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授業に潜入! おもしろ学問

 

授業に潜入! おもしろ学問

自然科学科目群/物理学 みんなの物理Ⅱ
間違いを恥じることこそ間違い!
仮説実験授業で出会う物理の世界

舟橋春彦
国際高等教育院/人間・環境学研究科 教授

難しい学問名を冠した講義名が並ぶシラバスの中で、親しみやすさで断トツに目を引く「みんなの物理Ⅱ」。講義のねらいは物理学の知識の習得ではなく、「予想」を立て、理由を出し合い、議論し、実験で確かめる「仮説実験授業」の手法に基づき、科学の流儀を体験的に学ぶこと。予想と実験とを重ねていく中で、〈見えなかった〉物理の世界の動きが〈見えてくる〉。この「脳ミソ」の動きこそがこの講義の真髄。「間違ってもいい、ナントナクでもいい」。思いのままに、自由に予想を立てながら物理の世界に飛び込んでみよう。


舟橋春彦 教授

今日はペアで実験をしてもらいます。対をなしていない〈不対電子〉にならないよう、ペアが作れそうな席に座ってください(笑)。

周囲を見回し、めぼしい席に着席する学生たち。「今日は何が起こるのだろう」。期待のこもった眼差しを注ぐ学生たちに、舟橋教授から新たな問いが投げられる。

突然ですが、「電波」とは何でしょう。私たちは電波を使ってテレビを見たり、携帯電話で通話したりしています。支払いなどに使うICカードやドローンの操縦も電波を使う1例です。電波はとても身近にありますが、目に見えません。目に見えない電波を理解するには、自分で電波を飛ばし、それを受信してみることです。

目に見えない電波を知る第一歩

左/受信機 右/送信機

小さな受信機と送信機を用意しました。 送信機のボタンを押すと、電波が出ます。受信機が電波を受信すれば、このように電子音が鳴り、ランプがつく。テレビなどのリモコンと同じ仕組みです。

2人に1台、受信機を配ります、スイッチをオンにしてください。教壇の上の送信機から電波を送ります。

受信機は鳴るでしょうか?

鳴る

鳴らない

ほぼ全員が「鳴る」の予想。学生たちの表情にも自信がにじみ出る。

さて、送信機のボタンを押しましたよ。音が鳴った人はいますか──いませんね。実験結果は「鳴らない」です。

この受信機には足りないものがあります。送信機とは違い、アンテナが付いていません。送信機のそばではアンテナがなくても受信しますが、遠くにある時はアンテナが威力を発揮します。

そうは言っても、何を取り付けましょうか。アンテナは金属の棒ですから、針金を付けてみましょう。針金を配ります。針金でもアンテナとして働くでしょうか。

針金を取り付けた受信機

HYPOTHESIS–EXPERIMENT CLASS(Kasetsu )』板倉聖宣著/舟橋春彦・『科学と方法』英訳刊行委員会編
板倉氏の提唱した仮説実験授業の原著論文と代表的な授業書の英訳を収録。

「仮説実験授業」

科学教育の研究者である板倉聖宣氏が1963年に提唱した授業の理論と実践。予想を立てて実験する過程を通して科学上の最も基礎的な概念・法則を学び、科学とはどういうものかを体験する。

針金を付けたら受信機は

鳴る

鳴らない

先ほどの実験結果を受けて、「鳴らない」と予想する人が増えましたが、ほとんどの方が「鳴る」の予想ですね。では、ボタンを押します。

あちこちで鳴っています。どの受信機の音か分からないほどですが、ランプが点灯していれば受信しています。

電波を飛ばしてみよう

電波への理解をさらに深めるべく、送信機を作り、電波を飛ばしてみます。しかし、そんなに簡単に電波を飛ばせるのでしょうか。

電波は、自然現象によっても発生します。その一つが雷です。稲妻は巨大な電気火花です。電気火花が発生すると電波が飛び、それをラジオが雑音として受信することがあります。

電気火花から電波が飛ぶなら、電子ライターはどうでしょうか。ボタンを押すと電気火花が出て燃料に着火する仕組みです。 雷に比べるととても小さな電気火花ですが電子ライターは送信機になるでしょうか。受信アンテナから1メートルくらいのところでやってみます。

電子ライターの炎口の中で電気火花が発生しているのが分かる

ライターと受信機との間は1メートルほど。ブザーは鳴るだろうか?

