授業に潜入! おもしろ学問 小島泰雄 教授 - 京都大学広報誌『紅萠』

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授業に潜入! おもしろ学問

2023年秋号

授業に潜入! おもしろ学問

人文・社会科学科目群/地域・文化 人文地理学各論II(村落)
移り変わる農村のあり方。21世紀の新たな農村の価値を描く

小島泰雄
人間・環境学研究科 教授

「農村」という言葉から、どんな風景を想像するだろうか。その名の通り、「田畑に囲まれた、農業をする場所」というイメージで語られがちだが、蓋を開けてみると、日本では農業で生計を立てる人はそれほど多くないのが実情。のどかな移住先、慣れ親しんだふるさと、第二の人生の拠点……。土地利用や人口移動のデータを片手に、農村地理学の手法で農村を眺めると、多面的な農村の価値が浮かび上がってきた。


まず、皆さんに問いかけてみましょう。「農村に住んでみたいですか」(❶)

学生A  ●  ぼくは「どちらかというと住んでみたいと思わない」です。都市から離れた場所で暮らしてきましたので、不便だという気持ちが強いです。

学生B  ● 行きたいイベントの開催は都市部が多いので、「住んでみたいと思わない」。田舎からは行きづらい。


都市の快適さや便利さは手放せないのですね。

 Q.農村に住んでみたいですか?

は1,100人の都市住民に、農村への定住願望を尋ねた2014年の世論調査の結果です。定住願望が「ある」は31.6%、「ない」は65.2%です。2005年、2021年の結果でも、約4分の1の人たちは農村に住んでもよいと思っていることが分かります。

では、「農村」とはなにか。そして「農村に暮らす」というとき、どんなイメージを私たちは持っているのか。これを今日の授業を通して考えます。まずは、他国の例を見ながら、日本の事例を相対化していきましょう。

❷  2014年度 内閣府世論調査 都市住民の農山漁村地域への定住願望の有無

は、1971年のイングランドにおける農村住宅区分です。イングランドにはロンドン、バーミンガム、マンチェスターという大都市があります。この3都市を結んだ距離は、日本に置き換えると名古屋、神戸、岡山ほどの距離。狭い範囲に都市部が集中しているのです。

区分の内容を補足すると、「漸移的な農村住宅」は特徴を決めきれない、多様な人たちの暮らす地域です。「軍の住宅」というのは基本的に借家。軍や農業労働者は借家住まいが多いです。「高級な持ち家」は、弁護士や会計士などの専門職が多く、大都市周辺に分布しています。「地方公営住宅」は工業従事者が多いです。1971年のイギリスの産業は、工業が衰退してゆく時期です。

学生C  ● 大まかな傾向としては、都市部の周りに高級住宅と軍の住宅、公営住宅があり、その周縁に農業関係の区分が分布しています。

さらに細かく見ると、都市部に近い農家は持ち家率が高く、周辺になるほど借家率が高いことが読み取れます。

Dさんは、日本の農村を想像するとき、借家と持ち家についてどんな状況を思い浮かべますか。

学生D  ● 農村は都市よりも土地代や家賃が低いこともあって、借家よりも持ち家の一軒家が多いイメージです。

日本は戦後に持ち家政策を推進しましたから、持ち家率の高い社会です。現在、日本で農村移住を考える人たちの悩みの一つが、農村に借家がないことだそうです。

一方で、イギリスの農村は借家が多い。農村の借家に農業従事者以外の人たちが入ってきているのですね。借家の存在が、イギリスの農村居住の多様性を生み出しています。

❸  1971年のイングランドにおける農村住宅区分


70年代の欧米で発生した「反都市化」

次はアメリカの例を見てみましょう。1960年から1973年のデータによると、この時期、アメリカの総人口は増えています。大都市圏、非大都市圏、農村の人口増加率に注目すると、1960年代は農村から大都市圏に人が流入しましたが、1970年代には農村にも人がどんどんと移入しています。

ちなみにこの時代のアメリカ社会は、都市への集中が落ち着いてきた時期です。日本と照らしてみると、どんな違いがあるでしょうか。

学生E  ● 日本でも、高度経済成長期の都市の過密状態や、バブル崩壊などの経済状況を理由に、都心から人が移ることは想像できます。ただ、農村にこれだけの人が移る理由は分かりません。

近代は都市化する社会だと考えられていた時期に、それとは異なる人口変動が発生したのが1970年代です。これを当時の地理学者たちは「反都市化」と捉えて、一時的なものか継続するのか、議論しました。しかし、1980年代に入ると、アメリカでは再び都市が成長します。

一方で、1980年代のヨーロッパでは、この動きが続きました。データによると、農村地域の人口の増加率に比べて、都市地域の増加率は低いです。とはいえ、農村に人が移っているのは確かですが、農村から農村に移ったのか、海外から来たのか、都市から農村に移ったのか、その内訳はデータからは読み取れません。

そもそも、人が動く・移るとはどういうことでしょうか。大学進学や就職は大きな契機になりますね。なんにせよいろいろな思いがあって引越しするはず。多様な動機があるなかで、都市から農村に向かう動機はなんでしょう。

イングランドの移住理由は様々で、都市での暮らしが難しくなったという経済的な理由や、退職、健康面の考慮、帰郷、コミュニティづくりなどがあげられます。それから、農村に憧れる中間層の移住も多いと想定されています。心地よく暮らせる場所を求めて移るということですね。

