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萌芽のきらめき・結実のとき

2021年秋号

萌芽のきらめき・結実のとき

「もっと速く、正確に」を追求。緊急地震速報システムの立役者

山田真澄
防災研究所 助教

けたたましい音で鳴り響く不協和音で、地震の発生を知らせる緊急地震速報。速報から揺れが起こるまでの時間は、数秒から数十秒。安全な場所に移動したり、避難したり、このわずかな数秒の行動が被害の状況を大きく左右する。いまや当たり前のように携帯電話などに通知される緊急地震速報だが、現在、稼働しているシステムは2代目。東日本大震災の失敗をふまえて改良されたシステムの土台を築いたのが山田真澄助教だ。

山田真澄助教

地震が起こると、振動は波となり地中を伝う。地震波と呼ばれるこの波が地表に到達すると、私たちは地面が「揺れた」と感じる。地震波にはいくつかの種類があり、建物の倒壊などの甚大な被害を引き起こすのは波と呼ばれる強い振動。気象庁の運営する緊急地震速報は、危険なS波の到達を携帯電話やテレビなどを通して知らせるシステムだ。

「一般向けに緊急地震速報の提供を開始したのは2007年。これまでに200回以上の地震を知らせてきました。現在のシステムは、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)での経験をふまえ、新たに改良したものです」。新システムに使われる震源決定の手法を開発したのが山田真澄助教。丁寧な口ぶりに責任感がにじむ。

東日本大震災後に増えた緊急地震速報の誤報

緊急地震速報は、S波よりも先に地表に到達するP波を利用し、地震の到来を知らせるもの。S波に比べて揺れが小さく、速度の速いP波を検知すると、即座に震源地とマグニチュードを推定。最大震度を5弱以上と推定した場合に、震度4以上の揺れが予想される地域に速報を発信する。しかし、東北地方太平洋沖地震の発生以降、予想震度と観測震度とに誤差が生じたり、震源地を誤って発信するなどの誤報が多発。「すぐさま気象庁と共同で、新たなシステムの開発に着手しました」。

当時のプログラムの誤報の原因は、同時刻に別の場所で発生した地震を1つの地震と認識してしまうこと。東北地方太平洋沖地震の影響で余震が多発したことで、隠れていた課題が浮き彫りになった。小規模の地震で速報が発表されると、交通機関の運行に影響を与えるなどの混乱を招く恐れがある。「震源決定時の計算プログラムを見直し、複数の地震が同時に発生しても、区別して処理できる震源決定の手法『IPF法』を開発しました」。開発からわずか2年後の2016年には、この手法を導入した緊急地震速報のシステムが動き始めた。「学術研究は、成果を出してすぐに実用化へと結びつくことの少ない世界です。社会に実装され、役に立てた実感を味わえたのは嬉しかったです」。

2011年3月22日12時38分頃に発生した地震

山田助教の開発したIPF法を用いた震源決定のシミュレーション(中央)。IPF法では、これまで計算に加えていなかった揺れていない場所を計算に用いることで、従来は区別できなかった2つの地震を、別の地震であると識別できるようになった
上図(地図)/気象庁ホームページポスター「進化し続ける緊急地震速報」(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/eew_poster/index.html)をもとに作図
下図/Wuet al(GJI, 2015)をもとに作図

最先端をけん引する日本の地震研究

日本は世界有数の地震大国。1年間に世界で起こる地震の1割、マグニチュード6を超える地震ではおよそ2割が日本の周囲で発生する。「ゆえに、緊急地震速報の技術は日本がトップランナーです」。

技術の礎となるのは、高い密度で日本中に張り巡らされた地震観測網。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)を機に整備が進んだ。緊急地震速報の処理に使う地震観測点は、日本国内におよそ1000か所。地震発生後に揺れを記録する震度観測点に至っては4000か所以上が設置されている。気象庁や防災科学技術研究所、大学など、管理者は様々だが、観測データはすべてオンライン上に公開され、世界中から利用可能。「故障時はすぐに修理・交換する体制も整い、途切れることなく地震を記録しています。これだけのデータを公開する国はほかになく、他国の地震学者にとっても、日本のデータは貴重な研究材料です」。