1メートルくらいのところで受信機は

鳴る

鳴らない

予想は「鳴る・鳴らない」ほぼ半分ですね。理由を聞きましょう。他の人の理由を聞いての予想変更も大歓迎。この講義は「間違える練習」、「予想変更の練習」とも思ってくださいね。

学生A ● 電波は出ると思いますが、鳴るかというと……。受信機に周波数を合わせた訳ではない電子ライターの電波で鳴るのなら、携帯電話やWi-Fiの電波にも反応して、受信機のブザーは既に鳴りっぱなしのはず。

学生B ● 確かにテレビのリモコンはテレビだけと、セットでしか作用しないから、鳴らないのかな。

でも、Bさんの予想は「鳴る」。予想変更するかというと……。

学生B ●しません。なんとなく鳴った方が楽しい(笑)。

電子ライターと送信機との距離は1メートルほどです。スイッチを押しましたが──鳴りません。

果たして電子ライターから電波は飛んでいたのでしょうか。アンテナまで届かなかっただけで、近づけば鳴るかもしれません。

1センチメートルの距離では受信機は

鳴る

鳴らない

学生C ● 雷はエネルギーが大きいから電波も強いはず。ライターの電波はきっと弱いから、近くなら鳴りそうです。

学生D ● 電気火花が出ているからといって、電波も出ているかは分からないので です。

電気火花=電波ではないかもしれない、という予想ですね。

では、1センチの距離でスイッチを押してみます──鳴りました。

──「おぉー」。どよめきとともに、拍手が起こる。

電子ライターの中には「圧電素子」という電気部品が入っています。スイッチを押して、圧電素子に打撃を与えると、その衝撃で電子が押し出され、電気火花が出るのです。雷と同様、電気火花が起こるので、電波が飛びます。

電波には、電気を帯びた電子を激しく振動させる働きがあります。受信アンテナは針金。金属ですから「自由電子」があります。電子ライターから飛んだ電波は、受信機のアンテナの電子を「行ったり来たり」と振動させるのです。

〈シャカシャカ〉モデル

学生たちに説明しながら、時折、手に持った棒をシャカシャカと振る舟橋教授。細い透明の筒の中には、電子を模した銀色の球が詰められている。「自由電子が『行ったり来たり』振動することに注目する〈モデル〉です。他の要素を積極的に捨象することで本質を抽出しています。アリノママに認識することはできません。この後に登場する〈ばねモデル〉、〈人間モデル〉も同様です」。

さらに遠くまで飛ばす秘策

点火棒

電子ライターからもっと遠くに電波を飛ばすにはどうしたらいいでしょうか。受信機の時のように、送信側にもアンテナを付ければ、と思った人が目を付けたのが点火棒です。

点火棒は、受信機を……

電子ライターよりも遠くから鳴らすことができる

同じくらいの距離でないと鳴らせない

全く鳴らすことができない

「電子ライターより遠くから鳴らせる」と予想する学生が多数。「筒状の炎口と棒状のアンテナとでは、電子の動きが違うのでは」と、ライターと同距離からしか鳴らないと予想する学生も。

まず、近い距離では──鳴ります。少し離れても──鳴りますね。手を伸ばせば届くほどの距離ですが、少なくとも電子ライターよりは飛ばせます。点火棒の筒はアンテナの働きをしました。

では、アンテナの中で何が起きているのでしょう。スイッチを押して圧電素子から電子が押し出されると、筒の金属の中で激しく振動します。実は、電子が「行ったり来たり」激しく振動すると電波が飛ぶのです。


