報酬の期待と行動を結びつける脳のリズムを検出-報酬予測にもとづき行動を調節するために働く脳内相互作用を解明-

報酬の期待と行動を結びつける脳のリズムを検出-報酬予測にもとづき行動を調節するために働く脳内相互作用を解明-

2013年12月3日


左から櫻井教授、寺田大学院生

  寺田慧 文学研究科博士課程学生、櫻井芳雄 同教授、高橋晋 同志社大学脳科学研究科准教授らの研究グループは、行動する動物の脳内から多数の神経細胞の活動を記録することにより、予測される報酬の大小は扁桃体という脳部位の活動が表し、それにもとづく行動の調節は海馬という脳部位が関わることを確認したのち、動物が報酬を強く期待して行動を素早く正確に行う時、報酬の情報を表す扁桃体と行動の調節を担う海馬の間で、高速でリズミカルな活動が同調して現れることを発見しました。また、その同調の強さと行動の素早さが関係していることも初めて明らかにしました。

 本研究は、神経科学の国際誌「Frontiers in Behavioral Neuroscience」に掲載されました。

背景

 予測される報酬によって私たちの行動は大きく変化します。例えば、より高い報酬が期待できる場合、よりやる気を出し、素早く熱心に仕事や学業に取り組むでしょう。しかし報酬があまり期待できない場合は、熱意も失せ、手を抜きがちになります。このような現象は、報酬の情報が行動に影響することの表れですが、そのとき脳内では、報酬を表現する脳部位と行動を調節する脳部位が情報をやり取りしていると考えられます。しかしこれまでの研究では、報酬を表現する脳部位と行動を調節する脳部位それぞれを単独で調べることが多く、それらの部位がどのように情報をやり取りしているのか不明でした。

 今回、本研究グループは個々の神経細胞の活動と、神経細胞の集団が出すリズミカルな活動に注目することで、この問題に取り組みました。このリズミカルな活動とは、さまざまな周波数を持つ規則的なリズムであり、オシレーションと呼ばれています。そして異なる脳部位で生じるオシレーション間の同調は、脳内の相互作用において重要な役割を果たすと言われています。私たちは、動物が報酬の確率を予測し、それにより行動を変化させる時、報酬の情報を表す脳部位と行動の調節を担う脳部位の間で、このオシレーションの同調が強く生じるのではないかと考えました。

研究の手法と成果

 本研究グループは、報酬の情報を表す脳部位として、うれしい・悲しいなどの感情の中枢である扁桃体に着目しました。また行動の調節を担う脳部位として、空間の探索や学習の中枢である海馬に焦点を当てました。そしてラットに、左右の穴のうち明りがついた方へ鼻を入れると正解となり報酬(小さな餌ペレット)がもらえる課題を十分学習させました。また同時に、課題を行っているときに鳴っている音刺激の種類によって、正解した場合に報酬がもらえる確率が異なることも学習させました(図1)。具体的には、高い音が鳴っている時に正解すると80%の確率で報酬がもらえ、低い音が鳴っている時に正解しても20%の確率でしか報酬がもらえないことを学習させました。そしてラットがこのような課題を行っている時、その扁桃体と海馬それぞれにある多数の神経細胞の活動を同時に記録しました。

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図1:ラットに行わせた課題

 まず、高音が鳴っており報酬への期待が高いときには、低い音が鳴っているときと比べ、ラットはより素早くかつ正確に正解となる行動を示すことがわかりました。また扁桃体の神経細胞は、報酬が得られる確率が高いか低いかで活動を変化させ、一方海馬の神経細胞は、ラットが右へ行くか左へ行くかで活動を変化させることも分かり(図2)、扁桃体が報酬の情報を表現していること、また海馬が行動の調節を担っていることも確認しました。

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図2:課題中の神経細胞の活動。左が扁桃体、右が海馬

 次に、扁桃体と海馬それぞれの神経細胞の集団から同時に記録した集合的な電気活動(局所電場電位)を詳細に解析したところ、高い音が鳴っておりラットが報酬への高い期待を持っているとき、扁桃体と海馬の間で、高い周波数帯域(90-150 Hz)を持つリズム(図3)、すなわち高周波のオシレーションが強く同調して現れることがわかりました(図4)。さらに、このオシレーションの同調が強く現れるほど、ラットの報酬への期待が高まり、正解となる行動がより素早く正確になることもわかりました。これらのことから、扁桃体と海馬という離れた脳部位が高速でリズミカルな活動を同調させることにより、報酬の情報と行動の情報が高速にやりとりされ、報酬予測と行動調節がむすびつくと考えられます。

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図3(左):オシレーションの例。遅いリズムの上に速く細かいリズム(高周波オシレーション)が乗っている。横軸の目盛は0.5秒
図4(右):課題中に見られた扁桃体―海馬間の高周波オシレーションの同調度

波及効果

 近年、うつ病の増大などの社会的問題を背景として、やる気や意欲の脳内メカニズムへの関心が高まっています。報酬の大小と行動の変化をむすびつける本研究の成果は、予測される報酬がどのようにして意欲を向上させるのか、またそのような意欲の向上が、どのようにして学習や行動に影響を与えるのかという問題の解明につながることが期待できます。

今後の展開

 価値の判断や行動に関わる前頭皮質や、行動の自動制御に関わる大脳基底核なども対象として、オシレーションの同調によるそれら部位間の相互作用をさらに明らかにしたいと考えます。最終的には、報酬の情報が行動に影響を与えるプロセスの全体像を包括的にとらえることを目指します。

用語解説

扁桃体

側頭葉の深部に位置するアーモンド形の部位で、恐怖や快楽などの情動の生成や情動的な意味づけに主要な役割を持つとされている。

海馬

側頭葉内で扁桃体からやや離れた位置にあるタツノオトシゴ形の部位で、記憶の形成や学習行動の制御、あるいは空間探索行動に関わるとされている。

オシレーション

脳内および脳表で記録される電気信号の規則的なリズム。さまざまな周波数を含む。神経細胞の集団が同時かつリズミカルに活動していることを表しており、情報の処理や伝達に重要な機能を果たすと考えられている。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.3389/fnbeh.2013.00177

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/179544

Terada Satoshi, Takahashi Susumu and Sakurai Yoshio
"Oscillatory interaction between amygdala and hippocampus coordinates behavioral modulation based on reward expectation"
Frontiers in Behavioral Neuroscience v.7:177 (2013)

 

  • 京都新聞(12月4日 26面)、中日新聞(12月4日名古屋版 29面)および日刊工業新聞(12月5日 21面)に掲載されました。