発掘、京大

京都大学の宇宙学を掘り起こす 宇宙社会への挑戦―宇宙総合学研究ユニット京都大学の宇宙学を掘り起こす 宇宙社会への挑戦―宇宙総合学研究ユニット

人類全体のためのユニット

 100年以上の歴史を持ち、林忠四郎先生をはじめとする世界的な研究者も輩出してきた京都大学の宇宙研究。その特色は、天文学、宇宙物理学、宇宙工学から、生物学や医学、防災学、倫理学、人類学など人文社会系にまで及ぶ、幅広い分野を含んだ学際的な研究アプローチにある。研究者たちの活動拠点として、2008年に「宇宙総合学研究ユニット」(以下、宇宙ユニット)を創設したことが、大きなエポックとなった。

 宇宙ユニット設立のきっかけの一つとなったのが、2006年、小山勝二名誉教授らのグループが、1006年に陰陽師が観測し藤原定家が『明月記』に書き残した超新星爆発を、千年を経て日本のX線天文衛星「すざく」で観測したことである。超新星爆発は千年の間に膨張し続け、巨大なガス球になっていた。この話題性のある取り組みを契機に、京都大学の幅広い領域で宇宙研究を総合的に活用しようという機運が高まった。

 この頃、宇宙ユニットの創設メンバーで、前 京都大学大学院理学研究科附属天文台長・柴田一成教授は、前総長であり当時は副学長を務めていた松本紘名誉教授から「京大は、先進的で幅広い宇宙理工学研究を行っており世界的な研究者もいるのに、全然お互いに協力し合っていないのはもったいない、宇宙ユニットをつくったらどうや」と背中を押されたという。これは酒席での出来事だったようで、自由な発想が自由な集いの場から生まれたというのが、なんとも宇宙ユニットらしいはじまり方である。

 かくして2008年4月、宇宙ユニットがスタートした。初代ユニット長には小山先生が、副ユニット長には柴田先生と、当時は生存圏研究所教授で2018年からJAXAの理事長を務める山川宏先生が就任した。現在、京都大学には35もの分野横断型のユニットが活動しているが、宇宙ユニットはこの第一号となる。人類が宇宙に行くために、地球と宇宙で生きていくために、自然科学から人文社会科学まで幅広い分野にわたる総合的な研究が必要である。そんな考えのもと、当初から人類全体のための「宇宙総合学の開拓」をめざした宇宙ユニットは、設立して10年以上が経つ現在もなお、世界でも類を見ないユニークな研究組織となっている。

宇宙ユニットの誕生秘話を語る柴田一成先生イメージ

宇宙ユニットの誕生秘話を語る柴田一成先生

発掘先SOURCE of DISCOVERY

新しい学問の創造

 とはいえ、宇宙ユニットの船出は順風満帆とは言いがたかった。ボトルネックとなったのは、学際連携である。「理工系でも、違う分野の人とは交流がほとんどなかったし、知り合っても対話するのが大変。お互い、聞いてもすぐにわからないような専門用語ばかり使うんです(笑)。互いに歩み寄って、共通の言葉で議論するというところから始めないといけなかった」と柴田先生。

 人文社会系の場合はさらに大変で、宇宙に興味のある人が誰でどこにいるかが、まずわからなかった。「『この人面白いかも』と聞いたら、『じゃあ、紹介してください』という感じで、最初の1年はつてをたどって足で営業しました。『すいません、宇宙に興味ありませんか』と飛び込み営業をやるわけです」。そう話すのは、発足時唯一の専任教員として宇宙ユニット創成期を支え、現在は京都市立芸術大学准教授として教鞭を執る傍ら宇宙ユニット特任准教授を務める磯部洋明先生だ。「宇宙ユニットは、あらかじめやるべきことを決めて集まったのでなく、集まって何か面白いことをやろう、というスタンスでしたね」とも振り返る。

宇宙ユニット創成期を振り返る磯部洋明先生イメージ

宇宙ユニット創成期を振り返る磯部洋明先生

 このような活動から、宇宙を活動領域とすることで生じる倫理問題を研究する宇宙倫理学、宇宙という新しいフィールドから人類を見つめ直す宇宙人類学という新しい学問が生まれ、2013年には応用哲学会や文化人類学会などの学会でセッションが行われるようになった。人工衛星のデータと古い時代の絵図や古文書の情報を融合する宇宙人文学、歴史文献を使った太陽活動の研究など新たな領域へも広がっている。

 「歴史文献と太陽活動の研究は、大学院生がやり始めたこと。『あ、そういうのもありなのか』と感じさせる空気がユニットにあって、それが新たな研究や取り組みにつながったというのはあります」

『宇宙倫理学』は、2018年12月に昭和堂より出版されたイメージ

『宇宙倫理学』は、2018年12月に昭和堂より出版された

 2016年からは宇宙飛行士として活躍した土井隆雄さんを迎え、有人宇宙活動のための研究にも取り組んでいる。学生を被験者に、航空機の放物線飛行で数十秒の微小重力・過重力状態をつくりだし時空間認知の変化を調べるパラボリックフライト実験や、スマートフォンなどを没収し外界との接触を断って集団生活を行う閉鎖環境実験などを実施。この有人宇宙学の分野では、今後、宇宙飛行士に対する放射線や無重力の影響を探る宇宙医学の研究を進めていく。