針金を取り付けた点火棒

もっと遠くまで電波を飛ばしたい、どうしましょうか。受信機と同じくらいの長さの針金を付けてみたら、という提案があります。

針金を付ければ、点火棒だけより遠くから受信機を……

より遠くから鳴らせる

同じくらいの距離でないと鳴らせない

鳴らない

の予想が優勢。 を選んだ少数派の受講生に理由を聞くと……。

学生B ● 筒と針金の金属の種類が違うと、振動は伝わらないかも。

学生E ● アンテナをくっ付けただけで、取って付けた感が……(笑)。あまり効果はなさそうです。

少しずつ電波が〈見えてきた〉学生たち。講義が進むにつれて議論が白熱する。

学生F ● 金属には自由電子がいるので、種類が違っても振動するはず。しかもアンテナがある分、遠くからでも鳴ると思います。

いざ、実験。スイッチを押しながら、受信機からどんどん離れる舟橋教授。点火棒だけの時には鳴らなくなった距離を難なく超えたが、ブザーは鳴り続ける。

先ほどと違って、手の届かない距離まで離れられました。手が届く距離ではリモコンの意味がありません。これでコタツから出なくてすむくらいにはなりましたね(笑)。さて、電波はどのくらいまで届くものでしょうか。屋外に出て、実験して体感しましょう。

教室を飛び出し、実験してみよう

屋外での実験では、2人に1組、アンテナ付きの点火棒と受信機が配られた。散らばっての実験もそこそこに舟橋教授から新たな問いかけが。「ふたつのアンテナを共に縦にして鳴る限界の距離より1歩近づきます。送信アンテナの向きを横にしたら受信機は鳴るでしょうか(写真中央)」。予想はほぼ半々。いざ実験してみると──〈鳴らない〉。「うまく電波をやりとりするには、受信アンテナと送信アンテナの向きが重要です。2つのアンテナの向きが平行に揃うほど遠くまで届きます」。もう1問。「魔法の杖を使うように、送信アンテナの先を受信機に向けてみましょう。鳴ると思いますか」。予想は〈鳴らない〉が優勢。試してみると──予想通り〈鳴らない〉。「電波はアンテナの先から飛ぶのではありません。送信アンテナの電子の振動が受信アンテナから見て取れない方向では電波を受け取れません。アンテナ同士が平行のときに最もうまく電波を受信できます」。それならば、と送信アンテナの針金を直角に曲げて試してみる学生も(写真右)。「新しい研究テーマが生まれましたね。結果はどうでしょうか」。舟橋教授の嬉しそうな顔が印象的だ。

送信機と受信機との間で何が起きている?

「電波が飛ぶ」と言いますが、一体何が飛んでいるのでしょう。今日は「ばねモデル」を用意しました。

2人1組になり、1人がばねモデルの片端をもう1人がもう片方を片手で持つ。1人がモデルを持たない手の人差し指でばねの端を一度だけ弾いて振動させる。

弾いてできた波は、スイッチを押して圧電素子に衝撃を与えた時の、アンテナの中の電子の振動に相当します。波はばねを進み、もう片側の人の手に振動が伝わります。ばねそのものが進んでいるのではなく、振動だけが伝わっています。


小刻みにばねを振り、波の数を増やそうとする学生たち

次は、片側の人は上下にばねを速く振り続けてください。片端から出た波が、もう片方の端まで進んで「反射」して帰ってくる波と重なり合って、「進んでいないように見える波」ができ、振動しない点(節)もできます。さらに速く振り続けると、節と節との距離が短くなります。瞬間の波の形の山の頂上から次の山の頂上までの長さを波長と言い、1秒間に振る回数を振動数(周波数)と言います。波長の短い波は振動数が多いです。

実験を終え、教室に戻った学生たちに新たなモデルが示された。

次は電波の「人間モデル」を作りましょう。スポーツの試合時、観客席で起こる「ウェーブ」をイメージして、教室の片端の人から順に両手を挙げてください。隣の人が手を挙げたら手を挙げ、次に伝わったら下げてください。人は移動しませんが、〈波〉が伝わっていきます。

右端の次は左端から、さらに前から、後ろからと波を作りましょう。ばねモデルは1次元でしたが、このモデルでは2次元的に、左右前後、斜めにも伝わります。水紋が丸く拡がっていくようにも。捉えにくいですが、電波は空間を3次元的に伝わっていきます。

さて、送信機との間に人間が立つと、受信機は……

鳴る

鳴らない

その他

学生F ● 鳴ると思います。人間にも自由電子があるとして、電波を受信すれば体内の電子が振動するから、電波が出て受信機に届く。

学生G ● 受信機と送信機の間にあるのは空気くらい。それなのに電波が飛ぶということは、空気が振動していると予想します。それなら、人の周囲を回り込んで振動が伝わりそう。

