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授業に潜入! おもしろ学問

2024年秋号

授業に潜入! おもしろ学問

少人数教育/ILASセミナー
Investigating Cultural Keywords to Understand Human Psychology(異文化コミュニケーションによる人間心理の理解)

外国語に翻訳しきれない、言葉の奥に潜む心理を考える

デビッド・ダルスキー
国際高等教育院 准教授

翻訳機を介せば、あらゆる国の言語をすぐに翻訳できる昨今。でも、その言葉のニュアンスや、込められた意図までを感じ取れるかというと難しい。ダルスキー准教授が試みるのは、その国の固有の価値観や文化を踏まえて、言葉の奥に潜む話者の心理を紐解くこと。授業中の使用言語は英語。日本人学生だけでなく、タイやインドネシア、中国出身の学生や大学院生も交え、ざっくばらんに経験を話しながら、異文化コミュニケーションをめぐる考察が深まっていく。

* 発言者の出身国を国旗で示しています
* 授業はすべて英語で実施

ダルスキー 外国を旅したり、暮らしたりすると、その国独自のコミュニケーションのあり方に気付くことがあると思います。今日、みなさんと議論するテーマは「和」です。外国から日本に来て、日本の価値観や行動パターンにまだ馴染みのない人たちが、日本人と仲良くし、認め合い、関係を維持するにはどうすればいいでしょうか。「和」はこの疑問の答えになるかもしれません。
授業の前の予習として、私が「和」について述べた論文をみなさんに読んでもらいました。Aさんはどう理解しましたか。

受講の前に...

日本社会における「和」の概念を理解する

Aさん 「和」は、日本社会を理解するうえで最も重要な鍵の一つ。理解の近道になるのが、5つの関連する概念です(❶)。これら5つの概念は相互に関係しています。日本語の勉強だけでは理解することは難しいですが、日本人の行動や会話を観察することで、こうした行動が見えてくるのではないでしょうか。

❶  日本社会における「和」の概念

甘え

  • 相手が自分の要求を受け入れてくれると確信しながら、少し無理なお願いや、身勝手な協力を求めるときに使われる。
  • 親子間や夫婦間でよく見られるが、良好な関係があれば友人・知人の間でも起こる。(動画:友人間の「甘え」の例)
  • ネガティブな表現に思えるが、日本には「甘え上手」という言葉があるほど、一つの対人スキルとして肯定的に捉えられている。

曖昧

  • 多くの日本人は、自分の考えをはっきり表現することを好まない。
  • 「曖昧」な表現の意図が掴めないと、誤解やすれ違いにつながりかねない。
    (例)パーティに招待されて行きたくないとき。はっきり断ると関係が悪くなるので、「また連絡するね」と答えを濁す。
    「私はそう思うけど、間違っているかもしれない」と発言に保険をかける。

義理と恩

  • 誰かに何かをしてもらったとき、日本人は「恩」として何かを返さなければという「義理」を感じる。

本音と建

  • 日本人は本当に考えていることや意図(本音)とは異なる「建前」の行動をとることがある。特に調和を保ちたいときに使われる。
    (例)内心は良い印象を抱いていなくても、表面上はそう思わせない振る舞いをして調和を保つ。

集団意識

  • グループ内の暗黙のルールに従ったり、グループに受け入れられるような振る舞いをしたりすること。他者からの評判、自尊心など、多くの側面に影響を与える。(動画:「集団意識」の例)。

どのような場面で「甘え」や「集団意識」が使われるのか、学生たちが具体的な事例をアニメーション動画にしました。リンクから動画にアクセスできます。

「甘え」の例

A  次の数学の講義、だるいなぁ。

B  あぁ、悪い。俺、用事あってさ。ノート頼んでいい?

A  いいけど、なんの用事?

B  実は彼女とデートなんだ。

A  なんだよ、それ

B  すまん。ジュース奢るから頼むよ。

A  はいはい、わかった。やるよ。

「集団意識」の例

A  今日からこの部署に配属になりました。

B  営業部にようこそ!

C  さて、Aさんの歓迎会をかねて花見に行きましょう!

D  もちろん!

E  行きましょう!

A(私は花粉症なんだけど……)花見、いいですね!

