水の界面で起こるフェントン反応のメカニズムを解明 -Fe(IV)=O中間体の直接検出に成功-

水の界面で起こるフェントン反応のメカニズムを解明 -Fe(IV)=O中間体の直接検出に成功-

2014年1月6日

 江波進一 白眉センター特定准教授、坂本陽介 北海道大学環境科学院博士研究員(日本学術振興会PD)、Agustin J. Colussi 米国カリフォルニア工科大学客員研究員らの研究グループは、気液界面に存在する化学種を選択的に検出することのできるこれまでにない実験手法を用いて、水の界面で起こるフェントン反応のメカニズムの解明に世界で初めて成功しました。

 この成果が、米国東部時間2013年12月30日に米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA、略称:PNAS」(オンライン版)に掲載されました。

概要

 二価の鉄イオンと過酸化水素の反応[Fe(II)+H2O2]はフェントン反応と呼ばれ、大気化学、生化学、グリーンケミストリーなど様々な分野で重要な役割を果たしています。しかし、その反応機構はいまだによくわかっていません。近年、空気-水などの水の界面(境界相)は水中などの均一な場に比べて特殊であり、界面特有の多くの興味深い現象が起こることがわかってきました。水の界面は大気中の空気-雲の水滴界面や生体内での細胞膜-水界面など、我々の身の回りに多く存在しており、そこで起こっている界面フェントン反応は特に重要な役割を担っていると考えられます。しかし、ナノ(十億分の一)メートルほどしかない極めて薄い水の界面に存在する化学種の反応を直接測定することは、これまで非常に困難でした。

 同研究グループは気液界面に存在する化学種を選択的に検出することのできるこれまでにない実験手法を用いて、水の界面で起こるフェントン反応のメカニズムの解明に世界で初めて成功しました。その結果、気液界面のフェントン反応は液中に比べて千倍以上速く進み、四価鉄Fe(IV)=O中間体と三価鉄Fe(III)を生成することが明らかになりました。本結果はさまざまな分野に大きなインパクトを与えることが予想されます。

背景

 フェントン反応[Fe(II)+H2O2]は大気化学、生化学、グリーンケミストリーなど様々な分野で重要な役割を果たしています(図1)。例えば大気中の雲の微小な水滴に含まれている二価の鉄イオンは過酸化水素と反応することで、より反応性の高い化学種となり、水滴中の有機化合物などを酸化し、酸などに変換する働きをしています。また生体内では過剰な鉄イオンと過酸化水素の反応が、細胞のガン化や生物の老化のメカニズムと密接な関係があることが近年わかってきました。また鉄イオンと過酸化水素の反応によって生成する活性種を利用することで、有害物質を無害な化合物に酸化できるため、浄水処理にも利用されています。


図1: さまざまな分野で中心的な役割を果たしているフェントン反応

 このようにフェントン反応は幅広い分野で重要であるにもかかわらず、Fentonが1894年にその発表をしてから120年たった今でもその反応機構はよくわかっていません。特にヒドロキシルラジカル(•OHラジカル)ができるという従来の反応経路に対して、近年、フェリル(Ferryl)と呼ばれる不安定な四価の鉄であるFe(IV)=O中間体ができるという新しい反応経路が提案されており、現在、研究者の間で論争が起こっています。大気中の空気―雲の水滴界面や生体内での細胞膜-水界面など、我々の身の回りに多く存在している水の界面で起こっている界面フェントン反応は特に重要であると考えられます(図2)。しかし、ナノ(十億分の一)メートルほどしかない極めて薄い水の界面に存在する化学種の反応を直接測定することはこれまで非常に困難であったため、その反応機構は全くわかっていませんでした。

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図2: 我々の身の回りに広く存在している水の界面。水があるところには水の界面がある。

研究手法・成果

 同研究グループは気液界面に存在する化学種を選択的に検出できる新しい実験手法を用いて、気液界面で起こるフェントン反応[Fe(II)+H2O2]、またフェントン様反応[Fe(II)+O3]のメカニズムの解明に成功しました。ネブライザーによって塩化鉄(II)(FeCl2)を含む水のマイクロジェットを作り、その垂直方向から過酸化水素ガス(H2O2)またはオゾンガス(O3)を吹き付けます。鉄イオンとこれらの反応性ガスの反応によって気液界面部分に生成する中間体・生成物を瞬時に質量分析法で検出します(図3)。