学生C ● テレビのリモコンを手でふさぐと、うまく送受信しないことがあります。人間の体は電波を遮ることができるのでは。

学生H ● Wi-Fiなどは室内でも問題なく受信できますが、リモコンは遮られると送信できない。電波の性質で反応は違うのかも。

いざ実験──学生が間に立つも、防御虚しくブザーが鳴った。人数を2人に増やしても、結果は同じ。

電波は、キャッチボールのボールのように、送信アンテナから何か〈もの〉が飛ぶのではありません。ばねモデルでも見たように、振動が伝わるだけです。振動の一部は人間にぶつかって反射しますが、周囲を回り込み、振動は伝わります。


では、電波が回り込めないように、受信機をプラスチックのケースに入れて蓋をすると?

プラスチックケースに入れると

鳴る

鳴らない

その他

学生I ● さっきの実験では人間も振動すると予想し、「鳴る」を選んだのですが、実験後の説明に「人間に反射する」とありました。ならば、プラスチックにも反射しそう。「鳴らない」に1票です。

学生E ● そうか、人間がはね返すならプラスチックもはね返すかも。「鳴らない」に予想変更します。

実験してみましょう──結果は「鳴る」でした。電波の振動はプラスチックでは邪魔できません。磁石と鉄との間をプラスチックで遮っても、鉄が寄せ付けられるのと同じです。とはいえ、これは程度の問題で、プラスチックが厚くなれば振動は伝わりません。人間の場合も、大人数でガッチリと遮れば電波が届かないことがありますし、携帯電話の電波が地下鉄やトンネル内で圏外になることを経験した人も多いでしょう。


次は、受信機を金属(アルミ)のケースに入れて蓋をします。

金属ケースに入れると……

鳴る

鳴らない

その他

学生B ● ケースの自由電子が電波を出すので、鳴ると思います。

学生J ● Eさんと考えは同じですが、ケースが振動することで逆に振動が収束してしまう気も……。分からなかったので、とりあえず

学生K ● アルミが振動すれば、中の金属も振動するはず。

Hさんは頷いていますが、予想は「 鳴らない」ですね。

学生H ● 根拠は、携帯電話をアルミホイルで包めば圏外になるという話を何かの作品で観たからです(笑)。プラスチックは振動しないからこそ、中に届いたのかも。振動するものがたくさんあるとあちこちに拡がって、届けたい所に届かない気も……。

学生C ● 私もドラマの『ガリレオ』で、アルミや鏡で携帯電話の電波を反射させる話を見ました。

学生L ● 「鳴らない」に変更で! 『ガリレオ』には逆らえない(笑)。

ドラマのエピソードはある程度真実を反映しているのではないかとの予想ですね(笑)。では、電波を発振してみます──鳴りません。

電波が届き、金属ケースの電子が激しく振動すると、全て反射してしまって、透り抜けられません。金属の網でも結果は同じ。正確に理解するには、電磁気学の計算が必要です。納得のいかないことがあればチャンス。電磁気学の勉強を始めましょう(笑)。

想像力の幅を広げてみましょう

電波の振動は、空気のない真空の宇宙空間でも伝わります。宇宙ステーションからの映像や音声は地球に届きますね。何もない真空の宇宙でも電波が伝わるということは、電波は〈もの〉を介して伝わっているのではない証拠です。

講義では、ばねや人間などの〈もの〉をモデルにして、電波の振る舞いだけを抽出しましたが、実際は「真空が震えている」というのが現代物理のイメージです。〈真空〉はただ思弁的な「空っぽ」というワケではありません、「無能」ではありません。「〈もの〉がないのに機能がある」というのは日常のイメージを超えるかもしれませんが、真空には少なくとも「電波を伝える機能」があるのです。

今日の講義はいかがでしたか。「脳ミソ」を動かしてくれたいろいろな発言に拍手!

数々の実験を経て、頭の中では〈電波〉と〈振動〉とが強く結び付く。知らない頃にはもう戻れない。飛び交う電波を想像すれば、受講した学生はもちろん、読者もきっと、頭の中で「シャカシャカ」と電子のイメージを振動させてしまうはずだ。


ふなはし・はるひこ
1963年、愛知県に生まれる。京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。京都大学大学院理学研究科講師、大阪電気通信大学工学部助教授、京都大学高等教育研究開発推進機構を経て、2013年から現職。

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