* Aさんは「花粉症なので花見に気が進まない」という本音があるけれど、チームの調和を保つために、楽しく花見に参加するつもりです。

そのほかの概念の動画も、本講座のInstagramアカウントから閲覧できます。

日本で出会った「曖昧」な表現

ダルスキー 海外から日本に来られたみなさんは、論文を読んで何を感じましたか。

Bさん●  日本語には意思表示が曖昧な表現や、「建前」を使ったフレーズが、他の文化圏よりも多いと感じています。例えば「様子を見る」。

Cさん● 行けたら行く」という言葉も印象的です。招待を断りたいけれど、断りづらいからとりあえず「行く」と言っておくのです。

Dさん●  日本語の「建前」の表現は敬語に多い気がします。日本人の先生から届くメールには、形式的な表現がたくさんあるのです。中国語に「场面话(chǎng miàn huà)」という、日本語の「社交辞令」にあたる言葉があります。场面话の言葉を使って礼儀や思いやりを示すのですが、形式的な敬語表現は场面话と似ていると感じます。

Cさん● お手数をおかけしますが……」。

Dさん●  そうです(笑)。調和を保つ意図もありそうです。

Eさん●  日本以外の国で「建前」のような言葉はありますか?

Cさん●  インドネシアには「アバン・アバン・ランベ」という言葉があります。「口紅を使うと唇が赤くなるが、それは本当の赤みではない」という意味で、転じて「口から出るものが必ずしも本当のことを意味しない」となります。直訳では伝わりませんから、海外の方にこの文脈を伝えるのは難しいです。経験しなければ理解できないのだと思います。

Bさん●  日本語の「いいです」、「大丈夫です」も曖昧な言葉です。

Cさん●  そう、難しい(笑)。イエス・ノー、どちらの場合もある。

Aさん● レジ袋をお付けしても大丈夫ですか」と聞くコンビニ店員がいます。「大丈夫です」と答えた場合、レジ袋に入れるのか入れないのか分からなくなる(笑)。

Fさん●  アメリカに留学したのですが、留学前は断るフレーズは「No Thanks」しかないと思っていました。でも、「I’m Okay」で断る人も多い。この表現は「大丈夫」に似ています。

「日本語お上手ですね」に覚える違和感

Bさん●  意図が読みきれない言葉といえば、「日本語お上手ですね」。外国人が日本語を話したときに言われることが多いです。

Cさん●  そのあとに「日本は長いのですか?」と聞かれませんか? 日本語を上手に話すには、日本に長く住んでいなければいけないのかなと感じてしまいます。

ダルスキー どう返すのですか?

Bさん●  これはジョークですが、「じょうずくない」(笑)。

Cさん●  「上手くないよ」と(笑)。わざと間違えるのですね。

Eさん●  日本のみなさんは、海外の方に使ったことはありますか?

Aさん●  ヨーロッパから来られた英会話の先生に言ったことがあります。その先生が英語や日本語以外の言語を話していても驚かないのに、日本語だったら驚いてそうした言葉を発してしまう。外見で判断しているので、良くないことだったと反省しています。

Fさん●  私も思わず海外の方に言いたくなることはあります。でも、自分が相手よりも優れているような、上から目線の印象を感じるので言わないようにしようと……。

Cさん●  アメリカは多民族国家だからか、「英語が上手ですね」はあまり聞きません。

Fさん●  そういえば、留学中には言われなかった。でも、自分から「アメリカに住んで1年です」と言うと、「すごいね」と褒められることはありました。

Cさん●  インドネシア語を話す他国の人を見て思うのは、「なぜインドネシア語を学ぶのか」。インドネシア語はメジャーな言語ではないので、なにか理由があるに違いないと。

Bさん●  私もタイでは、海外の方に「タイ語が上手ですね」と言うことがありました。「建前」ではなく、心から感謝していたのです。

Dさん●  中国語に対してそう感じたことはないかも……。マイナー言語とメジャー言語の違いですね。

国ごとの気質が表現に影響する?

Bさん●  タイ人は日本人と比べると、オープンな性格の人が多いと感じます。伝えるべきことがあれば、まっすぐに話をする。調和を保つ以上に、問題を解決するスピードを重視する傾向があります。

Dさん●  中国語で「曖昧」は「暧昧(ài mèi)」。発音も漢字も似ています。意味も似ていて、中国では特に恋愛関係において、微妙な関係性の二人に対して使います。でも、中国人のコミュニケーションのスタイルは、タイと似ていて直接的です。断るときにはきっぱりと断る。

Aさん●  日本語に「まぁまぁ」という表現があります。ある二人の議論がヒートアップしたときに、第三者が「まぁまぁ」とたしなめる。

Dさん●  中国では「好了好了(hǎo le hǎo le)」と言います。誰が正しくて、誰が間違っているかは問わずに、答えは曖昧なまま置いておく。調和を保つことが優先されます。

ダルスキーwin-win」という英語はどうですか? それから、第三者が「You both win」と言ってなだめることもあります。

Aさん●  「まぁまぁ」は勝ち負けすら決めません。

Eさん●  解決策や妥協点を見つけるわけでもない。

ダルスキー 日本に長く住むにつれ、アメリカの文化の競争的な一面に気付きます。議論では、勝者と敗者をはっきりさせることが日本よりも比較的多いと感じます。

「曖昧」なやりとりでは仲良くなれない?

