業なのか、ロボットの使用を決定した人物なのか。責任の所在が曖昧なまま、技術だけが進んでいる現実があります。
もう一つの側面は、赤十字国際委員会などの市民社会の側から生まれたジュネーヴ法です。ハーグ法だけでは不要な犠牲が出かねないなかで、傷病兵や捕虜、民間人などの戦闘外に置かれた人々を保護することに重点を置いています。
この二つの法体系が現在の国際人道法(武力紛争法)の柱です。とはいえ、人道的な被害を軽視した武力行使は、今なお世界各地で見られます。ルールの確立と実効性の担保が大きな課題です。
三つ目は、「戦争後にどう正義を回復するか」という問題で、Jus post bellum、「戦争の後の正義」と呼ばれます。「正義の回復」とは、戦争で損なわれた秩序や権利をできる限り元の状態に戻そうとする考え方です。
重要なのは、戦争中に生じた戦争犯罪の処理をどうするか。処罰を優先することで真相の究明が困難になり、かえって「正義の回復」を妨げることもあります。
1994年のルワンダ虐殺では、わずか3か月で80万人以上の犠牲者が出ました。加担した容疑者は数十万人に及び、全員を裁くのは非現実的です。そこで開かれたのが、伝統的な草の根裁判「ガチャチャ」でした。首謀者は厳しく裁く一方で、末端の加担者には家屋建設などの労働奉仕を課し、社会の中で罪を償わせました。
ほかにも、南アフリカのアパルトヘイト撤廃後に開かれた「真実和解委員会」では、過去の罪を告白することなどを条件に刑罰を免除しました。厳格な処罰よりも真相の究明を優先したのです。
それでも難しさは残ります。処罰されることを恐れて指導者が休戦に応じなかったり、欧米主導の「正義」や国際法を押し付けることへの警戒や疑念もあがっています。
「正義」を追い求めるほど、別の課題が生まれているのですね。
内戦後の国家再建に失敗して、紛争が再発する事例もあります。
最後に知ってほしいのは、戦争における「正義」の議論は、戦争を正当化するためになされているのではないということです。「正義」を掲げた戦争が起こり、かえって秩序が乱れた事例は多い。だからこそ国際社会が考えるべきは、どうすれば武力行使に歯止めをかけられるのか、どのような厳しい条件を満たしたときにだけ、その正当化が可能なのか。「正義」という言葉は曖昧で、危ういものです。けれども、戦争のためではなく、平和を築くために「正義」を問い続けることは、決して無意味ではありません。
「正義は怪しい」。講義の最初に放たれた言葉ですが、授業を終えて、この言葉の後にこうつなげたくなりました。「けれども〈正義〉とは、暴走する力に歯止めをかけ、平和を手繰り寄せるための、人類の必死の知恵でもある」。
だからこそ、「正義」を疑いながら、それでも手放さずに考え続けることが大切なのです。
ジャズのリズムやバレエの舞台の裏に、国家の戦略が潜んでいるとしたら。冷戦期の「文化外交」は、政治の意図が日常に浸透した好例です。「文化外交」に潜む戦略的な意図と社会の側の自由な解釈。その「ずれ」を読み解く視座は、情報やイメージが外交の武器となる現代を生きる私たちにとって不可欠なものです。
国際政治論というと、戦争や秘密交渉など非日常的な世界を扱う学問だと思われがちです。しかし実際には、国際政治の影響は私たちの身の回りの世界にも及んでいます。冷戦期の音楽外交は、日常に浸透する国際政治のあり方をよく示しています。
冷戦期は東西両陣営が体制の魅力を競いあう時代でした。国際世論を惹きつけることが重視されるなか、アメリカが注目したのが自由な即興演奏を重視するジャズでした。ジャズは「自由で民主的な社会」の象徴として位置づけられ、デューク・エリントンやデイヴ・ブルーベックなど、著名な音楽家が世界中で公演を行いました。ジャズは単なる音楽を超え、建国の理念を伝える広報外交の手段になったのです。
もっとも、音楽家たちが国家の意図をそのまま体現していた訳ではなく、国内の人種差別にも苦しんだように、ジャズ外交はアメリカの理想と現実のずれを浮き彫りにしました。聴衆も純粋に音楽を楽しんだに過ぎません。
外交の意図と社会の受け止め方の間のずれを読み解くのも、国際政治論の課題です。SNSが発達した今日、発信される情報がどう意味づけられ、受け取られているのかを批判的に考える視点は、いっそう不可欠になっています。
アメリカがジャズを通じて世界中の人々の心をつかもうとしたのに対して、ソ連は帝政ロシア以来の伝統を持つバレエに自国の優位性を見出しました。バレエはロシア革命後、革命の理念を分かりやすく人々に伝える芸術として重視され、同時にソ連文化の水準の高さを象徴する存在として国外に積極的に発信されました。
ボリショイ・バレエの英国公演(1956年)を皮切りに、キーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)も日本や欧米公演を重ね、物語性の強い〈ロミオとジュリエット〉や帝政時代の古典作品〈白鳥の湖〉などが上演されました。ジャズと同様、ソ連バレエも「国家の顔」としての役割を担ったのです。ただ、批評家からは革命を想起させる躍動的なジャンプや統制の取れた群舞は高く評価されましたが、表現の保守性や実験性の乏しさを指摘する声もありました。欧米のモダン・バレエとの価値観の違いがあったためです。
ソ連の舞踊家が公演先で亡命することや、西側社会の豊かさに魅了されることを当局が警戒したように、当事者の行動様式も一様ではありませんでした。バレエ外交の事例も、舞台芸術を通じて日常空間に入り込む国際政治の力学を可視化する好例と言えます。
さいとう・よしおみ
1976年、福岡県に生まれる。神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程修了。京都大学大学院人間・環境学研究科准教授などを経て、2024年から現職。2025年から国際高等教育院と併任。