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京大医学を掘り起こす 最先端の「知の創造」が医学・医療の未来を切り拓く[前編]京大医学を掘り起こす 最先端の「知の創造」が医学・医療の未来を切り拓く[前編]

 京都大学の医学は、長い歴史の中で、世界に存在感を示してきた。数々の業績が生まれる根っこにあるものは何か、研究科長をはじめ研究者に話を聞きながら探ると、京都大学の医学に受け継がれてきた「知の創造」のあり方を紐解く2つの視点が見えてきた。前編では、そのうちの一つ、研究マインドにスポットを当てる。

基礎医学研究で世界をリード

 京都大学の医学の歴史は、京都帝国大学が創設された2年後、1899年の医科大学開校とともに始まった。医学科及び附属医院から成る医科大学は、創設以来、「人類の健康と福祉に貢献する」ことを使命として成長・発展を遂げ、現在、医学部2学科、大学院医学研究科5専攻を擁する全国屈指の規模を誇る組織となっている。

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基礎医学記念講堂・医学部資料館(旧解剖学講堂)

発掘先SOURCE of DISCOVERY

 京都大学の医学の伝統として守り継がれてきたのは、研究活動の重視の姿勢である。基礎医学分野は言うまでもなく、1941年、当時は不治の病だった結核の治療・予防研究を目的とした結核研究所が附置されるなど、臨床医学分野でも早くから研究を推進した。戦後も、基礎医学分野の大学附置研究所として戦後初となったウイルス研究所が1956年に附置されるなど、先駆的な研究開発によって医学研究をリードしてきた。

 歴史に名を残す世界的な研究者も、数多く輩出している。古くは、病理学講座の初代教授・藤浪鑑教授が、ニワトリに肉腫を発現させるウイルスを発見し、ウイルスによるがん解明の先駆けとなった。岡本耕造教授は、重症の高血圧症を自然発症するラットを開発。ヒト高血圧症のモデルとして全世界で使われ、高血圧症の要因の解明や予防治療法の進展に大きく貢献した。

 また、分子生物学分野には、様々な生理活性物質の生成や薬物の代謝に関わる酸素添加酵素を世界で初めて発見した早石修教授がいる。早石教授は多くの優秀な科学者を世に送り出したことでも知られるが、その一人が沼正作教授だ。神経伝達物質の受容体、イオンチャンネルの一次構造を世界で初めて解明するなど素晴らしい成果をあげ、沼研究室は1980年代から1990年代の初頭にかけて世界の分子神経生物学をリードした。

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藤浪鑑教授

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早石修教授

ノーベル賞受賞者を生み出した風土

 近年では、2人のノーベル賞受賞者も誕生している。山中伸弥教授は、2006年、再生医科学研究所(現:ウイルス・再生医科学研究所)の教授として世界で初めてマウスiPS細胞を作製、翌年にはヒトでも成功を収めた。2012年には「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」により、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。現在、山中教授が所長を務めるiPS細胞研究所は、iPS細胞を利用した新たな生命科学と再生医療をはじめとした新たな医療の開拓に邁進している。

 もう一人は、本庶佑特別教授だ。免疫細胞にあって免疫作用のブレーキの役割を果たしているタンパク質PD-1を見出し、湊長博現京都大学総長との共同研究で、PD-1の機能の阻害ががん治療に貢献することを実証した。がん治療に革命を起こしたこの研究によって、2018年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

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岩井研究科長からお祝いのことばを受ける本庶特別教授

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受賞の挨拶をする本庶特別教授

 こうした世界に誇る数々の成果が生み出されてきた京都大学の医学の研究風土について、医学研究科長・医学部長の岩井一宏教授は、「指導を受けた先生方からは、『研究者なら、すでにわかっていることを応用するより、もっと本質的な仕事をすべき』とよく言われました。先を歩く先生方、先輩方の薫陶によって、人と違うことをしよう、基本原理を解明しようという志向が、知らず知らずのうちに身についていくのだと思います」と語る。

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京都大学医学の研究風土について語る岩井一宏研究科長

 ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)副拠点長の伊佐正教授は、2015年に国立の研究所から京都大学に移って、他とは違う雰囲気を実感したと言う。「『楽しいこと』『好きなこと』を奨励する空気や、『人と違うことをしていること』へのリスペクトやサポートの文化を感じます」と話す。ASHBiの拠点長を務める斎藤通紀教授は、自由で干渉されない環境があるのが、京都大学の医学の良き伝統だと話す。「伝統とされてきた自由さやユニークさを大切だと考え、研究者たるもの何をすべきなのかを考える文化の存在が、これからも京都大学らしい研究風土を支える底力になる」と考えている。

 臨床の場でもこうした風土は息づいている。がんの機構解明で先端の研究を行う医学研究科消化器内科学・妹尾浩教授は、「好き勝手にやらせてもらった」と若い頃を振り返る。「ポテンシャルのある人が自分の専門、興味を持つ領域を自由闊達に研究し、そうした多方向を向くベクトルが、いつの間にか臨床も研究も発展していくような上向きの形にゆるくまとまっていく」のが、京都大学の研究志向をさらに高めていくことにつながると話す。基礎研究の成果を優れた治療薬の開発につなげている医学研究科皮膚科学・椛島健治教授は、「京大の人は、みんな自分が一番すごいと思っている」と笑い、京大にはサイエンスに対するフェアな視線を持ち、忖度せずに議論し合える環境があると話す。「だからこそ、京大の基礎研究は非常に優れています。いい薬は、こうした誰にも真似のできない優れた研究がなくては生まれないのです」