学生F  ● 私は農村に住んだことがなく、これからも農村移住を考えていない立場ですが、農村というと、ストレスフルな社会を離れて都市の喧騒から離れられるというよさを想起します。

都市のことはよく知っていても、農村というと皆さん、なにか固定されたイメージがあるのではないでしょうか。Fさんがおっしゃったような「牧歌的な農村」に憧れて移動するのではないかという議論は、「反都市化」が盛り上がった1970年代にはよく言われました。でも、実際の移動理由は多様。どうも憧れだけではなさそうだというのが現在の認識です。

国ごとの相違もあって単純化はできませんが、いずれにせよ欧米では「反都市化」の動きが見られる時期がありました。ですが、これまで日本ではこの動きはないとされてきました。しかし、近年、変化の兆しがあります。これを「田園回帰」という言葉で考えていきます。


2010年代に生まれた「田園回帰」の動き

「ふるさと回帰支援センター」を知っていますか。東京都心にある施設で、地方自治体の担当者が「移住しませんか」と、地域の魅力をアピールするセミナーなどを開いています。データによると、2008年の来訪者は年間1,800人でしたが、2014年には10,000人を突破し、増え続けています。セミナーの開催件数も2014年以降、急激に増えています。

学生G  ● 知名度が上がったのでしょうか。

確かにそれは重要ですね。一方で、社会の変化の反映だとすると、2010年代にどんな変化が起きたのでしょうか。

 Q.農村に住んでみたいですか?

学生G  ● ふるさと回帰への支援が手厚くなったのかも。

「田園回帰」という言葉は政策用語でもあります。それまでも言葉自体はあったようですが、社会に普及させる目的もあり、2014年頃から政策用語として使われるようになりました。この流れのなかで地方創生の政策に予算や人員が付いたことは伸び率に影響していそうです。なぜ、こうした政策が進められるのでしょう。

学生G  ● 農村の人口減少を解決するためでしょうか。

農村側のメリットはそうですね。地方創生の大きな課題は、いかに人口減少を緩和するか。では、都市の人たちが相談に来る理由はなんでしょう。でも見たように、2005年から2014年で農村定住に関心がある割合が10%増えています。社会の農村への関心が高まった結果、相談者が増えるとも考えられます。

は、日本の過疎農村への移住者数の増減を示しています。センターへの相談件数は増加しているとはいえ、これを見るとほとんどの農村で人口が減っています。移住者が増えたのは青色の部分。増えている場所に着目すると、いわゆる「田舎らしい田舎」なのです。


21世紀の農村の姿を考える

島根県における、30代女性の人口増減に注目したデータがあります。島根県は、多くの場所が中国山地に覆われていて、「田舎らしい田舎」が多く、過疎化が日本の中でも比較的早く始まりました。2008年から2013年のデータを見ると、30代女性の人口が増加傾向にあるのは全225地区のうち98地域。県庁所在地から離れた場所にも増えているのです。総人口は減少傾向なので、明るい未来ばかりを描けるわけではありませんが、半分弱の地域で、30代女性の割合が増加しているのは注目に値します。

なぜ、30代の女性が増えているのかには、明確な説明はされていません。代わりに、は日本各地の過疎地域への移住者が、現住地を選択した理由のデータです。恵まれた気候や自然環境が理由の移住は全体の47%、都市部からの移住者では半数を超えています。

学生H ● 30代の割合が高い項目は、家族や子育てに関わる理由が多いですね。

20代の頃は、東京などの都市部で就職する人が多いですが、東京の出生率はとても低いです。若者は集まるけれど、子育てが難しいのかもしれません。

学生H ● 意外に多いと感じたのが、スローライフや自給自足の生活への指向です。昔に比べると現代の生活様式は快適だと思うのですが、昔の暮らしへの憧れを抱く人が増えているのかも。

日本では多くの人が都市に居を構えるようになって、50年以上が経ち、ほころびが出ているのかもしれません。都市の暮らしは全てを満たしてくれるわけではない。家族との暮らしを大切にしたいけれど、都市の暮らしではそれが実現できないなど、都市生活への不満が読み取れます。

とはいえ、移住理由は一つではなくて、いろいろと考えながら自分の住処を選んでいる。そのときに、農村移住を選択する人が増えている状況を、現時点では「田園回帰」とみることができるのではないでしょうか。

農村といっても、現代において農村での暮らしは多様です。移住後に農業をする人はいますが、農業のために移住する人は多くありません。「農村=農業」ではない、新たな農村の価値を捉え直さないといけないと感じています。

最近では、感染症の影響で農村移住の動きが高まると言われましたが、実際には動きを加速する方向には動いていません。現代の人々が農村の価値をどのように受け止めているのかは、定まった内容を話せる段階にはまだないのが正直なところです。

私は農村研究者ですから、田園回帰の傾向を論理的に解明するのが仕事です。しかし、私に根付いているのはどうしても20世紀的な「農村=農業」の感覚。21世紀を生きる皆さんは、農村に対する印象も違うはず。21世紀の農村は皆さんだからこそ、適切に解釈できるのだろうと思います。皆さんの目で、農村の新たな価値を描いてくれることを期待しています。

❺  移住者が現住地を選択した理由



こじま・やすお
1961年、広島県に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士後期課程を中退。神戸市外国語大学教授などを経て、2011年から現職。研究テーマは中国農村の生活空間の変遷。

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