Fさん●  「曖昧」や「建前」は集団の調和を保つことに役立ちますが、親密な関係を築くときにはどうでしょうか。「建前」を使うと、距離感が生じる気がします。

Aさん●  友人が描いた絵を見たとき、褒める箇所がないけれど、直接的な言葉ではそれを言いたくない。こんなとき、友情を保つために「建前」を使うかもしれません。

Dさん●  他人を傷つけたくなかったり、意地悪になりたくないときに「建前」を使うときは、「建前」が親密さに繋がる気がします。

Cさん●  距離が近ければ近いほど、お互いをさげすむコミュニケーションがありますよね。

Fさん●  私もきょうだいとの間ではそうです。

Eさん●  分かります。私は「曖昧」なやりとりは苦手。

Fさん●  冗談が通じるのか、「曖昧」な表現をすべきか、実際はいつも判断しながらコミュニケーションをしていますね。

Aさん● 親しき仲にも礼儀あり」という日本語のことわざは、家族や友人などの親しい仲であっても、「建前」や礼儀が必要だと伝えています。「建前」は関係を深める方法ではありませんが、親密さを保つことはできます。

ダルスキー 今日はこのあたりにしましょうか。議論をしながら、学問分野の境界を何度も越えました。みなさんは気付きましたか。心理学、集団心理学、異文化理解、日本の漢字と中国語とを比べる言語学。日本とインドネシア、中国、タイを比較して、アメリカの概念の議論も起こりました。

回を重ねるにつれて、異文化を考える力が身についてきたのではないでしょうか。他の様々な概念でも、同じように考えて、批判的思考の訓練をしてみましょう。英語を使ったアカデミックな文脈での発表、議論の力もみなさんめきめきと身についていますね。

来週は、ドイツの大学生とオンラインで交流します。リラックスして楽しんでください。

❷ 授業を通して異文化を理解するプロセス

授業ではさまざまな問いを立てて、議論を重ねながら異文化を知り、考える。理解に近づいた特有の概念が増えるほど、その国への理解も深まってゆく

日本特有の概念

英訳

甘え

Presumed indulgence

本音/建前

True feelings / Overt behavior

集団意識

Group consciousness

Harmony

義理/恩

Obligation / Duty

面子

Face

Shame

ダルスキー  英訳だけではこぼれ落ちてしまうニュアンスがあるはず。読者のみなさんも、これらの概念を海外の人たちに伝えるならどうするか、ぜひ考えてみてください。

授業でテーマにする概念は、日本語だけではありません。中国語やインドネシア語に特有の概念を取り上げて、日本語に同じような意味を持つ表現があるかなどを考えることもあります。私のウェブサイトでは、授業内で取り扱うその国独自の概念を紹介しています。
https://www.interculturallab.com/

受講を終えて 受講生のコメント

Aさん 

日本人はなぜ本音と建前を使い分けるのか、いくつもある敬称の微妙な違いなど、普段は意識しないことを改めて言葉にして説明する機会でした。説明は、海外の方に向けたものですが、話をしながら私の中でも日本語や日本の文化への理解が深まるのを感じました。

なにより大切だと感じたのは、お互いの違いへの好奇心を持つこと。違いを遠ざけてしまうのではなく、「おもしろい!」と身を乗り出して話し合って、その中に共通点を見つけたとき、文化の相互理解が進むのだと学びました。

Fさん 

アメリカに5年間住んでいたので、英語には自信がありましたが、アカデミックな場での発言や議論には慣れていませんでした。これほど少人数で、議論が活発な授業を受けることも初めてでした。苦手意識のあった英語でのディスカッションへの抵抗がなくなりました。

これまで当たり前だと思っていた日本の文化を言葉にすることは難しかったです。言葉にしながら、言語そのものが文化を反映していることを知りました。リアルタイムの会話での議論は、反応がその場で届き、発言内容もより本音に近くなることがよかったです。私の中にある潜在的な固定観念を見直すきっかけになりましたし、外国の方の目を通した、日本の文化の姿を知ることができてとても興味深かったです。


David Dalsky
アメリカ合衆国出身。ミシシッピ大学Ph.D. in Social Psychology。2014年から現職。研究テーマは文化固有心理学的概念の質的・量的研究など。

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