平成23年度湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞 受賞者を発表(2011年10月11日)

平成23年度湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞 受賞者を発表(2011年10月11日)

 このたび、平成23年度(第5回)湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の受賞者として、千葉剛 日本大学文理学部物理学科教授を決定しました。
  おって、授賞式は、平成24年1月18日(水曜日)に基礎物理学研究所において行う予定です。

業績の題目(和文および英文)

ダークエネルギー問題の研究
Studies on the Dark Energy Problem

業績の要旨

 宇宙が加速膨張しているという観測事実を説明するために導入されたダークエネルギーは、現代宇宙論最大の謎である。ダークエネルギーは、単に天文学や宇宙論に留まらず、超弦理論をはじめとする素粒子の統一理論にとっても、極めて重要な問題であると考えられている。千葉剛氏はダークエネルギーの正体に迫る重要な業績を挙げており、中でも、以下の三つの国際的に高い評価を受けている業績が、今回の受賞対象となった。

  1. ダークエネルギーの提案
    ダークエネルギーとは、時間とともにそのエネルギー密度が時間進化する場合を含むように、アインシュタインが導入した宇宙項を一般化した概念である。千葉氏は、杉山直、中村卓史の両氏とともに、ダークエネルギーの名前がつけられる前に、アインシュタインの宇宙項を「流体」として一般化し、その性質について状態方程式を用いてパラメター化するという提案を行った。また、このような「流体」が存在する場合の、宇宙マイクロ波背景放射の温度揺らぎ、宇宙大規模構造、重力レンズなどの観測量を計算し、モデルに対して制限を与えた。Xマターと名付けられたこの流体こそ、ダークエネルギーの原型となる初期提案の一つである。
  2. K-essence
    ダークエネルギーのモデルとしては、通常、緩やかなポテンシャルを持つスカラー場を考える。千葉氏は岡部孝弘氏、山口昌英氏らとともに、ポテンシャル項がなく非線型な運動項だけからなるスカラー場のダークエネルギーモデルを提唱した。そして、このモデルでは、 加速膨張解がアトラクターになっていることを初めて示した。これはインフレーションのモデルとしてそれ以前に提唱されていたモデル(K-inflation)をダークエネルギーに適用したもので、現在ではK-essenceと呼ばれている。このK-essence/inflationのモデルは近年、超弦理論におけるタキオンの有効作用やD-braneのDBI作用との関係が指摘され、注目を集めている。
  3. 修正重力理論に対する制限
    宇宙の加速膨張という観測結果を、ダークエネルギーを導入するのではなく、長距離での重力理論が変更を受けることによって説明しようという試みも、近年世界中で盛んになされている。こうした修正重力理論の例として、ラグランジアンに1/R(Rは曲率スカラー)のような項を加えて加速膨張を説明するモデルが提唱され、注目を集めた。これに対して、千葉氏は、そのような理論は太陽系の実験によって強く制限され、多くの類似した修正重力理論が排除されることを示した。さらに、一般相対論において距離と密度揺らぎからとの間に成り立つ整合性の関係式を導き、それを使って宇宙論的スケールで重力理論を検証する方法を提唱した。最近も、ダークエネルギーの時間進化について、より精度の高い解析的な式を導くなど世界をリードする研究を活発に進めている。

 以上のように、千葉氏は、ダークエネルギー問題という現在物理学の基礎的大問題に対して、宇宙項を一般化した先駆的モデルや、K-essenceという新しい物質場のモデルを提唱したのみならず、ダークエネルギーモデルを観測的に検証する方法の先駆的な提唱をし、一方で、修正重力理論による加速膨張宇宙モデルへの強 い制限を与えるという、幅広くかつ重要な業績を上げている。観測的検証を視野に入れた、宇宙論・重力理論の現象論において、今後も間違いなく大いなる活躍が期待できる。第5回、木村利栄理論物理学賞を与えるに誠にふさわしい研究者である。

受賞者略歴

1986年3月 千葉県立船橋高等学校卒業
1987年4月 京都大学理学部入学
1991年4月 京都大学大学院修士課程入学(理学研究科物理学第二専攻)
1993年4月 京都大学大学院博士後期課程進学(理学研究科物理学第二専攻)
1996年3月 博士(理学)の学位取得
1996年4月 京都大学基礎物理学研究所講師(中核的研究機関研究員)
1998年4月 日本学術振興会特別研究員(PD)(研究従事機関: 東京大学)
2000年4月 京都大学大学院理学研究科助手
2004年4月 日本大学文理学部物理学科 助教授
2007年4月 日本大学文理学部物理学科 准教授(職名変更)
2009年4月 日本大学文理学部物理学科 教授

用語解説

ダークエネルギー

通常、重力は万有引力と呼ばれるように、物質を互いに引きつけ合う方向に働く。これは宇宙の膨張に関しても同様で、通常の物質によるエネルギーが主要部分 を占める宇宙では、宇宙は重力による引力によって膨張が次第に遅くなる「減速膨張」をする。ところが、最近の観測によって、現在の宇宙は次第に膨張が早く なる「加速膨張」をしていることが明らかになっている。加速膨張するためには宇宙を占める物質の圧力が負である必要があり、その未知のエネルギーをダーク エネルギーと呼んでいる。

スカラー場

流体の密度や速度のように空間の各点で定義され、値をとる物理量を「場」というが、その中で、密度のように方向性を持たない場のことをスカラー場と呼ぶ。ちなみに速度のように方向性を持つ場はベクトル場と呼ばれる。

湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞の概要

  1. 賞創設の経緯
     旧広島大学理論物理学研究所教授であった故木村利栄博士は、平成17年(2005年)12月17日に旅先で急逝されましたが、遺産の一部が浩子夫人より財団法人湯川記念財団へ寄付されました。これを木村基金として、木村博士が大きな功績をあげられた重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げた研究者を顕彰するために平成19年度より 「湯川財団・木村利栄理論物理学賞」を設けました。その候補者の選考や木村基金の運用は、旧広島大学理論物理学研究所と統合した京都大学基礎物理学研究所に委託されています。
  2. 対象
     重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げており、かつ、受賞以降も対象分野で中心的な役割を果たしていくことが期待される研究者。
  3. 候補者の推薦
     他薦に限る。
  4. 選考
     選考は、基礎物理学研究所運営委委員会の下に組織された選考委員会が行い、年1件を運営委員会に推薦。それを受けて運営委員会が受賞者を決定。
  5. 正賞および副賞
     賞状及メダルを授与。副賞として賞金60万円。

木村利栄(きむらとしえい)先生

  • 略歴

 大正15年8月10日生まれ。昭和23年3月京都帝国大学卒業。同年4月広島大学理論物理学研究所助手に着任。その後助教授・教授を経て平成2年3月定年退職。その間、広島大学理論物理学研究所所長を歴任。平成2年4月広島大学名誉教授。平成2年4月から平成6年3月まで広島県立大学教授。 平成15年に素粒子メダル受賞、平成17年に瑞宝章受章。

  • 主な業績

 木村先生は重力理論の分野で、常に先駆的研究をされてきた。中でも、1969年の重力場中での量子異常の発見は大きな功績である。重力の量子異常は、その後、超弦理論の量子論においてもっとも重要な性質の一つになっており、その意味でも木村先生の先駆性は明らかである。また、木村先生は1973年頃から点粒子間の多体重力ポテンシャルの研究を始められ、一般相対論による2次の補正項を初めて求められた。この業績は、現在国際的に研究が進められている重力波天文学において中心的役割を果たしている相対論的2体問題の先駆けとなった。