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モノの背後を見る脳の仕組みを解明 -視対象の部分像から全体像を復元する第1次視覚野の活動をfMRIで観察-

2013年10月23日

 山本洋紀 人間・環境学研究科助教、江島義道 同名誉教授、番浩志 脳情報通信融合研究センター研究員(元人間・環境学研究科所属)、福山秀直 医学研究科教授、花川隆 国立精神・神経医療研究センター脳病態統合イメージングセンター分子イメージング研究部部長(元医学研究科助教)らのグループは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、遮蔽物体を見ている際の人間の脳活動を計測し、後頭部に位置する第1・2次視覚野(V1/V2)において、遮蔽されて欠損した視覚像がまるで絵を描くように補完されて、物体の全体像が再構成されていることを明らかにました。さらに、このV1の補完に関わる活動は、観察者が事前に見ていた物体の形を反映して、補完が必要でないと判断される場合には生じないことも明らかにしました。

 本研究成果は、米国の神経科学雑誌「ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス」2013年10月23日号に掲載されました。

概要

 私たちが目にする外界は、無数の物体が重なり合って構成されています。よって、個々の物体に目を向けた時、多くの場合、物体の一部は前面の物体によって遮蔽されていて、その全体像が見ることはできません。それにもかかわらず、私たちはいとも簡単に遮蔽された部分を補完し、個々の物体の全体像を即座に把握することができます。しかしながら、人間にとって当たり前のこの「遮蔽問題」を計算で解くことは実は非常に難しく、ロボットに視覚を持たせるコンピュータ・ビジョンなどの実現に向けて解決しなければならない一つの大きな問題でした。

 今回、本研究グループは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、遮蔽物体を見ている際の人間の脳活動を計測し、後頭部に位置する第1・2次視覚野(V1/V2)において、遮蔽されて欠損した視覚像がまるで絵を描くように補完されて、物体の全体像が再構成されていることを明らかにました(図1)。さらに、このV1の補完に関わる活動は、観察者が事前に見ていた物体の形を反映して、補完が必要でないと判断される場合には生じないことも明らかになりました。人間の目は一般的にカメラのようにみなされていますが、今回の研究結果は人間の視覚システムが単に外界を映像として映し出すだけではなく、外界に対する「解釈」を加えた、より高次の処理を行っていることを示しています。また、今回の結果により、視覚皮質の活動は、見えている物体に対してのみ生じるのではなく、見えなくてもその存在を感じるだけで生じることが確認されました。私たちが複雑な光景から即座に安定して物体を認識できるのは、この脳の処理の早い段階での補完によると考えられます。

 今回明らかになった補完の仕組みを応用することで、より効率的なコンピュータ・ビジョンを作製することが可能になるかもしれません。また、複数の物体が呈示されたときに個々の物体の把握ができなくなる高次脳機能障害の新たな治療法の開発にも貢献できるかもしれません。


図1:ヒト第1次視覚野において、遮蔽されて見えない部分が補完されていることが分かりました。

背景

 視覚系は、視対象を単独で処理するのではなく、空間的・時間的に近接する周辺の視覚情報との文脈、関係性もふまえて、それらを統合的に解釈する柔軟な処理メカニズムを実装しています。「見る」とは、決して網膜から入力された光の情報を受動的にありのままに見るということではなく、より能動的な処理過程であるといえます。

 この視覚の能動的な処理過程を示す端的な例として、遮蔽問題が挙げられます。視対象は多くの場合、前面の物体によって遮蔽され、その一部しか網膜には投影されません。それにもかかわらず、私たちは隠れて見えない部分を即座に予測し、物体の全体像を知覚できます。この補完は、被遮蔽部に明確な知覚を伴わず生じる(その部位が明るく見えたり、色が変わったりはしない)ため、明確なモダリティの知覚を伴わない補完という意味で、「アモーダル(Amodal)補完」と名付けられています。このアモーダル補完は、複雑で断片的な光景から個々の視対象の全体像を知覚するために、視覚系が実装しなければならない重要な機能の一つで、心理学・神経科学・マシンビジョンの分野で長い研究の歴史があります。最近の脳イメージング技術の発展により、人間の脳の高次物体処理領野(LOC:Lateral Occipital Complex)では、すでに遮蔽問題が解決されて物体の全体像が表現されていることが分かっていましたが、LOCに至る過程、脳のどこでどのように遮蔽問題が解決されているかは明らかではありませんでした。

