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VOL.4 宗本 順三 教授(大学院工学研究科)

宗本 順三 教授 建築デザインは、ある意味でサイエンスそのもの、またある意味では人間そのものなんです。

宗本 順三(むねもと じゅんぞう)先生は昨年、静岡県にあるヴァンジ彫刻庭園美術館の設計に対して、石材を活かした建築に贈られる世界的に有名な建築賞「マーブル・アーキテクチュラル・アワーズ2005」の景観デザイン部門大賞を受賞されました。この美術館は、現代イタリアを代表する彫刻家、ジュリアーノ・ヴァンジ氏の、世界唯一の個人美術館で、彫刻と調和する現代的な空間でありながら極めて日本的な作品であるとの高い評価を受けたものです。宗本先生はこれまでにも、日本建築学会賞(論文)、BCS賞や公共建築賞など、数多くの賞を受けておられますが、国際賞は初受賞。今回は宗本先生に、建築家の仕事、その苦悩と喜びなどについておうかがいしました。

「建築デザインは、学者にはもっとも向いていない分野ですね。」

宗本先生の研究室では、「人間はどうやって設計の解を見出しているか」をテーマにした研究がなされている。わかりやすく言えば、ある建築を設計するとき、建築現場の環境からくる制約や、依頼主の要望、設計者の考え方や好みといった、さまざまな条件や問題が起こってくるわけだが、これらは往々にして互いに矛盾していたり、一見不可能とも思える条件があったりする。それらに対して、設計者はどのようにして解決策を導き出すかというプロセスについての研究と言えるだろう。

しかし建築をめぐる問題は、数学や物理のように絶対的な規準のなく数多くの解が存在する「多解性の問題」であったり、解が存在するかどうかすらわからない「輪郭の不明確な問題」であったり、果ては設計の進行に従って次から次へと問題や条件が追加されてくる不完全な「悪構造問題」であったりする。建築家は、このような矛盾した困難な問題に対して、たとえ100%でなくとも、関係者が互いに納得できる解答を見出さなければならないのだ。「建築デザインは、学者にはもっとも向いていない分野ですよね」と宗本先生は笑う。

「ふと生まれてくる建築が、時代を捉えていたりするんです。」

それでは、こういった困難な問題に直面したとき、設計者たちはどのようにして解決していくのだろう。宗本先生は、一般的に「試行錯誤」「生成と吟味」「発見的推論」の3つの方法があると言う。

「試行錯誤」は、まったく問題の構造がわからないとき、手当たり次第やってみる方法で、設計者はこの中で次第に解決を得る方法などを学習していく。次に「生成と吟味」では、問題に関して持っている知識を動員しながら試行錯誤を行う方法で、単純な試行錯誤よりも効率よく解決に導くことができる。

これらふたつの方法は、今では対話型のコンピュータシステムを使って、かなりのレベルまで解決することができる。しかし、一見して論理的に不可能とも思えるような矛盾した問題に出くわした場合、設計者は自分が「よい建築だ」と思う規範にもとづいて、その時代や状況、建築される場所に最適と思われる解決法を得る。これが「発見的推論」で、コンピュータでは追いつかない、設計者個人の能力に依存した方法である。ここから、設計者の「作風」と呼ばれるものが生まれてくる。少々乱暴な言い方かもしれないが、この3つの方法は、設計者の成長過程とも対応しているように見える。「ふと生まれてくる建築が、時代を捉えていたりするんです」という宗本先生の言葉には、論理と感性を磨き続けてきた建築家ならではの説得力がある。

「建築家はまず、土地の持っている『力』をどうしたら有効に引き出せるかを考えます。」

宗本先生は、京大大学院を出たのち約16年間、鹿島建設に勤務している。そこでの働きぶりは猛烈で、同僚数人と自分たちのことを「残業同好会」と名づけるほど、毎晩遅くまで設計に没頭していた。図面の書き直しの連続で、設計図が天井に届くほどたまったこともあるという「伝説」もある。まさに試行錯誤の日々である。「本当に下積み時代はしんどくて、35歳ぐらいまでは、『この世界に入って失敗だった』と思ったものです」と当時を振り返る。

その35歳ぐらいから、社内外の建築賞を受賞し始め、1987年、みずから「大きな転機になった」と言う「日東土地建物白金研修センター」の設計で第28回日本建築業協会BCS賞を受賞、建築家としての名声を確かなものにした。そしてそのわずか2年後には、「三洋証券本社別館」の設計で、第30回BCS賞ほかいくつかの賞を受賞、このときは「日本のオフィス設計に新しい概念を確立させた」と絶賛された。

これを契機に鹿島建設を退社し、東京に個人事務所を設立すると同時に、九州芸術工科大学に助教授として招かれた。そして1995年から現在に至るまで、母校・京都大学で教鞭をとることになる。

宗本先生の設計した建築に一貫して感じられるのは、建造物を造るというよりも、その「場」を創造することに全精力を傾けているということである。実際、先生は設計に取りかかるとき、その場所に立ち、その場が持っている「力」や雰囲気を感じ取ることから始めるという。「大体の場合、その時点で、あらかじめ考えていたプランなんかは吹き飛んでしまいます。その後はSTRUGGLE、苦闘し修正しながら創りあげていく、という感じです。僕は昔から、すべての面でぎりぎりまで頑張ってしまうので、大変です」。この安易な妥協を許さない姿勢には、芸術家にも似た高い矜持が感じられる。「芸術家は自分で終わりを決められるけど、建築家は自分では決められませんけれどね」と、また先生は笑った。

「ヴァンジ美術館は、建築でありながら建物を感じさせない空間にしたかった。」

昨年、マーブル・アーキテクチュラル・アワーズを受賞したヴァンジ美術館の設計においても、宗本先生はまず現地を見、そしてヴァンジ氏の彫刻を見て、これらは自然の中に置かれるべきものだと考え、建築でありながら、いかに建築を「消して」いくかという、一見矛盾に満ちた試行錯誤を繰り返したという。受賞にあたって先生は「建築が背景になることで彫刻と関係性を持ち、全体が、より関連性を持って一体化していくこと」とコンセプトを立てたと語っている。こうして、建築と彫刻の幸福な邂逅の場――まさに先生の建築の集大成ともいえる作品が誕生した。

取材日:2005/12/7

Profile

昨年、静岡県にあるヴァンジ彫刻庭園美術館の設計に対して、石材を活かした建築に贈られる世界的に有名な建築賞「マーブル・アーキテクチュラル・アワーズ2005」の景観デザイン部門大賞を贈られた宗本 順三(むねもと じゅんぞう)先生。1968年に京都大学工学部を卒業後、73年に同大学院博士課程を単位認定退学、鹿島建設に入社されました。同社には16年間勤務、87年に日本建築業協会BCS賞を受賞、さらに89年にはBSC賞のほか東京建築賞最優秀賞、88照明普及賞などを受賞され、同年鹿島建設を退社、九州芸術工科大学助教授に就任。95年に京都大学工学部教授になられ、96年からは同大学院工学研究科の教授として学生の指導にあたっておられます。この間にも、壱岐文化ホールで公共建築賞ほかを受賞。京都大学総合博物館も先生の設計によるものです。30年以上、建築設計の現場で走り続けてこられた宗本先生に、建築家の仕事、その苦悩と喜びなどをお聞きします。