地震の発生が多ければ、緊急地震速報の発信回数も増える。「システムというのは、失敗をふまえて改良する過程で進化します。経験値の違いは精度に直結します」。アメリカや台湾、メキシコなどでも緊急地震速報は導入されているが、地震発生から発信までのタイムラグは大きいという。「市民に聞いても、『いつも遅れて通知がくるあれね』と関心は高くありません。日本の緊急地震速報は、地震の観測から配信までを1秒以内で処理します。日本のシステムに学びたいという声は多く、シンポジウムなどを通して積極的に情報発信しています」。

観測技術の進歩が地震学の未来を拓く

地震とは、地中で起こる岩盤のずれが引き起こす現象。地震学者にとって難儀なのは、現象そのものを直接に目で見られないこと。「地震について分かっているのはほんの一握り。そのわずかな情報を手掛かりに、地表からその姿を捉えようと研究者たちは苦心しています」。

目視できない地震を捉える材料となるのが、波形などの観測データ。しかし、現状はデータ量が全く足りていないという。希望の光は、年々向上する観測技術。「『点』の観測は、その場所の情報しか分かりません。線や面でデータを取得できれば、揺れの変化などを詳細に記録できるでしょう」。期待されているのは、光ファイバー・ケーブルを活用した観測。広範囲のデータ取得には多くの地震計が必要で費用がかさむが、この方法なら、すでに設置済みの光ファイバー・ケーブルの両端に機械を取り付けるだけ。「インターネット通信や映像中継用の光海底ケーブルに取り付ければ、かなりの長距離データが取得できます。地震の新たな姿を描けるはず」。

緊急地震速報のさらなる迅速化、正確性の向上を目指す研究のほか、地震計を活用した地すべりの研究にも注力する。地すべりとは、斜面の土砂などが重力で下方へと移動する現象で、豪雨や融雪、地震などが引き金となる。一度に移動する土塊の量が多く、家屋や田畑などに甚大な被害を及ぼすこともある。「大規模な地すべりの振動は地震計に検知されます。日本の地震観測網を使えば、地震と同じように発生直後に発生地や規模を検知・発信できるはず。海外では、火山の噴火で崩れた山の土砂が海中に流れ込み、津波を引き起こす『地すべり津波』が報告されています。データを集め、地すべりの検知システムを開発することが目下の目標です」。

予測できない〈想定外〉に備える

新たな現象の発見を目指す科学とは違い、緊急地震速報の研究は現行のシステムの改善を目的とするもの。「新発見こそサイエンスの醍醐味」という考えは根強く、防災上の重要性に反して研究者は少ないのだという。「私も、みずからの手で情報を手繰り寄せながら、未知の事象に迫るという研究の過程に魅せられた一人です。でも、私にとっての研究は社会に還元されてこそ。理学的なアプローチをとることもありますが、根底には『社会の役に立ちたい』という思いが流れています」。

「1,000年に1度の大災害」と言われた東日本大震災から10年。近い将来には、南海トラフ巨大地震の発生も指摘されている。開発の大仕事を終えてなお、「社会のために」という思いが山田助教を駆り立てる。「〈想定外〉の災害はこれからも起こるでしょう。そのときに緊急地震速報が力を発揮できるよう、改善する努力を続けます。開発以上に、システムを生き続けさせることが重要なのです」。

世界各地のフィールドに赴き、地震の調査や観測をする。2015年ネパールゴルカ地震の後に行った建物被害調査。

2018年台湾花蓮地震の震源地の地盤観測調査。日台の研究者で協力して行った


やまだ・ますみ
1978年、愛知県名古屋市に生まれる。京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。カリフォルニア工科大学理工学科 Ph.D.課程修了。京都大学次世代開拓研究ユニット助教を経て、2011年から現職。緊急地震速報の精度向上の功績で、2017年に気象庁長官表彰を受賞。

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