研究手法・成果

 今回、本グループは、fMRIで取得したデータに位相符号化法(Phase-encoded method)と呼ばれる解析技術を適用することで、遮蔽物の下を運動する物体が引き起こす脳活動を空間的・時間的に正確に可視化することに成功しました。ヒトの低次視覚野(第1次視覚野、第2次視覚野など)はレチノトピー(retinotopy:網膜部位再現性)と呼ばれる表象を有し(図2)、視野のある1点と、視覚皮質表面上のある1点が1対1の対応関係を持ち、脳内で視野がトポグラフィックに表象されています。位相符号化法とは、この低次視覚野のレチノトピー表象を利用して、視野内で視対象が運動することによって生じる脳活動をうまく可視化する技術です。

 この手法を用いて、(1)物体の全体像が見える場合、(2)その一部が遮蔽された場合、(3)遮蔽ではなく物体が分断された場合の三つの条件のレチノトピックな脳活動を比較した結果、(2)の遮蔽された場合に対して、低次視覚野V1・V2において、遮蔽物の下であたかもそこに物体が見えているかのように、見えない部分を描くかのような明確な脳活動が生じていることを発見しました。また、この応答は(3)のように物体が分断された場合には生じませんでした(図3)。さらに、観察者が事前に得ていた物体の全体像に対する知識によって補完活動が変化することも明らかになりました。


図2:ヒトの脳のレチノトピー表象。色は対応する視野位置を示します。


図3:ヒト第1次視覚野および第2次視覚野で観察された、遮蔽された物体の補完に関わる脳活動。色がついている部位でレチノトピックな応答が生じていることを示しています。黒線で囲まれた領域は、遮蔽物をレチノトピックに表象する部位で、条件2(遮蔽)、条件3(分断)のどちらも、この部位では視対象の回転運動は見えません。それにもかかわらず、遮蔽条件ではあたかも遮蔽物の下を回転する視対象を描くように脳活動が生じていることが見てとれます。

波及効果

 今回明らかになった脳の補完の仕組みを応用することで、従来よりも高精度に「遮蔽問題」を解決する新しいコンピュータ・ビジョン技術の開発が期待できます。また、高次脳機能障害の一つで、複数の物体が重なりあって呈示された際に、個々の物体が認識できなくなる症例が報告されていますが、そうした障害の新たな治療法開発へと繋がるかもしれません。

今後の予定

 今回の研究で明らかになった低次視覚野の補完に関わる応答と、より高次の物体処理領野での応答がどのような関係なのかを調べ、人間の物体認知機能のさらなる解明を進めるとともに、コンピュータ・ビジョンへの適用など、応用面での研究を進めていく予定です。

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  • 日本学術振興会特別研究員研究費
  • 科学研究費補助金新学術領域研究(質感脳情報学:課題番号23135517, 25135720)
  • グローバルCOEプログラム「心が活きる教育のための国際的拠点」

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1523/JNEUROSCI.1455-12.2013

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/179317

Hiroshi Ban, Hiroki Yamamoto, Takashi Hanakawa, Shin-ichi Urayama, Toshihiko Aso, Hidenao Fukuyama, and Yoshimichi Ejima
"Topographic Representation of an Occluded Object and the Effects of Spatiotemporal Context in Human Early Visual Areas"
The Journal of Neuroscience, 33(43): 16992-17007; 23 October 2013

 

  • 日刊工業新聞(10月24日 19面)および読売新聞(12月16日 14面)に掲載されました。