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妹尾浩教授は、自由闊達な空気が京都大学の医学の魅力だと話す

妹尾浩教授の研究
がん細胞の進展過程を経時的に可視化

 妹尾教授は、食道、胃、腸、肝臓、すい臓、胆のうという様々な消化器の診断・治療とともに、消化器のがん、免疫、再生など幅広い領域を対象にした基礎研究を行っている。「守備範囲は広くても、各疾患について未病から進行した段階までの全体像を俯瞰し、そのメカニズムを理解することで診断・治療へ結びつけていくというアプローチは共通しています」と研究のスタンスを語る。
 研究テーマの一つは、消化器がんの進展過程の再現。マウスやヒト3次元培養系に遺伝子操作を加えてがんの段階ごとに違う病態を再現し、時間軸に沿って進展のプロセスを可視化している。がんの進行過程では、がん幹細胞という大もとのがん細胞から子孫のがん細胞が増えていくことが想定されている。妹尾教授は、消化器がんのがん幹細胞やその動態を可視化する過程で、段階ごとの共通性や違いを抽出し、がん進展のメカニズムと介入標的になるシーズを明らかにする。経時的な変化を通して全体像を捉えることで、これ以上悪化させないためにどうするか、生体が持っている機構を活かして引き返させるにはどうしたらいいかなど、治療・予防法開発への応用が期待できる研究だ。
 「細胞が分化して、なぜこのような組織や臓器になるのか、個体生存のシステムがどのように維持されるのか、さらにそれが壊れることでなぜ病気になるのかを、目で見てわかりやすい形で解析していきたい」と今後の抱負を語る妹尾教授。「病気の本質に迫り、治療・診断のスキームを変えてしまうような、新しいコンセプトを提唱する研究」が、その理想とするところだ。

研究マインドを育てる教育プログラム

 「人と違う」ことを尊重する「自由」な研究風土を守りながら、一方で、医学・医療分野の大きな変化に対応した人材養成に力を入れ、いち早く大胆な大学院改革に着手した。

 医学・医療分野では、1990年代から人間を一つの生命体として分子や細胞、個体レベルで探求する動きが加速し、生物学との融合が進んできた。病気の原因や病態の機構も生物学として探求・理解されるようになり、患者に接して診断・治療を行う臨床医学とその基礎となる基礎医学との垣根もなくなってきている。このような変化に応えて、2000年、医学研究科に、医学専攻に加えて医科学専攻を設置。医学以外の理学、工学など幅広い自然科学分野の知識を持つ学生に医科学研究者への道を開いた。

 医学・医療分野の変化としては、経験のみに頼らないEBM(Evidence-Based Medicine : 根拠に基づく医療)の進展も顕著だ。人を対象にして病原や病態を理解し、病気の診断、治療、予防の方法の改善をめざす臨床研究が以前に増して重視され、疫学や統計学を使った臨床研究や、基礎研究の成果を実用化に結びつける橋渡し研究の重要性が高まっている。京都大学の医学は、日本で初めての公衆衛生大学院として社会健康医学系専攻を設置して、こうした流れをリード。疫学や医療統計学をはじめ、病気の予防や健康の増進、医療の質・経済的評価など幅広い分野にわたる教育・研究を推進している。

 大学に入りたての頃から研究への興味と感度を育てる、学部教育のユニークな取り組みであるMD研究者育成プログラムも注目できる。1年次後期から2年次までは6ヵ月ごとに研究室をローテーションして異なる分野の研究に触れることができ、3年次からは配属研究室を決定して講義、実習の合間を縫って研究に従事できる仕組み。大学に入学して間もない段階から様々な研究ジャンルを体験し、興味を発見するとともに、基礎医学研究の面白みや醍醐味を肌で感じてもらう。4年次には、夏休み期間を含めた3カ月程度、自主的な研究活動ができる「マイコースプログラム」も設けている。学内だけでなく他大学や医療機関、海外の大学・研究所などで研究することで異なる視点やアプローチを吸収できる、他流試合型プログラムである。こうして育てた研究志向とキャリアの両立を支援する「MD-PhD(医学研究者養成)コース」も用意されている。基礎医学あるいは社会医学系に進学した若手には博士課程の時期には経済的なサポートも実施している。

 岩井研究科長・医学部長は「私たちの研究は、未知なるものを明らかにすることが基本です」と語り、京都大学の医学の研究姿勢の根幹に新たな知の創造への希求があることを示す。それをめざして、より本質に近づこうと探求を続ける研究マインドを、若い人たちにも受け継いでもらおうと教育プログラムの改革に心を砕いてきた。「本質を知ろうとする営みからしか人体や疾患の機構に関わる基本原理は見出せないし、新たな基本原理の発見がなければ、本当の意味で医療が進歩することはないからです」という言葉に、京都大学の医学の使命と伝統を継承する意義が浮かび上がる。

京大医学の発掘ポイントPOINT of DISCOVERY
  1. ノーベル賞をはじめ世界から評価される業績の厚み
  2. 「人と違うこと」を「自由」にできる文化の継承
  3. 医療・医学の変化に応えた人材育成プログラム
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