図3: 気液界面反応を測定することができる新規実験手法

 本実験手法には、

  1. 水の界面に生成する化合物を選択的に検出できる
  2. 非常に短いタイムスケール(5×10-5秒以下)で生成する中間体・生成物を検出できる
  3. 高感度なために低濃度(10-7モル濃度程度まで)の化合物を直接検出できる

という他の手法にはない特徴があります。

 その結果、Fe(II)と過酸化水素またはオゾンの反応は、水中での同様の反応と比べて約千~1万倍速く進むことが明らかになりました。またこれらの反応によって瞬時に生成する四価鉄Fe(IV)=O中間体と三価鉄Fe(III)を直接検出することに成功しました(図4、5)。また塩化鉄(II)を含むマイクロジェットにヒドロキシルラジカル(•OHラジカル)の捕捉剤であるtert-ブチルアルコールを大過剰[塩化鉄(II)の100倍の濃度]加えても、これらの生成物は消失しないことが明らかになりました。これは本実験条件下では•OHラジカルは生成していないことを意味します。

 


図4: 二価の鉄イオンとオゾンの気液界面フェントン様反応の反応物・生成物の質量スペクトル

図5: 二価の鉄イオンと過酸化水素の気液界面フェントン反応の反応物・生成物の質量スペクトル

 

 またFe(IV)=O中間体とFe(III)の生成量は反応物の濃度と酸性度に依存することが明らかになりました(図6)。


図6: Fe(IV)=O中間体とFe(III)の生成は反応物の濃度に依存する

 

 まとめると、本実験条件下における気液界面のフェントン反応は

  1. 液中に比べて千~1万倍速く進む
  2. 四価鉄Fe(IV)=Oと三価鉄Fe(III)を生成する
  3. •OHラジカルを生成しない

ことが明らかになりました。

 通常、二価の鉄イオンは水中で六つの水分子に囲まれることで安定に存在していますが、水の界面では水分子そのものが不足しているか、もしくは水のそのような配位構造が歪んでいるために、過酸化水素やオゾンなどの反応物が鉄イオンの中心部に入りやすくなっているためであると考えられます。

波及効果

 同研究では気液界面のフェントン反応は液中に比べて千~1万倍速く進み、瞬時に四価鉄Fe(IV)=Oと三価鉄Fe(III)を生成することが明らかになりました。本結果はこれまでに想定してこなかったものであり、さまざまな分野に大きなインパクトを与えることが予想されます。例えば大気中の雲の水滴界面では過酸化水素と鉄イオンが予想よりも速く反応しFe(IV)=Oを生成するため、これまでの•OHラジカル生成のみ用いてきた大気モデルの再構築が必要になります。また生体内では細胞膜や脂質などの多くの疎水性物質があります。これらは水と接触しているため、その境界相で起こるフェントン反応は気液界面と同様に想定以上に速く進み、Fe(IV)=Oを生成する可能性があります。Fe(IV)=Oは•OHラジカルとは異なる独自の反応性を持つため、生体内の水の界面で未知の働きをしている可能性があります。またフェントン反応を金属ナノ粒子と組み合わせることで、ナノ粒子-水の界面を積極的に用いた新しいタイプの水の浄化システムが開発される可能性があります。

今後の予定

 同研究では空気-水の気液界面におけるフェントン反応のメカニズムを解明することに成功しました。今後は空気以外の疎水性物質である細胞膜やナノ粒子などで同様の反応が起こるかどうかを確かめる必要があります。現在、そのような研究を計画中です。

用語解説

四価鉄Fe(IV)=O中間体

通常、鉄イオンは二価Fe2+と三価Fe3+のものが知られているが、短寿命な中間体として四価Fe4+を取るものも存在する。Fe(IV)=OはそのFe4+に酸素原子が結合したもの。オキソフェリル中間体ともいう。

ヒドロキシルラジカル

化学式•OHであらわされる。反応性が非常に高く、酸化力が最も強いラジカル(不安定種)の一つ。生体内ではタンパク質、脂質、DNA(デオキシリボ核酸)などあらゆる物質と反応する。

マイクロジェット

ネブライザー(霧吹き)によって作られる液体の噴流のこと

疎水性物質

水に溶解しにくい、あるいは水と混ざりにくい物質のこと。空気、油、細胞膜などがある。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1314885111

論文名

Fenton chemistry at aqueous interfaces
水の界面におけるフェントン化学

掲載誌

Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA
published ahead of print December 30, 2013

著者

Shinichi Enami(白眉センター、生存圏研究所、科学技術振興機構(JST)さきがけ)、Yosuke Sakamoto(北海道大学)、Agustin J. Colussi(米国カリフォルニア工科大学)