学生が被験者となり、パラボリックフライト実験を実施イメージ

学生が被験者となり、パラボリックフライト実験を実施

発掘先SOURCE of DISCOVERY

宇宙総合学への可能性

 宇宙ユニットの研究テーマの一つに、フレアや磁気嵐などが地球に与える影響について、ビッグデータ分析を活用して予測する宇宙天気予報の実用化がある。「その先には、人文社会系の研究者とも協力し、宇宙由来の大災害をどう防ぐかという宇宙防災学への展開が考えられます」と柴田先生は今後の可能性を口にする。その切り口の一つとして、京都大学総合生存学館とケンブリッジ大学生存リスク研究センター(CSER)との連携に協力。太陽フレアのリスク評価研究や人類の生存に関わる様々なワークショップを共同で進めるほか、宇宙ユニットの活動に参加している総合生存学館の大学院生がCSERに長期滞在して研究を行っている。

山敷庸亮総合生存学館教授(宇宙総合学研究ユニット副ユニット長)がケンブリッジ大学に訪問し、相互学術協定の協定書を交わしたイメージ

山敷庸亮総合生存学館教授(宇宙総合学研究ユニット副ユニット長)がケンブリッジ大学に訪問し、相互学術協定の協定書を交わした

 2018年には、国際有人宇宙探査計画、宇宙資源開発や宇宙旅行を含む民間宇宙ビジネスなど今後の宇宙活動についてのELSI研究調査を行い、現在の状況や今後予想されるシナリオ、社会が向き合っていかなければならない問題を報告書としてまとめた。これは当時宇宙ユニットの特定研究員で、現在は大阪大学で研究を行う哲学者・呉羽真先生が主導したプロジェクト。ELSIとは、Ethical(倫理的)、Legal(法的)、and Social Implications(社会的含意)の頭文字であり、科学技術の発展に伴って起こり得る影響や課題を、社会に導入する前に特定し、対応を検討することを指す。生命科学やIT分野では活発に行われてきたが、宇宙活動を対象とする専門的・網羅的なELSIの研究は世界初。一般市民を含む多様な人々が議論できる知識の土台を提供し、宇宙活動が社会とともに発展していくことをめざした取り組みだ。宇宙総合学として、世界にないものを生み出し続けていくのが京大宇宙学なのである。

世界初となる宇宙活動を対象としたELSI研究調査を実施イメージ

世界初となる宇宙活動を対象としたELSI研究調査を実施

人や社会とつながる学問

 研究だけでなく、当初から宇宙に関わる教育や普及、市民とのコミュニケーションを目的とした多彩なイベントを開いているのも、宇宙ユニットの特色だ。「アマチュア天文学の聖地」として愛される花山天文台をルーツの一つとする宇宙ユニットには、学問を一般の人に伝えるというカルチャーが、さまざまな形で根付き進化しているのだ。

 例えば、研究者がお坊さんとお寺で宇宙や学問、宗教などについて語り合う「お寺で宇宙学」。このイベントは、「科学的なものも、宗教的なものも、アプローチや内容は違うものの、生きるうえでよりどころになるときがある。だからこそ、これら二つと一般の人とのよりよい関係をつくれないか」(磯部先生)という思いではじまったという。

 他にも、最新の宇宙科学の成果を盛り込んだオリジナル落語を上演する「京大宇宙落語会」、茶人、書家、香司、陶芸家など日本の伝統文化を中心にさまざまな分野の方とコラボする「宇宙と○○シリーズ」、完全託児制にした子育て世代向け天文講演会など実験的・先進的な試みも多い。「『宇宙○○』というだけでネタ感があるというか、面白そうでしょう(笑)。科学と一般の人とのコミュニケーションが大切だという気持ちと、どうせやるなら楽しいことをしたいという思いの両方が多彩な活動のモチベーションになりました」と磯部先生は話す。

 宇宙ユニットの活動自体が、京大宇宙学があらゆる学問や社会とつながる学問であることを次々と証明してみせている。宇宙進出が本格化しつつある時代に人類には何ができるのか、豊かな創造の場としてさらなる挑戦が期待されている。

研究者とお坊さんが語り合う「お寺で宇宙学」イメージ

研究者とお坊さんが語り合う「お寺で宇宙学」

発掘先SOURCE of DISCOVERY
宇宙科学の成果を落語で伝える「京大宇宙落語会」イメージ

宇宙科学の成果を落語で伝える「京大宇宙落語会」

京大宇宙学の発掘ポイントPOINT of DISCOVERY
  1. 目的を初めから限定せず多彩な研究者が集まるから面白くなる
  2. 若手研究者や大学院生の自由な発想を大切にする環境がある
  3. 人や社会にとって科学が果たすべき役割を創造し実践していく
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